2026年版中小企業白書で目を引くのは、売上や人手不足だけでなく、共通価値という少し聞き慣れないテーマが前面に出ていることです。
ここで大事なのは、共通価値を社会貢献の話だけで受け止めないことです。白書が示す流れを見ると、脱炭素化や資源循環は、取引先から選ばれ続けるための確認項目になり始めています。
前編では、共通価値のうち脱炭素化とサーキュラーエコノミーを取り上げます。専門部署がない中小企業や小規模事業者でも、最初に見るべき場所が分かるように、白書の数字を実務の言葉に置き換えて読み解きます。

「共通価値」とは?
白書が並べた5つのテーマ
中小企業庁の2026年版中小企業白書は、共通価値として、脱炭素化、サーキュラーエコノミー、経済安全保障、人権尊重、BCPを挙げています。BCPは事業継続計画のことで、災害や事故が起きても事業を止めにくくするための備えです。こう並べると範囲が広く見えますが、根っこは同じです。取引先や社会から、安心して任せられる会社かどうかが問われているということです。1
この見方に変えると、共通価値は大企業だけの流行語ではなくなります。たとえば部品を納める会社なら、価格や納期だけでなく、どのくらい温室効果ガスを把握しているか、廃棄を減らす工夫をしているかを聞かれる可能性があります。小さな店舗でも、仕入れ先、包装、廃棄、電気使用量の見直しは、費用の削減や説明力の向上に関わります。
意外なのは、白書がこのテーマを単独の環境章としてではなく、中小企業や小規模事業者の動向の中に置いている点です。2026年版の白書全体は、強い中小企業に向けた稼ぐ力の強化を大きな柱にしています。つまり共通価値は、きれいな理念の話ではなく、稼ぐ力を落とさずに取引を続けるための経営課題として扱われています。2
大きな会社が自社の排出量や資源利用を説明しようとすると、仕入れ先や委託先の情報も必要になります。そのため、共通価値は法律の条文だけで広がるのではなく、取引先からのアンケート、見積書の追加項目、購買条件の変更として伝わってきます。中小企業側から見ると、ある日突然、普段の取引に新しい確認欄が増える形で表れます。
脱炭素化の現状
理解はしていても、実行できていない企業が多い
白書の脱炭素化の調査では、中規模企業と小規模事業者のどちらも、段階1にとどまる事業者が6割を超えています。段階1とは、気候変動対応やCO2削減の重要性を理解している段階です。反対に、事業所全体の年間CO2排出量を把握している段階2以上まで進んでいる事業者は、まだ少数派です。1
この数字が示すのは、理解不足よりも、理解から測定に移るところで止まりやすいという現実です。脱炭素化という言葉を聞くと、太陽光発電や大きな設備投資を思い浮かべがちです。しかし最初に必要なのは、工場、事務所、店舗でどれだけ電気や燃料を使っているかを見えるようにすることです。請求書、燃料の購入記録、設備の稼働時間を整理するだけでも、次に打つ手はかなり絞れます。
ここで無理に完璧な計算を目指すと、かえって進みません。まずは主要な電力、燃料、車両の使用量を月別に並べる。次に、どの設備や工程が大きな割合を占めるかを見る。そこまでできると、省エネ、設備更新、稼働時間の見直し、取引先への説明のどれを優先するかを判断しやすくなります。
具体例で考えると分かりやすくなります。食品を冷蔵保管する事業者なら、冷凍機や照明の電気使用量が大きな確認対象になります。車両を多く使う事業者なら、燃料の種類、走行距離、配送ルートの見直しが入口です。どの会社にも同じ正解があるのではなく、自社で一番大きい使用量から見ることが近道になります。
取引先からの協力要請をどう受け止めるか?
製造業だけの話にしない見方
脱炭素化は、自社が急に取り組もうと思ったから始まるとは限りません。白書によると、脱炭素化に向けた協力要請を受けた事業者の割合は、全体で2024年の12.0%から2025年には15.8%へ上昇しています。調査の母集団が異なるため単純比較には注意が必要ですが、要請を受ける会社が増えている流れは読み取れます。業種別では製造業が21.9%と最も高くなっています。1
この数字は、脱炭素化が取引の現場へ入り始めていることを示します。製造業では、製品を作る過程の電力や燃料が見えやすいため、まず要請が届きやすいと考えられます。ただし、運送、卸売、建設、小売も無関係ではありません。運送なら燃料、卸売なら保管や配送、建設なら資材と現場、小売なら包装と廃棄が説明対象になり得ます。
要請を受けたときに避けたいのは、できるかできないかをその場で答えてしまうことです。まず確認したいのは、取引先が求めているものが、排出量の数値なのか、削減計画なのか、社内体制なのかという違いです。同じ脱炭素化でも、求められる資料は取引先によって違うため、聞かれた項目を分解してから対応した方が、余計な作業を増やさずに済みます。
また、協力要請は必ずしも圧力として受け止める必要はありません。取引先が求めているのは、すぐに大幅削減を達成した会社だけではなく、現状を把握し、改善の順番を説明できる会社である場合もあります。回答できない項目があっても、未把握のままにせず、いつまでに何を確認するかを返せれば、次の対話につなげることができます。
サーキュラーエコノミーで何を変えるべきか?
廃棄物対策ではなく価値の残し方
サーキュラーエコノミーは、直訳すれば循環経済です。使い終わったら捨てる一方通行の流れではなく、資源を効率よく使い、修理、再利用、再販売、部品回収などを通じて価値を残す考え方です。経済産業省の取りまとめでも、バリューチェーンのあらゆる段階で資源を効率的、循環的に使い、付加価値を最大化する経済への転換が必要とされています。3
白書では、サーキュラーエコノミーの概念を認知し、実際に取り組んでいる事業者は全体で7.4%にとどまります。一方で、概念を認知しているが取り組んでいない事業者は39.1%あります。半数近い事業者が言葉は知っているものの、実行までは進んでいない状態です。1
ここでも大事なのは、大きな構想から始めないことです。たとえば飲食店なら、仕入れすぎを減らす、容器の種類を見直す、食品ロスを記録することが出発点になります。製造業なら、不良率、端材、返品、修理部品の扱いを見ることができます。資源循環の入口は、廃棄物を減らすことだけでなく、まだ使える価値を失わないことです。
サーキュラーエコノミーでよくある誤解は、リサイクル材を使うことだけが取組だと考えることです。実際には、壊れにくくする設計、修理しやすい部品管理、過剰包装を避ける発注、売れ残りの発生を抑える需要予測も含まれます。小規模事業者でも、返品や廃棄の理由を記録すれば、仕入れ方や売り方を変える手がかりになります。
取り組みの進め方
成果が見えない問題への向き合い方
サーキュラーエコノミーに取り組む際の問題点として、白書では具体的な効果や成果が見えない、何から取り組めばよいか分からない、コストに見合った収益を上げられないという回答が、いずれも2割を超えています。脱炭素化でも、コストに見合ったメリットがない、具体的な効果や成果が見えない、人材が足りないといった回答が目立ちます。1
この悩みはもっともです。環境対応は、すぐに売上として表れにくいからです。ただ、成果を売上だけで見ようとすると判断を誤ります。電気代や燃料代が下がる、廃棄費用が減る、取引先への回答が速くなる、補助金や金融機関との対話で説明しやすくなる。このような小さな成果を足し合わせて見る必要があります。
反対に、始め方として成果が出にくいのは、取引先に聞かれた項目だけをその場しのぎで埋めることです。担当者が毎回違う資料を探す状態では、次の要請が来たときに同じ作業を繰り返します。最初は粗くても、同じ項目を同じ形式で更新できる仕組みにしておく方が、長い目で見て負担を減らせます。
最初の管理表は、難しいものでなくて構いません。月ごとの電気代、燃料代、廃棄量、廃棄費用、主な取引先からの確認事項を一枚に並べます。すると、環境対応の話が、経費、現場改善、営業対応の話に変わります。共通価値を日々の数字に結びつけることが、最初の実務です。
前編で最初に決めておきたい行動
数字、工程、収益を同じ表で見る
前編の結論は、共通価値を特別な部署の仕事にしないことです。脱炭素化もサーキュラーエコノミーも、まずは現場の数字と工程を見直すところから始まります。新しい設備を入れるかどうかは、その後の判断です。最初から投資の話にすると、費用の大きさだけが目立ち、続けにくくなります。
明日から始めるなら、確認する項目は3つで十分です。電気や燃料などの使用量、廃棄や不良の発生場所、取引先から聞かれた環境関連の項目です。これらを1か月単位で記録すれば、どこに負担があり、どこに説明が必要かが見えてきます。取引先に選ばれる会社は、立派な宣言よりも、聞かれたことに根拠を持って答えられる会社です。
担当者の決め方にも注意が必要です。環境対応を総務や製造の一人に任せきりにすると、電気代、廃棄費用、営業先からの質問が別々に管理されます。月に一度だけでも、経理、現場、営業が同じ表を見る場を作ると、削減できる費用と説明すべき項目が同時に見えるようになります。
この表は、環境対応のためだけに使うものではありません。原価が上がったときの価格交渉、設備更新の優先順位、補助金申請時の説明にも使えます。白書が共通価値を稼ぐ力の文脈に置いているのは、こうした管理が単なる守りではなく、価格や取引の説明力にも関わるからです。
もちろん、すべてを一度に変える必要はありません。白書の数字が示すように、多くの事業者はまだ実行の入口にいます。だからこそ、早い段階で記録を始め、社内で共有するだけでも、次に取引先から質問を受けたときの対応速度と説得力に差が出ます。小さな記録が、次の商談や更新面談の材料になります。
後編では、共通価値の残りのテーマである経済安全保障、人権尊重、BCPを取り上げます。環境対応よりもさらに見えにくいテーマですが、どれも取引先からの信頼を支える管理の話です。前編で見た数字と工程の考え方を、後編では情報、人、事業継続へ広げていきます。
出典・参考資料
執筆者:補助金フラッシュ 士業編集部
補助金・助成金の活用法からAI導入、業務の生産性向上まで、中小企業の経営に役立つ情報を士業の専門家チームがわかりやすく解説します。
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