従業員を雇い始めると、雇用契約、勤怠、給与、届出など、確認することが一気に増えます。小規模事業者の労務管理で最初に整えたいのは、制度名を覚えることよりも、毎日の労働時間を正しく記録し、その記録から給与を計算する流れです。
36協定や就業規則は大切ですが、土台になるのは労働時間管理です。時間があいまいなままでは、給与計算も残業の判断も後から説明しにくくなります。
この記事では、初めて労務管理を見直す人に向けて、どこから手を付けるべきかを実務の順番で整理します。
残業代の前に確認したい労働時間の記録
法定労働時間と所定労働時間の違い
労務管理で最初に混乱しやすいのは、会社で決めた勤務時間と、法律上の上限が同じではないことです。厚生労働省は、使用者は原則として1日8時間、1週間40時間を超えて労働させてはいけないと示しています。これが法定労働時間です。これに対して、会社が雇用契約や就業規則で決める勤務時間は所定労働時間です。1
たとえば、所定労働時間が9時から17時まで、休憩1時間で実働7時間の会社を考えます。17時から18時まで働くと会社の決めた時間は超えますが、1日8時間までは法定労働時間の範囲内です。18時を超えたところから、法律上の時間外労働として扱う場面が出てきます。同じ残業という言葉でも、法定内の残業と法定時間外の残業では給与計算の扱いが変わるため、まず時間を分けて見る必要があります。
休憩時間の扱いも、給与計算に影響します。休憩として記録していても、電話番をしながら待機していたり、来客対応を求められていたりすると、実態として労働時間と判断される可能性があります。短時間の職場ほど、休憩を何時から何時まで取ったのかを記録しておくと、後からの確認がしやすくなります。
自己申告だけに頼るときの注意
労働時間の記録は、従業員本人のメモを集めるだけでは不十分になりやすいです。厚生労働省のQ&Aでは、使用者は労働日ごとの始業時刻と終業時刻を確認し、記録することが原則とされています。方法としては、使用者が確認して記録する方法のほか、タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間などの客観的な記録を基礎にする方法が示されています。2
小さな職場では、口頭での報告や手書きの出勤簿から始めることもあります。その場合でも、退勤後に業務用チャットへ返信していないか、店舗を閉めた後の片付け時間が抜けていないか、月末にまとめて同じ時刻を記入していないかを確認します。大切なのは、紙かシステムかではなく、実際に働いた時間を後から説明できる状態にすることです。ここまでで時間の土台が見えました。次に、その時間を超えて働かせるための手続きを見ます。
36協定はどのタイミングで必要になるのか?
残業代を払えばよいという誤解
法定労働時間を超えて働いてもらう場合、給与を払えば足りるわけではありません。時間外労働や休日労働を行わせるには、あらかじめ36協定を締結し、労働基準監督署に届け出る必要があります。厚生労働省の説明でも、労働基準法で定める労働時間や休日日数を超えて働かせる場合には、事前の締結と届出が必要とされています。3
ここで注意したいのは、36協定が残業を自由に増やす許可証ではないことです。36協定は、どの業務で、どのくらいの時間外労働があり得るのかを労使で確認し、監督署へ届け出るための手続きです。売上が忙しい月だけ何となく残業を頼む、閉店作業だけは別扱いにする、といった運用は後で説明が難しくなります。まずは、どの仕事で時間外労働が発生しやすいかを洗い出すところから始めると、協定の内容も現実に近づきます。
小さな職場での代表者選び
小規模事業者で見落としやすいのは、誰と36協定を結ぶかです。従業員の過半数で組織する労働組合がない場合は、従業員の過半数を代表する者と書面で協定を結ぶ必要があります。山梨労働局は、要件を満たさずに締結した36協定は無効であり、時間外労働や休日労働を行わせることはできないと説明しています。4
社長が普段から頼りにしている人を代表者にする、店長がそのまま代表者になる、という進め方は危うい場合があります。代表者は、残業や休日労働の協定を結ぶための代表であることを明らかにしたうえで、従業員の意思が分かる方法で選ぶ必要があります。人数が少ない職場ほど、日ごろの人間関係で決めてしまいがちです。しかし、少人数でも手続きは省略できないと考えた方が安全です。36協定の入口が分かったら、次は給与計算に進みます。
給与計算で押さえるべき基本の順番
時間数を分けてから単価を掛ける考え方
給与計算で最初にやるべきなのは、総労働時間を一つの数字で見ることではありません。法定労働時間内の労働、法定時間外労働、深夜労働、法定休日労働を分けて集計します。厚生労働省の解説では、時間外や深夜の労働には1時間当たり25%以上、法定休日の労働には35%以上の割増賃金が必要とされています。5
さらに、1か月60時間を超える時間外労働については、中小企業でも2023年4月1日から50%以上の割増賃金率が適用されています。6 つまり、給与計算では、単に残業が何時間あったかを見るだけでなく、どの時間帯に働いたか、法定休日だったか、月60時間を超えたかを確認します。時間の種類を分けることが、給与計算の間違いを減らす第一歩です。
もう一つの注意点は、所定労働時間を超えた時間がすべて同じ割増率になるわけではないことです。所定労働時間が短い職場では、会社の勤務時間を超えた部分の中に、法定労働時間内の時間と法定時間外の時間が混ざります。まず時間を色分けするように分け、その後で単価を掛ける順番にすると、計算の根拠を説明しやすくなります。
月給を時給に直す作業
月給制でも、割増賃金を計算するときは1時間当たりの賃金に直して考えます。厚生労働省は、割増賃金の計算の基礎となる賃金は、原則として通常の労働時間や労働日に支払われる賃金だと説明しています。家族手当、通勤手当、住宅手当など一定の手当は除外される場合がありますが、名称だけで機械的に外せるわけではありません。7
たとえば、月給24万円、1か月平均の所定労働時間が160時間なら、1時間当たりの賃金は1,500円です。法定時間外労働の割増率を25%で計算する場合、1時間当たりの支払額は1,875円になります。ここで、通勤手当を入れるのか、固定残業代をどう扱うのか、深夜と時間外が重なるのかを一つずつ確認します。給与計算ソフトを使っていても、入力する時間区分が間違えば結果も間違うため、勤怠データの整理が重要です。
固定残業代を設定している場合も、勤怠記録は省略できません。固定額に含める時間数、超過した場合の追加支給、深夜や休日の扱いを分けて確認しないと、毎月同じ金額を払っていても不足が生じる可能性があります。制度名よりも、実際の時間と支払額を照合する作業を優先します。
ここまでで計算の考え方が見えました。次は、月末に慌てないための運用を考えます。
月末だけで慌てないための運用
毎日、週次、月次の確認
労働時間管理は、月末にまとめて確認すると誤りを見つけにくくなります。たとえば、月初の数日分なら本人も覚えていますが、3週間前の退勤後の片付けや移動時間は思い出しにくいものです。小さな職場ほど、確認を細かく分ける方が、管理者の負担も従業員の負担も軽くなります。
実務では、次の順番で確認すると始めやすいです。
- 毎日、始業時刻、終業時刻、休憩時間を記録する
- 週次、法定労働時間を超えそうな人を確認する
- 月次、給与計算前に時間外、深夜、休日の区分を確認する
この流れにすると、月末に数字だけを追いかける状態から抜け出せます。週の途中で40時間を超えそうな人が分かれば、勤務予定を調整したり、業務の分担を見直したりできます。事後計算だけでなく事前確認に使うことで、労働時間管理は給与計算の作業から、働き方を整える道具に変わります。
賃金台帳と保存
給与計算が終わったら、計算結果を記録として残すことも欠かせません。厚生労働省の主要様式では、賃金台帳が労働基準法第108条に基づく様式として掲載されています。賃金台帳は、誰に、どの期間について、どの賃金を支払ったのかを後から確認するための基本書類です。8
また、労働者名簿、賃金台帳、雇入れや解雇、賃金などに関する重要な書類には保存義務があります。厚生労働省のQ&Aでは、保存期間は5年に延長されたものの、経過措置として当分の間は3年と説明されています。9 実務では、3年で捨ててよいと単純に考えず、未払賃金の確認や退職後の問い合わせに備えて、保管のルールを社内で決めておくと安心です。記録を残すところまでが給与計算だと考えると、次に相談する際にも状況を説明しやすくなります。
迷ったときは外部の力を使う
相談前に資料を整理する
労務管理は、すべてを自社だけで判断しようとすると負担が大きくなります。特に、36協定を初めて出す場合、固定残業代を導入している場合、シフト制で日ごとに勤務時間が変わる場合は、早めに専門家へ確認した方がよい場面があります。相談前には、雇用契約書、勤務表、勤怠記録、給与明細、賃金台帳をそろえておくと、問題の場所を見つけやすくなります。
相談内容は、難しくまとめる必要はありません。次の三つに分けるだけでも十分です。
- どの時間が労働時間に当たるか
- 36協定や就業規則の届出が必要か
- 給与計算の割増率や手当の扱いが合っているか
この三つは、労働時間管理、届出、給与計算という順番に対応しています。話を分けておくと、相談先も回答しやすく、自社で次に何を直すべきかが分かります。困ってから相談するより、迷った時点で確認する方が、後からの修正は少なくなります。
最初の一歩
厚生労働省は、働き方改革推進支援センターで、社会保険労務士などの専門家が無料で労務管理上の悩みを聞き、就業規則の作成方法、賃金規定の見直し、労働関係助成金の活用などを含めた助言を行うと案内しています。36協定について知りたい、助成金を利用したい、人手不足に対応したいといった相談例も示されています。10
小規模事業者の労務管理は、最初から完璧な制度を作るより、毎日続けられる形にすることが重要です。始業と終業を記録する、法定労働時間を超えた時間を分ける、給与計算の根拠を残す。この三つを毎月同じ手順で回せるようになるだけで、説明できる労務管理に近づきます。まずは直近1か月分の勤怠と給与明細を並べ、時間の記録、36協定の有無、割増賃金の計算を順番に確認してみてください。
出典・参考資料
執筆者:補助金フラッシュ 士業編集部
補助金・助成金の活用法からAI導入、業務の生産性向上まで、中小企業の経営に役立つ情報を士業の専門家チームがわかりやすく解説します。
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