日本は起業が少ない国だ、と言われることがあります。たしかに開業率だけを見ると、米国や英国などと比べて低く見えます。
ただし、この問題は開業率が低いから悪い、企業生存率が高いから良い、と単純には判断できません。大切なのは、日本では新しい事業が生まれにくく、同時に退出も少ないという構造をどう読むかです。
この記事では、日本の開業率と廃業率の関係や国際比較、創業支援政策の課題を、初めてこのテーマに触れる人にも分かるように整理します。

日本の開業率
開業率の定義と日本の現状
まず押さえたいのは、開業率という数字が何を数えているかです。中小企業庁の資料では、開業率は主に厚生労働省の雇用保険事業統計を基に算出されています。式は、当該年度に雇用関係が新しく成立した事業所数を、前年度末の雇用保険適用事業所数で割る形です。つまり、従業員を雇った事業所の動きを見ている指標です。
このため、ひとりで始める個人事業や、副業から始まる小さな事業は、十分に捕捉されない場合があります。足元の資料では、2024年度の開業率は3.8%、廃業率は3.7%と示されていますが、この数字だけで日本の起業全体を言い切ることはできません。雇用を伴う事業所を中心に見ている、という前提を置く必要があります。1
別の統計では見え方も変わります。中小企業白書の付属統計資料に基づく経済センサスでは、会社と個人事業者を含めた直近の開業率が4.0%と整理されています。開業率が3%台なのか4%程度なのかという違いは、景気の変化だけでなく、どの統計で何を数えているかによっても生まれます。2
廃業率とセットで見える停滞
開業率は、廃業率とセットで見ると意味が分かりやすくなります。英国の2023年の統計では、事業の出生率が11.0%、死亡率が10.8%でした。新しい事業が多く生まれる一方で、終わる事業も多いという姿です。3
日本はこれと対照的です。開業率が低いだけでなく、廃業率も低い水準にあります。これは、企業が長く続きやすいという良い面を持つ一方で、新しい事業が入ってきて、古い事業が入れ替わる動きが弱いとも読めます。新陳代謝とは、事業の参入と退出を通じて産業全体が更新されることです。廃業が少ないことは安心材料であると同時に、変化の少なさを示すサインにもなります。
日本の開業率と廃業率が低い理由
心理的なハードルと選択肢の見えにくさ
中小企業庁の報告書では、日本では創業の阻害要因として、生活が不安定になる不安や、創業を職業の選択肢として認識する機会の少なさが指摘されています。4
この点は身近に考えると分かりやすいです。会社員として働いている人が、創業という選択肢を日常的に見聞きしていなければ、事業アイデアがあっても独立は遠い話になります。家族や周囲に創業経験者が少なければ、資金繰り、税務、人材採用、撤退時の対応などを具体的に想像しにくくなります。
その結果、起業に関心がない人が多いというだけでなく、関心を持つ前の情報接触が少ない状態になります。政策としては、既に創業を決めた人への補助金だけでなく、創業の姿を地域の中で見えるようにすることが必要になります。起業を特別な人だけの選択肢にしないことが、開業率を考える出発点です。
選別された創業
中小企業庁の参考資料では、日本の起業後5年の企業生存率は80.7%とされ、米国、英国、ドイツ、フランスと比べて高い水準にあります。開業率が低い一方で、始めた企業は残りやすい。この組み合わせは、一見すると日本の創業が慎重で堅実だという読み方を誘います。1
例えば、会社員として経験を積み、顧客や仕入先の見込みを立ててから独立する人が多ければ、開業数は増えにくいものの、開業後の失敗は抑えられる可能性があります。家業の延長や既存の取引関係を使った創業も、まったくゼロから始めるより継続しやすいでしょう。この意味では、日本では起業に踏み出す前の選別が強く働いていると考える余地があります。
ただし、この見方だけで終えると重要な点を見落とします。開業前に慎重すぎるほど準備する社会では、失敗しそうな事業だけでなく、本来なら伸びる可能性のあった事業も始まらないかもしれません。
政策は開業数を増やせば十分か?
創業支援等事業計画が示した成果
日本では、自治体、商工会議所、商工会、金融機関などが連携して創業を支援する仕組みとして、創業支援等事業計画があります。これは市区町村が地域の支援者と連携して計画を作り、国が認定する制度です。
駒澤大学の岡室博之氏による報告では、創業支援事業計画の認定を受けた自治体では、政策開始前後で開業率が有意に上昇したとされています。平均処置効果は0.25%ポイントで、初期段階に認定を受けた自治体では0.39%ポイントの上昇です。一方で、開業率倍増という当初の目標には遠いとも整理されています。5
ここから分かるのは、創業支援には一定の効果があり得るということです。ただし、自治体が計画を作れば一気に起業が増える、というほど単純ではありません。人口が少ない地域、事業所密度が低い地域、平均給与が低い地域など、地域の条件によって効果の出方も異なります。
増やすだけでは終わらない政策課題
起業政策を考えるとき、開業数を増やすこと自体を目的にしすぎると、別の問題が起きます。起業研究者のScott Shaneは、起業する人を増やせば経済成長や雇用が大きく増える、という見方に慎重な立場を示しています。典型的な新規企業は必ずしも革新的でなく、多くの雇用や富を生むとは限らないという主張です。6
もちろん、この議論は起業支援が不要だという意味ではありません。むしろ、政策の問いを変える必要があります。どれだけ多く始めたかだけでなく、どのような事業が生まれたか、地域に必要なサービスを支えているか、成長する企業を増やせているか、失敗しても再挑戦できるかを見るべきです。
中小企業庁の報告書も、従来の開業率だけでなく、創業期における成長、創業者数の増加、創業エコシステムの構築を組み合わせて評価する方向を示しています。創業者数については、過去5年間のうち特異点を除いて多かった2021年の水準である年10万者を目指す考え方も示されています。4
政策課題は、起業を増やすことと、続く事業を育てることを同時に見るところにあります。では、起業を考える人は、どのような視点を持てばよいのでしょうか。
起業を考える人が持つべき視点
最初に決めたい事業の型
まず大切なのは、自分が目指す創業の型を早めに言語化することです。地域の生活を支える小さな店舗なのか、地域資源を使って外部市場を狙う事業なのか、雇用を増やして成長する会社なのかによって、必要な支援は変わります。
例えば、ひとりで始める小さな事業なら、最初に必要なのは大きな資金調達よりも、税務、資金繰り、価格設定、集客の基本かもしれません。成長を目指す会社なら、販路開拓、人材採用、金融機関との関係づくり、管理体制の整備が早い段階から必要になります。同じ起業でも、目指す形が違えば準備も違うということです。
撤退と再挑戦を含めた事業計画
もう一つ大切なのは、廃業を失敗だけで捉えないことです。廃業率が高い社会をそのまま良いと見る必要はありませんが、事業を終える判断が遅れすぎると、本人の生活、取引先、金融機関に大きな負担が残ります。
中小企業庁の報告書では、創業、廃業、廃業後の新たな創業を一連のサイクルとして位置づける考え方が示されています。創業塾や創業セミナーでも、事業の成長が芳しくない場合に早期の廃業を判断する基準を、事業計画に盛り込むことが推奨されています。4
これは後ろ向きな話ではありません。売上が何か月連続で計画を下回ったら見直すのか、手元資金がどの水準を切ったら追加投資を止めるのか、撤退後にどの経験を次に生かすのか。こうした基準を先に決めておくことで、起業は一度きりの勝負ではなく、学びを次に移せる挑戦になります。
日本の開業率が低い理由は、ひとつではありません。統計の定義、起業への心理的な距離、雇用を伴う創業数の少なさ、退出への慎重さが重なっています。
だからこそ、重要なのは挑戦しやすく、続けやすく、やめても再挑戦しやすい環境です。起業を考える人はこの視点を持つことで、実際に行動しやすくなります。
出典・参考資料
執筆者:補助金フラッシュ 士業編集部
補助金・助成金の活用法からAI導入、業務の生産性向上まで、中小企業の経営に役立つ情報を士業の専門家チームがわかりやすく解説します。
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