人手不足が続くなか、中小企業にも賃上げの判断が迫られています。大企業だけの話に見えていた春闘の賃上げは、採用単価や最低賃金、パート時給を通じて地域の会社にも波及します。
大事なのは、賃金を上げるかどうかだけでなく、補助金と税制を使って生産性を上げる投資とセットで考えることです。

なぜ賃上げ圧力が中小企業まで及ぶのか?
時給側から強まる採用市場の変化
見落とされやすいのは、賃上げが正社員だけでなく、短時間労働者や契約社員の時給にも広がっていることです。連合の2026年春闘第4回回答集計では、全体の平均賃上げ率は5.08%、300人未満の中小組合でも4.84%でした。さらに有期、短時間、契約等労働者の時給引き上げは、加重平均で80.29円、率にして6.61%とされています1。
この数字は、大企業の労使交渉だけを見ていてはつかみにくい変化です。店舗、工場、介護、物流などでは、正社員の月給よりも先にパート時給が採用の目安になることがあります。賃上げ圧力は、求人票の時給欄から先に表れると考えると、地域の中小企業にも関係があると分かります。
人手不足が賃金以外の条件も押し上げる構造
日本銀行の2026年4月の経済、物価見通しでも、企業の人手不足感は強い状態が続いていると示されています。企業に人員の過不足を尋ねる雇用人員判断DIでは、1991年以来の不足超という説明もあり、働き手を探す側の競争は長引きやすい状況です2。
中小企業庁の2025年版白書概要は、中小企業の労働分配率が既に8割近くにあり、人手不足のため業績改善を伴わない賃上げも増えていると説明しています3。これは、賃上げの原資を気合いや節約だけで作るのが難しいという意味です。だからこそ、設備投資、価格の見直し、仕事の進め方の改善を同じ計画に入れる必要があります。
ただし、給与を上げれば人材確保が一気に進むわけではありません。中小企業庁も、賃金のみによらず働き手に選ばれる事業者になることが重要だと整理しています4。つまり、賃金、働きやすさ、成長できる環境を同時に見直す必要が出てきています。
ここまでで採用市場の変化が分かりました。次に、補助金をどう位置づけるかを見ます。
補助金を人件費の穴埋めと考えないための基本
業務改善助成金で支援される投資の考え方
厚生労働省の業務改善助成金は、事業場内最低賃金を引き上げ、あわせて設備投資などを行う中小企業、小規模事業者を支援する制度です。令和8年度の案内では、50円、70円、90円のコースに整理され、助成上限は最大600万円とされています5。助成率は事業場内最低賃金が1,050円未満なら4分の5、1,050円以上なら4分の3です6。
ここで重要なのは、制度の目的が単なる賃金補填ではないことです。たとえば、会計処理や在庫確認を人の手作業だけで続けている会社が、システムや機械を導入して作業時間を減らす。その結果として賃金を上げる余地を作る。補助金は、賃金を上げるための投資を後押しする仕組みです。
例えば、同じ売上でも棚卸しに毎週数時間かかっている場合、在庫管理のデジタル化で残業を減らせることがあります。残業時間が減れば、賃上げ後の人件費増を吸収する余地が生まれやすくなります。設備投資は、採用条件をよく見せるためだけでなく、現場の負担を実際に下げるために使うべきです。
この考え方は採用にも関係します。求人票に時給や月給だけを書いても、現場の負担が重いままなら応募者の不安は残ります。設備投資によって残業や属人的な作業を減らせるなら、賃金と働きやすさを同時に説明できます。
北海道の支援で確認したい対象経費
北海道では、道内の中小、小規模事業者等を対象に、賃上げ環境整備支援補助金の募集を予定しています。公式ページでは、上限額は200万円または300万円、補助率は2分の1以内または4分の3以内とされ、新商品開発、販路拡大、設備投資、デジタル技術の導入などが対象に挙げられています7。
地域の補助金で確認すべきなのは、上限額だけではありません。自社の支出が対象経費に入るか、募集開始日より前の支出が認められるか、予算上限に達した場合に締め切られるかを見ます。北海道の制度は2026年5月中旬に募集開始予定とされ、予算上限に達し次第、募集を終了すると案内されています7。
ここまでで補助金の役割が見えてきました。次は、申請前に失敗しやすい順番を確認します。
補助金でつまずかないために先に決めること
実施する順番を決める
補助金で最も避けたいのは、良い投資なのに申請の順番を間違えて対象外になることです。業務改善助成金の案内では、賃金引き上げ計画と設備投資計画を提出し、交付決定後に事業を実施する流れが示されています。交付決定前に導入した設備は助成対象外とされています5。
そのため、最初にやるべきなのは、見積りを取ることではなく、投資と賃上げの順番を表にすることです。いつ申請するか、いつ交付決定を受ける見込みか、いつ設備を発注するか、いつ賃金を引き上げるか。補助金は先に申請、あとから実行という流れを崩さないことが基本です。
また、補助金は採択や交付決定が保証されるものではありません。見積書、賃金台帳、就業規則の変更など、必要書類がそろって初めて審査に進みます。
設備の発注を急ぐほど、申請書類の確認にかける時間が足りなくなるため、社内の担当者と外部の専門家を早めに決めておくことが大切です。制度の詳細が出た時点で動けるよう、投資候補と見積り先だけは先に整理しておきます。
対象労働者と賃上げ額を確認する
令和8年度の業務改善助成金では、賃金引き上げ対象となる労働者が、週所定労働時間20時間以上の雇用保険加入者であることも明記されています6。ここを見落とすと、社内では賃上げしたつもりでも、制度上の要件を満たさない可能性があります。
実務では、対象者を一覧にして、現在の時間給、引き上げ後の時間給、雇用保険の加入状況を確認します。月給者の場合も、時給換算で事業場内最低賃金との関係を見ます。対象者と金額を先に確認しておけば、申請書づくりだけでなく、社内説明もしやすくなります。
ここまでで補助金の順番を整理しました。次に、賃上げ促進税制をどう組み合わせるかを見ます。
賃上げ促進税制は補助金と何が違うのか?
投資を支える補助金、税負担を軽くする税制
賃上げ促進税制は、青色申告書を提出する中小企業者等が、前年度より給与等支給額を増やした場合に、増加額の一部を法人税または所得税から控除できる制度です8。補助金が設備投資などの支出を一部支える制度だとすれば、税制は賃上げ後の税負担を軽くする制度です。どちらも賃上げを支援しますが、お金が入るタイミングと確認する書類が違います。
令和8年度の経済産業関係税制改正資料では、中小企業向けについて、全雇用者の給与等支給額が1.5%以上増えた場合は15%、2.5%以上増えた場合は30%の税額控除を行う見直しが示されています。
さらに、中小企業は控除しきれない額を5年間繰り越せる仕組みも示されています9。税額控除は、利益が出た後の納税額を左右する制度として考えると理解しやすくなります。ただし、税額控除は補助金のように入金されるお金ではなく、納める税金が少ない年度は効果も限定されるため、資金繰り表では別に扱うほうが安全です。
決算前に慌てないための給与データ管理
賃上げ促進税制でつまずきやすいのは、制度名を知っているのに、給与データの集計が追いつかないことです。対象となる給与等支給額、前年度との比較、役員や親族の扱いなどは、税務上の確認が必要になります。補助金の申請書とは別に、税理士と早めに確認しておくと安心です。
特に、決算月が近い会社では、あとから全員分の給与台帳を拾い直すだけで手間が増えます。月次で対象額を試算しておくと、賃上げ幅を判断する時期を早められます。補助金は申請の順番、税制は給与データの集計。この違いを押さえると、制度を使い分けやすくなります。
中小企業が明日から確認したい賃上げの順番
まず現場の負担を減らすための投資候補を見つける
中小企業が賃上げを考えるとき、いきなり全員の給与を何%上げるかだけを決めると、資金繰りの不安が大きくなります。先に確認したいのは、働く人の負担を減らし、同じ人数でも売上や処理量を増やせる投資です。たとえば、手入力の削減、予約や受発注の自動化、検査や梱包の省力化、教育時間を短くするマニュアル整備などが候補になります。
このとき、投資候補は次の順番で見ます。
- 今の作業で時間が最もかかっている場所
- ミスややり直しが多い場所
- 新人が覚えるまで時間がかかる場所
- 顧客対応の遅れを生んでいる場所
- 賃上げ後も利益を残しやすい場所
この確認をすると、補助金に合わせて無理に設備を買うのではなく、自社の課題に合う投資を選びやすくなります。制度より先に決めるべきなのは、賃上げの原資をどこで作るかです。
補助金、税制、採用条件を一枚にまとめる
最後に、賃上げを一枚の管理表で見えるようにします。左から、対象者、現在の賃金、引き上げ後の賃金、必要な原資、投資内容、使えそうな補助金、税制の確認状況、採用や定着への効果を並べます。難しい計算表にする必要はありませんが、賃上げだけ、補助金だけ、採用だけを別々に考えないことが大切です。一枚にまとめると、担当者が変わっても、何をいつまでに確認するかが分かります。
また、賃上げ原資を社内努力だけで作ろうとすると限界があります。原材料費、人件費、配送費の上昇分を見積書や価格表に反映できるかも、同じ表で確認します。必要に応じて、顧問税理士や社会保険労務士に、申請前のスケジュールと対象者の整理を確認してもらうと、手戻りを減らせます。
賃上げ圧力は、中小企業にとって重い負担です。ただ、補助金は投資の順番を整えるきっかけになり、賃上げ促進税制は賃上げ後の税負担を考える材料になります。
人材確保を給与だけの競争にしないためにも、賃金、投資、税制、働きやすさを同じ計画の中で見直すことが重要です。制度の名前を先に追うより、賃上げ後も利益が残る仕事の形を先に描くほうが、判断はぶれにくくなります。そこまでできれば、人件費の増加を会社の体質改善に変えられます。
出典・参考資料
執筆者:補助金フラッシュ 士業編集部
補助金・助成金の活用法からAI導入、業務の生産性向上まで、中小企業の経営に役立つ情報を士業の専門家チームがわかりやすく解説します。
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