後継者がいない会社を引き継ぐとき、問題になるのは買い手探しだけではなく、事業を続けるための資金をどう確保するかです。
事業性融資推進法は、その壁に別の選択肢を用意する制度で、土地や建物だけでなく、ノウハウ、顧客基盤、将来のキャッシュフロー(事業から生まれる資金)を含む事業全体の価値を見て融資を考えやすくします。
ただし、制度を使えばM&Aが自動的に簡単になるわけではありません。この記事では、事業承継やM&Aを考える経営者、支援者が、どこに期待し、どこに注意すべきかを整理します。

事業全体を担保にすればM&Aは簡単になるのか?
担保の範囲と契約移転の違い
最初に押さえたいのは、事業全体を担保にすることと、事業をそのまま移すことは別の話だということです。金融庁のガイドラインは、企業価値担保権の目的となる総財産(会社の財産を一体として見たもの)には、のれん(会社の信用やブランドなどの価値)、ノウハウ、契約上の地位も含まれ得る一方で、企業価値担保権の設定や実行そのものが、取引先や労働者など契約の相手方を拘束するものではないと説明しています。事業が第三者に譲渡される場面でも、契約の移転には相手方の個別の同意が必要になる点に注意が必要です。1
これは、M&Aを検討する会社にとって重要です。たとえば、主要取引先との継続契約、店舗の賃貸借契約、従業員との関係が企業価値の大部分を占める会社では、担保の制度だけで承継の手続きが完了するわけではありません。買い手、売り手、金融機関、必要に応じて担保権者(担保権を持つ側)となる信託会社が、事前にどの契約をどう引き継ぐかを確認する必要があります。
資金調達の見方の変化
一方で、企業価値担保権は、これまで評価しにくかった会社の強みを、融資の判断材料にしやすくします。金融庁の説明資料では、有形資産に乏しいスタートアップや、経営者保証により事業承継や思い切った事業展開をためらっている事業者の資金調達を円滑にするため、無形資産を含む事業全体を担保とする制度を創設すると説明されています。2
つまり、この制度は会社を売りやすくする万能策ではありません。むしろ、承継後も事業が続き、返済原資を生み出せることを説明するための道具です。ここを誤解しなければ、後継者不在の会社を引き継ぐM&Aでも、金融機関との対話の切り口が増えます。
そもそも事業性融資推進法で何が変わるのか?
不動産担保、経営者保証に偏らない融資
事業性融資推進法の正式名称は、事業性融資の推進等に関する法律です。日本法令索引では、法律番号は令和6年法律第52号、公布日は令和6年6月14日、通称は事業性融資推進法とされています。金融庁は、企業価値担保権を2026年5月25日に始まる資金調達の新しい選択肢として案内しています。34
従来の中小企業融資では、不動産担保や経営者保証が大きな役割を持ってきました。もちろん、担保や保証は貸し手がリスクを管理するために必要な仕組みです。しかし、顧客との長い取引関係、熟練した従業員、地域での信用、独自の製造ノウハウのように、会社の価値が目に見えにくい資産に集まっている場合、不動産の有無だけでは会社の実力を測りきれません。
企業価値担保権は、会社の個々の財産を一つずつ担保に取るのではなく、将来キャッシュフローの源泉となる事業者の総財産を一体として担保の目的にする考え方です。金融庁のガイドラインは、総財産にはのれんやノウハウなどの無形資産を含むと説明しています。1
経営者保証が残るかどうかの見方
事業承継やM&Aで大きな論点になるのが、経営者保証です。売り手側の旧経営者が保証から外れられない、買い手側が保証を引き受ける条件で話が進む、金融機関との調整が遅れて成約前後で問題になる、といったケースは珍しくありません。
金融庁の説明資料では、企業価値担保権を活用する場合、債務者の粉飾などの例外を除き、経営者保証の利用を制限すると示されています。2 これは、後継者候補や買い手にとって心理的な負担を下げる可能性があります。ただし、保証が必ず不要になるという意味ではありません。融資の可否、既存借入の扱い、会社の財務状態、金融機関の判断が関係するため、早い段階で確認する必要があります。
後継者不在の会社にどんな効果があるのか?
承継後の資金を説明しやすくする効果
中小企業庁の2025年版中小企業白書は、後継者不在率は減少傾向にある一方で、中小企業経営者の年齢水準は依然として高く、60歳以上の経営者が過半数を占めると示しています。また、法人企業の約3割が親族内承継を考えている一方で、個人企業では約4割が自らの代での廃業を考えている様子がうかがえると説明しています。5
この状況で、M&Aは後継者不在の解決策の一つになります。ただ、買い手が見つかっても、買収資金、運転資金、設備更新資金、人材確保の資金が必要です。企業価値担保権は、買い手や後継者が、承継後の事業計画と返済原資を金融機関に説明する際の選択肢になります。
たとえば、工場の土地は借地で大きな不動産担保がないものの、長年の受注実績、品質管理のノウハウ、熟練社員の技術がある会社を引き継ぐ場合を考えます。従来の見方では担保不足が前面に出やすい会社でも、承継後の受注継続、設備更新による生産性向上、主要顧客との関係維持を説明できれば、事業全体の価値をもとに融資を検討する余地が生まれます。
売却価値を高めるのは制度ではなく準備
企業価値担保権があるから会社の価値が上がる、という理解は危険です。価値を生むのは制度そのものではなく、買い手や金融機関が納得できる事業の見える化です。売上の安定性、利益率、主要取引先への依存度、従業員の定着、知的財産、許認可、代表者に依存している業務の有無などを説明できて初めて、事業全体を評価しやすくなります。
事業承継では、過去の決算書だけでなく、承継後に誰が何を担い、どの資金をどの順番で使い、どのキャッシュフローで返済するかが問われます。制度の活用を考える会社ほど、事業計画書、資金繰り表、主要契約の一覧、従業員の体制表を早めに整えておくべきです。
M&Aで確認すべきリスク
既存借入と担保権者との調整
M&Aで企業価値担保権が関係する場面は、大きく二つあります。一つは、買い手や後継者が承継資金を調達するために新たに活用する場合です。もう一つは、売り手企業にすでに企業価値担保権が設定されている場合です。後者では、売却前に担保権者や金融機関との調整が必要になります。
特に注意したいのは、企業価値担保権が会社の総財産を一体として対象にする点です。通常の営業活動の範囲を超える重要な財産の処分や事業譲渡では、担保権者との同意や調整が問題になる可能性があります。1 買い手側は、財務調査の段階で、既存借入、担保、保証、金融機関との契約条件を確認しなければなりません。
経営者保証と最終契約の扱い
中小企業庁は中小M&Aガイドラインを整備し、2024年8月の第3版改訂では、不適切な譲り受け側の存在、経営者保証に関するトラブル、過剰な営業や広告などの課題に対応するため、支援機関向けの留意事項を拡充しています。経済産業省の発表では、M&Aを通じた経営者保証の解除または移行を確実に進めるため、士業等専門家、事業承継・引継ぎ支援センター、金融機関へのM&A成立前の相談や、最終契約での位置付けを検討することが示されています。67
企業価値担保権を使う場合でも、この基本は変わりません。保証、担保、契約、従業員対応は、最終契約の前に確認する項目です。制度の説明だけで安心せず、誰がどの債務を負うのか、旧経営者の保証はいつ外れるのか、金融機関の同意はどの時点で得るのかを、契約書と実行手続きの両方で確認する必要があります。
相談前に準備したいこと
金融機関に見せる資料の整備
事業性融資推進法を事業承継やM&Aに活かすには、金融機関に事業の将来性を説明できる状態を作ることが先です。制度の名前を出すよりも、まずは自社の事業がどのように利益を生み、承継後も続くのかを言葉と数字で示す必要があります。
準備する資料は、難しいものばかりではありません。最初にそろえたいのは、次のような資料です。
- 直近の決算書、試算表、資金繰り表
- 主要取引先、契約期間、売上構成の一覧
- 代表者が抜けた後の組織体制と業務分担
- 承継後の設備投資、人材採用、返済計画
- 既存借入、担保、経営者保証の一覧
これらは、売り手にとっても買い手にとっても役立ちます。売り手は会社の強みを説明しやすくなり、買い手は買収後の資金計画を組みやすくなります。支援者は、制度活用の可否を判断する前に、まず資料の不足を洗い出すことが重要です。
制度活用を検討する順番
相談の順番も大切です。最初から企業価値担保権を使う前提で進めるのではなく、まずは事業承継の選択肢を整理します。親族内承継、従業員承継、第三者承継としてのM&Aのどれが現実的かを確認し、その後に必要な資金と既存債務の扱いを見ます。
そのうえで、金融機関に対して、企業価値担保権を含む事業性融資の可能性を相談します。ポイントは、制度を使うかどうかより、承継後に事業が続く根拠を示すことです。主要顧客が残るのか、従業員は継続して働けるのか、設備投資でどの収益改善が見込めるのか。この説明が弱いままでは、どの制度を使っても資金調達は難しくなります。
事業性融資推進法は、後継者問題を一気に解決する制度ではありません。けれども、不動産担保や個人保証だけでは評価しにくかった会社の価値を、金融機関と話し合うための新しい入口になります。事業承継やM&Aを考える会社は、制度名を覚えるだけでなく、承継後も返済できる事業の姿を早めに作り、金融機関や専門家と共有することから始めるべきです。
出典・参考資料
執筆者:補助金フラッシュ 士業編集部
補助金・助成金の活用法からAI導入、業務の生産性向上まで、中小企業の経営に役立つ情報を士業の専門家チームがわかりやすく解説します。
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