脱炭素経営と聞くと、大企業が掲げる遠い目標や、専門部署が作る分厚い報告書を思い浮かべるかもしれません。けれど実際には、電気代、設備更新、取引先からの要請、金融機関への説明にも関わる、かなり身近な経営テーマです。
大切なのは、環境活動をきれいな理念で終わらせず、測れる行動と経営判断に変えることです。FC大阪や横浜ゴムの事例を見ると、脱炭素経営の概要、メリット、SBT認定の使いどころが見えやすくなります。自社で何から始めるかを考える材料にしてください。

家庭の廃油がスポンサー価値になる理由
参加行動を数字に変える設計
東大阪市をホームタウンとするJリーグクラブのFC大阪は、ホームゲームで家庭の使用済み食用油を回収し、パートナー企業である植田油脂株式会社がリサイクルして、バスやトラックの燃料として資源循環させています。FC大阪の公式情報では、2024年10月4日時点で、ごみ全体に対してリサイクル物を分別できていた割合が開幕戦の23%から88%まで上昇し、廃食油の回収量も2023年100.2リットル、2024年171リットル(10月10日時点)と公表されています。1
ここで注目したいのは、家庭の廃油そのものではありません。ファンが会場へ持ち込む、分別する、歩いて参加する、といった小さな行動を、クラブが測れるデータに変えていることです。企業向けの事例記事では、以前、ユニフォーム前面スポンサー3社がすべて脱炭素関連企業で構成された時期があったとも紹介されています。スポンサー獲得との因果を単純に断定することはできませんが、数字を出し続ける姿勢が新しいビジネスパートナーを呼び込む材料になった、という見方は十分に成り立ちます。2
脱炭素経営は、善いことをしていると伝えるだけでは弱いです。どの行動が、どれだけの削減や改善に結びついたかを示せると、取引先、地域、金融機関、スポンサーに説明できる価値へ変わります。ここまでで、脱炭素経営の入り口は活動そのものではなく、活動を測れる形にする設計だと分かります。次に、何を測るのかを見ていきます。
そもそも脱炭素経営で何を測るのか?
Scope1、2、3のやさしい整理
脱炭素経営の概要を一言でいえば、事業活動で出る温室効果ガス(GHG)を把握し、減らす計画を経営の判断に組み込むことです。環境省のグリーン・バリューチェーンプラットフォームでは、サプライチェーン排出量を、Scope1、Scope2、Scope3の合計として整理しています。Scope1は自社の燃料使用などによる直接排出、Scope2は購入した電気や熱などによる間接排出、Scope3は原材料調達、物流、販売、廃棄など自社以外で起きる間接排出です。3
初心者にとって分かりにくいのは、排出量が自社の工場や店舗だけで完結しないことです。たとえば製造業なら、ボイラーで使うガスはScope1、買っている電気はScope2、仕入れた原材料や外部委託の輸送はScope3に関係します。サービス業でも、オフィスの電気、営業車の燃料、外注先の作業、販売した商品の使われ方まで、どこまで見るかで数字の意味が変わります。
最初からScope3まで完璧に計算しようとすると、手が止まりやすくなります。まずは電気、ガス、燃料、車両、主要設備など、自社で確認しやすいScope1とScope2から始めるのが現実的です。測る範囲を決めることが、脱炭素経営の最初の経営判断になります。測る対象が見えたら、次はなぜそれが事業上のメリットになるのかを整理します。
メリットをコスト削減だけで終わらせない視点
支出を減らす効果
脱炭素経営のメリットとして最も分かりやすいのは、光熱費や燃料費の削減です。中小企業庁は、設備投資や生産プロセスの改善でエネルギー使用量が減ると、エネルギーコストを下げられると説明しています。また、脱炭素への取り組みは、競争力強化、取引先や売上の拡大、資金調達、人材獲得力の強化にも関係し得るとしています。4
ただし、LED照明への交換や空調更新だけで満足すると、脱炭素経営は単なる節約で終わります。もちろん節約は重要ですが、経営者が見るべきなのは、削減した電力料金だけではありません。どの工程のエネルギー使用量が多いのか、老朽設備の更新時期はいつか、補助金を使える可能性があるか、顧客に説明できる改善なのかを合わせて見ることで、コスト削減が投資判断に変わります。
取引先、金融機関、人材への説明材料
もう一つのメリットは、外部への説明力です。中小企業庁の2024年版中小企業白書では、2020年と比べて2023年時点の取引先からの脱炭素化に関する協力要請が増えており、要請内容としては省エネルギー、CO2排出量の算定、CO2削減目標の策定などが多いとされています。さらに、脱炭素化の効果を新規需要の獲得や受注拡大まで意図して進めることが重要だと指摘しています。5
つまり、脱炭素経営は守りのコスト管理であると同時に、取引を続けるための準備でもあります。大企業がサプライチェーン全体の排出量を減らそうとすれば、部品、材料、物流、業務委託先にも排出量の確認が及びます。中小企業にとっては、聞かれてから慌てて答えるより、先に自社の数字を持っておく方が交渉しやすくなります。数字を持つ企業は、自社の努力を価格以外の価値として説明できます。
SBT認定はどこまで信用できるのか?
削減済みではなく目標の検証
SBT認定は、Science Based Targets initiative(SBTi)という国際的な枠組みによる、企業の温室効果ガス削減目標の検証です。SBTi Servicesは、企業や中小企業、金融機関の気候目標を検証し、認定を受けるには温室効果ガス排出量の棚卸しを作り、SBTiの基準や方法論に沿って目標を計算して提出する必要があると説明しています。6
ここで誤解してはいけないのは、SBT認定が削減完了の証明ではないということです。認定されるのは、目標が気候科学に沿った基準で作られているかどうかです。実際に削減が進むかは、その後の設備更新、電力調達、燃料転換、取引先との協力、進捗管理にかかっています。SBT認定はゴールではなく、外部に説明しやすい目標設定の型だと考えると分かりやすいです。
横浜ゴムの2035年目標
タイヤ大手の横浜ゴムは、2035年に向けた温室効果ガス排出量削減目標について、2026年4月30日にSBT認定を取得したと発表しました。認定された2035年目標は2024年比で、Scope1とScope2の総排出量を63.0%削減、Scope3のうち購入した製品、サービスなどの対象範囲で総排出量を37.5%削減する内容です。7
この事例が中小企業にも関係する理由は、大企業のScope3が取引先の排出に及ぶからです。横浜ゴムのような大手企業がサプライチェーン全体の排出削減を進めると、原材料、物流、加工、設備、サービスを提供する企業にも、数字や削減策の説明が求められる可能性があります。SBT認定そのものをすぐ取得しない企業でも、取引先の目標を読むことで、自社にどんな情報提供が求められそうかを先回りできます。
外部支援を使う前に確認したいこと
相談窓口で聞かれる準備
脱炭素経営は、自社だけで進めなくてもかまいません。大阪府は2026年4月22日、おおさか脱炭素経営支援センターを開設し、CO2排出量の見える化サポート、CO2排出削減支援事業者とのマッチング、連続型講座、補助金や融資などの相談対応を行うと発表しています。8 こうした支援窓口は、何から始めればよいか分からない企業にとって、最初の相談先になります。
ただし、相談前に何も準備しないと、一般論で終わりやすくなります。最初に用意したいのは、専門的な報告書ではなく、手元にある基本的な経営情報です。
- 直近1年分の電気、ガス、燃料の使用量と料金
- 主な設備、車両、空調、照明の一覧
- 生産量、営業時間、店舗数など活動量が分かる数字
- 取引先から受けた環境関連の質問や要請
- 設備更新を予定している時期と予算感
これだけでも、どこから測るべきか、どこに削減余地があるか、補助金や融資の相談対象になるかが見えやすくなります。支援機関を使う目的は、書類を整えることではありません。自社の次の一手を具体化することです。相談を受ける側も、数字と現場情報があれば、より実務に近い提案をしやすくなります。たとえば製造業なら、古いコンプレッサー、ボイラー、空調、照明の更新時期を把握しておくと、省エネ効果と投資額を同じ表で比べやすくなります。店舗ビジネスなら、営業時間、客数、冷蔵設備、空調の使用状況を並べるだけでも、無理なく始められる対策が見つかりやすくなります。
明日から始める実務の順番
知る、測る、減らす
中小企業庁は、中小企業が脱炭素化に取り組む際の流れとして、対策について知る、自社の温室効果ガス排出量やエネルギー使用量を把握する、排出量を削減する、というステップを示しています。5 この順番は、初心者にも使いやすいです。いきなりSBT認定や大規模な再エネ調達を考えるのではなく、まずは自社の電気、燃料、設備、取引先要請を一枚の表にまとめるところから始めれば十分です。
次に、金額の大きいエネルギー使用から優先順位を付けます。毎月の電気代が大きい店舗なら空調や冷蔵設備、燃料費が大きい運送業なら車両や走行ルート、製造業なら加熱工程や圧縮空気などが候補になります。削減策は、すぐ実行できる運用改善と、投資が必要な設備更新に分けて考えると判断しやすくなります。ここで重要なのは、環境担当者だけに任せず、経理、現場、営業が同じ数字を見ることです。
表を作るときは、金額だけでなく使用量も残します。電気代は燃料費や基本料金の影響を受けるため、料金だけを見ると改善の実態を見誤ることがあります。kWh、リットル、稼働時間などを一緒に残すと、翌月以降の比較がしやすくなります。
脱炭素経営の本質は、CO2を減らすことだけではありません。エネルギーの無駄を見つけ、取引先に説明できる根拠を持ち、将来の設備投資を計画的に進めることです。SBT認定は、その目標を外部に伝えやすくする選択肢の一つです。まずは、測れる行動を一つ作る。そこから、コスト削減、取引機会、企業価値の説明へ広げていくことが、脱炭素経営を事業に役立てる現実的な始め方です。
出典・参考資料
執筆者:補助金フラッシュ 士業編集部
補助金・助成金の活用法からAI導入、業務の生産性向上まで、中小企業の経営に役立つ情報を士業の専門家チームがわかりやすく解説します。
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