経済安全保障という言葉は、半導体や重要鉱物の話だけに見えがちです。しかし今回の改正案は、物資そのものだけでなく、海外の施設、輸送網、医療情報、研究開発、官民の情報共有まで視野に入れています。
大きな方向性は、国内の供給網を守る制度から、海外事業も含めて経済活動を守る制度へ広げることです。特に国際協力銀行(JBIC)を使った海外事業支援は、企業の海外展開と安全保障政策が近づいていることを示しています。
この記事では、経済安全保障推進法と国際協力銀行法の改正案について、内容と国会審議の経緯を整理します。

経済安全保障推進法の基本的な仕組み
経済活動を通じて安全を守る制度
経済安全保障推進法は、正式には経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律です。エネルギー、通信、医療、半導体、重要鉱物のように、生活や産業の土台になるものが止まると、社会全体の安全に影響します。そのため、通常の産業政策だけでなく、安全保障の観点から経済活動を見る制度です。
経済産業省は、同法について、国際情勢の複雑化や社会経済構造の変化を踏まえ、安全保障の確保に関する経済施策を総合的かつ効果的に進めるための制度だと説明しています。成立時には、重要物資、基幹インフラ、先端技術、特許出願非公開という四つの制度が柱になりました。1
成立時の四つの柱
押さえるべきなのは、経済安全保障推進法が単なる補助金の法律ではないということです。支援もありますが、事前審査、研究開発支援、情報管理などを組み合わせた制度になっています。
| 柱 | 何を守る制度か |
|---|---|
| 重要物資の安定供給 | 半導体、蓄電池、重要鉱物などの供給が途切れにくい体制 |
| 基幹インフラの安定提供 | 電気、通信、金融など社会の基盤になるサービス |
| 先端的な重要技術の開発支援 | 将来の国民生活や経済活動に重要な技術の研究開発 |
| 特許出願の非公開 | 安全保障上注意が必要な発明情報の不用意な流出防止 |
この四つの柱のうち、企業が最初に自社との関係を考えやすいのは、重要物資と基幹インフラです。例えば、ある部品を国内で作っていても、部品を運ぶ特殊なサービスや、海外設備の保守が止まれば、供給全体は止まる可能性があります。今回の改正案は、まさにその隙間を埋める方向に制度を広げています。
経済安全保障推進法は、補助金だけでなく、供給、インフラ、技術、情報を守る制度です。
改正で広がる五つの対象
物資だけでなく役務も支援対象
内閣府の概要資料では、今回の改正案は五つのまとまりで示されています。中でも企業への影響が分かりやすいのは、重要物資の供給に不可欠な役務まで支援対象に含める点です。役務とは、ものを作ること自体ではなく、敷設、保守、輸送、打上げ、運用のようなサービスを指します。重要物資があっても、それを必要な場所で使える状態にするサービスが止まれば、供給は完成しません。2
内閣府資料では、重要な物資の供給に不可欠な役務について、外部依存性や供給途絶の可能性がある場合に、特定重要物資として指定し、安定供給確保のための取組を支援する仕組みが示されています。2 参議院の調査資料でも、物資そのものの確保に加え、物資を必要な場所で使える状態にする取組がサプライチェーンの一部として整理されています。3
医療、研究開発、官民連携の追加
改正案の全体像は、次の五つに圧縮して理解すると見通しがよくなります。細かな条文より先に、どの分野へ制度が広がるのかを押さえる方が、実務上の影響を考えやすくなります。
- 重要物資の安定供給では、物資の供給に不可欠な役務も対象に含める
- 基幹インフラでは、医療情報基盤や一定の病院など医療分野を追加する
- 先端的な重要技術では、指定基金協議会を使える基金の範囲を広げる
- 重要な海外事業では、JBICによる新しい支援枠組みを設ける
- 調査研究と官民協議では、RIETIの活用や官民協議会の仕組みを整える
医療分野の追加は、特に分かりやすい変化です。電子カルテ共有サービス、電子処方箋管理サービス、オンライン資格確認のような医療DX関連業務に支障が出ると、診療や服薬指導にも影響する可能性があります。そこで、基幹インフラ制度の対象に医療分野を加える方向が示されています。2
今回の改正では、対象がものの確保だけでなく、医療、研究、海外事業、官民連携まで広がっています。
JBIC支援が海外事業に与える影響
特定海外事業という新しい入り口
今回の改正案で最も特徴的なのが、経済安全保障上重要な海外事業を支援する仕組みです。内閣府資料では、海外で事業者が行う特定海外事業として、国際的な輸送網の強靱化のための施設整備や運用、重要サービスの提供に用いられる施設整備や運用、重要技術の海外展開のための施設整備や運用が挙げられています。2
ここで登場するのが国際協力銀行(JBIC)です。JBICは日本の政策金融機関で、一般の金融機関が行う金融を補完しながら、重要資源の海外開発や日本産業の国際競争力の維持などを支える役割を持っています。4 組織概要でも、日本と国際経済社会の健全な発展に寄与することを目的に、重要資源の海外開発、産業競争力、地球環境、国際金融秩序に関わる業務を行うと説明されています。5
劣後出資で民間資金を呼び込みやすくする設計
改正案では、民間事業者が特定海外事業に関する計画を作成し、主務大臣の認定を受けられる仕組みが示されています。認定を受けた事業者は、主務大臣やJBICから支援を受けられる可能性があります。ここでいう支援は、単なる助言だけでなく、JBIC法の目的規定に経済安全保障への寄与を加え、認定特定海外事業に対する出資などを別勘定で整理する内容を含みます。2
重要なのは、JBICが認定特定海外事業に劣後出資などを供与できるようにする設計です。劣後出資とは、通常の出資より後に利益分配を受け、損失は先に負担する性質を持つ出資形態です。3 リスクを取りやすい資金が入ることで、民間金融機関や企業が参加しやすくなる可能性があります。ただし、どの事業が対象になり、どの程度の条件で支援されるかは、基本指針や認定実務を確認する必要があります。
JBIC支援の焦点は、海外事業のリスクを分担し、民間資金を動かしやすくする点です。
国会審議の経緯と企業の確認事項
提出から衆議院修正までの流れ
国会審議の流れを見ると、改正案は令和8年3月19日に提出され、衆議院では4月28日に内閣委員会へ付託されました。その後、5月15日に衆議院内閣委員会で修正、5月19日に衆議院本会議で修正議決され、参議院へ送付されています。参議院の議案情報では、5月19日時点で参議院本会議の議決欄は空欄となっており、少なくとも同時点では衆議院通過後の段階です。6
この経緯から分かるのは、今回の改正案が、既に成立した法律の細かな手直しだけではないということです。経済安全保障推進法は令和4年に公布され、その後も基幹インフラ分野の追加などが行われてきました。さらに、施行後三年を目途とする見直しの流れの中で、今回の改正案が出てきたと整理できます。3
まず見るべき自社との接点
企業が確認すべきなのは、自社が法律の対象事業者かどうかだけではありません。今回の改正案では、供給網の途中にあるサービス、海外拠点、医療情報、重要技術の実装、官民協議の情報管理など、接点が広がっています。例えば、直接のメーカーでなくても、特定重要物資の輸送、保守、敷設、打上げ、システム運用を担う企業は、制度の方向性を追う意味があります。
また、海外事業を検討している企業は、JBIC支援の新制度を資金調達の選択肢として見るだけでなく、自社の事業が経済安全保障上どのような意味を持つのかを言語化しておく必要があります。国際的な輸送網、重要サービス、重要技術の海外展開に関わる事業であれば、単なる海外投資ではなく、供給網の強靱化や技術基盤の維持という説明が求められる場面が増える可能性があります。
企業は、製造者かどうかだけでなく、海外事業や周辺サービスとの接点を確認する必要があります。
まとめ
今回の改正案の中心は、経済安全保障推進法を国内の物資確保に閉じた制度から、海外事業、医療情報、重要技術、官民連携まで含む制度へ広げることです。衆議院で加わった修正案は、政府に追加検討を求める検討条項であり、今後の制度整備の余地を残す意味を持ちます。
企業にとって重要なのは、対象になりそうな業種を暗記することではありません。自社の製品、サービス、海外拠点、取引先、技術が、社会の基盤や供給網のどこを支えているのかを整理することです。経済安全保障は一部の大企業だけの話ではなく、重要物資や基幹インフラの周辺にいる中小企業にも関係し得ます。
特にJBICの支援枠組みは、海外事業を単なる成長投資ではなく、国際的な輸送網や重要サービスを支える事業として捉え直すきっかけになります。今後は、法案の成立状況、政令、省令、基本指針、認定手続を確認しながら、自社の事業説明や資金計画にどう反映するかを考えることが大切です。
出典・参考資料
執筆者:補助金フラッシュ 士業編集部
補助金・助成金の活用法からAI導入、業務の生産性向上まで、中小企業の経営に役立つ情報を士業の専門家チームがわかりやすく解説します。
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