前編では、2026年版中小企業白書が示す「共通価値」のうち、脱炭素化とサーキュラーエコノミーについて見てきました。環境への配慮は「大切だ」と理解するだけでは不十分で、取引先から問われたときに「こういう理由で、こう取り組んでいます」と説明できるかどうかが問われる時代になってきています。
後編で取り上げる経済安全保障・人権尊重・BCP(事業継続計画)も同じです。「この会社は信頼できる」と感じてもらうために、何をどのように管理しているかを示すことが求められています。しかし、専門の担当者や部署がいない会社では、どこから手をつければいいかわからず、結果として動けないままになりがちです。
そこで後編では、2026年版中小企業白書が示す「経済安全保障」「人権尊重」「BCP」の3テーマについて、中小企業がまず取り組むべきことを具体的に見ていきます。

経済安全保障のために何を管理すべきか?
サイバーセキュリティと技術情報
白書では、経済安全保障に関する要請内容として、サイバーセキュリティと技術情報管理の強化を挙げた事業者が31.6%でした。特にないと答えた割合は60.2%で、全社に要請が届いているわけではありません。それでも、3割を超える事業者がこの項目を意識しているという数字は、取引の現場で情報管理が見られ始めていることを示します。1
経済安全保障という言葉は大きく聞こえますが、まず見るべきなのは身近な情報です。図面、顧客リスト、見積書、製造条件、仕入れ先情報、社内システムのIDなどが、誰のパソコンにあり、誰が外部に送れるのか。ここが曖昧だと、サイバー攻撃だけでなく、退職、誤送信、外部委託の場面でもリスクが高まります。
取引先から届く質問は、専門用語ではなく、チェックシートの形で来ることが多くなります。ウイルス対策をしているか、バックアップはあるか、外部委託先を管理しているか、秘密情報を誰が扱えるか。こうした項目に答えるには、システムの強さだけでなく、社内ルールの有無が問われます。
経済産業省が公表したサプライチェーン強化に向けたセキュリティ対策評価制度の構築方針案では、発注元企業が委託先企業に必要な段階を示し、対策を促し、実施状況を確認することが想定されています。制度の狙いは、サプライチェーン全体のセキュリティ水準を高めることです。つまり、中小企業側にとっては、取引先から情報管理の状態を聞かれる場面が増える可能性があります。2
ただし、取引先からの要請が一方的な負担になってよいわけではありません。制度構築方針案でも、発注者側と取引先がパートナーシップを構築し、セキュリティ対策と価格交渉を行う想定が示されています。中小企業側も、必要な対策にかかる費用や作業を見えるようにしておくと、取引条件の相談がしやすくなります。2
セキュリティ対策はどこから始めるか?
基本的な対策
最初から高度なシステムを入れる必要はありません。中小企業向けの情報セキュリティ対策ガイドラインでも、まず取り組むべき基本対策から、体制整備やルール作りへ段階的に進める考え方が示されています。これから対策を始める企業に向けて、リスクや実践すべき対策をまとめた資料として位置づけられています。3
実務では、最初に3つを確認すると進めやすくなります。使っていないIDが残っていないか、重要なファイルのバックアップがあるか、社外へ送ってよい情報と送ってはいけない情報が分かれているか。この3つは、専門知識がなくても棚卸ししやすい項目です。取引先から質問を受けたときにも、どこまで整っているかを説明しやすくなります。
注意したいのは、セキュリティを情報システム担当だけの仕事にしないことです。見積書を送る営業、図面を扱う現場、支払データを扱う経理、外部委託を決める管理者が、それぞれ情報の入口と出口を持っています。情報を守るルールは、実際に情報を動かす人に届いて初めて機能します。
人権尊重の取り組み方
まずは事業で負荷がかかりやすい場所を知ることが大切
白書では、企業活動における人権尊重について、取引先から具体的な働きかけや要請を受けた事業者は13.3%でした。また、人権方針を既に策定している事業者は全体で9.3%にとどまる一方、策定を検討中の事業者を含めると4割を超えています。まだ大半が整備済みではないものの、検討段階に入る会社が増えている状況です。1
日本政府は2022年に責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドラインを策定しました。経済産業省は、中小企業を含め、これまで本格的に取り組んでいなかった企業でも進めやすいよう、実務参照資料も公表しています。ここで重要なのは、立派な文章を作る前に、自社の事業で人に負荷がかかりやすい場所を知ることです。4
たとえば、長時間労働が起きやすい工程、外国人材や短時間勤務者への説明、仕入れ先での労働環境、苦情や相談の受付方法などです。人権尊重という言葉を広く捉えすぎると、何から見るべきか分からなくなります。まずは、従業員、外注先、仕入れ先、顧客との接点を並べ、問題が起きたときに誰が受け止めるかを決めます。
人権尊重でよくある誤解は、海外工場や大規模なサプライチェーンがある会社だけの話だと考えることです。実際には、社内の長時間労働、ハラスメント、採用時の説明不足、外注先への短納期の押し付けも、人に関するリスクになり得ます。小さな会社ほど距離が近い分、問題が表に出にくい場合もあります。
方針を作る場合も、最初から難しい文章を作る必要はありません。自社として人を傷つける取引や働き方を避けること、相談を受けたら放置しないこと、仕入れ先や外注先にも無理な条件を押し付けないことを、社内で確認するところから始められます。文書は、その確認内容を外部にも説明できる形にしたものです。
BCPは、取引継続の約束
安否確認とバックアップから始める
BCPは、災害や感染症、サイバー攻撃などで事業が止まったとき、どの業務を優先して続けるかを決める計画です。帝国データバンクの2025年調査では、BCP策定率は全体で20.4%と初めて2割を超えました。一方で、大企業は38.7%、中小企業は17.1%にとどまり、規模間の差が広がっています。5
白書も同じ調査を用い、中小企業のBCP策定率は上昇傾向にあるものの、大企業とは水準に差があると示しています。さらに、事業中断リスクに備えた実施や検討内容として、従業員の安否確認手段の整備が65.2%、情報システムのバックアップが57.2%、災害保険への加入が40.9%とされています。つまり、BCPの入口は分厚い冊子作りではなく、人の安全確認とデータの復旧手段です。1
中小企業では、主要な業務が特定の人に集中していることがあります。その人と連絡が取れない、パソコンが壊れる、仕入れ先が止まるだけで、納品や請求が止まる場合があります。だからこそ、最初に決めるべきなのは、緊急連絡先、代わりに作業できる人、バックアップの場所、最低限続ける業務です。
取引先から見たBCPは、災害対策の立派さよりも、納品や連絡がどの程度続けられるかという現実に関わります。停電時に誰へ連絡するのか、社長が不在のときに誰が判断するのか、請求や出荷に必要なデータはどこから復旧できるのか。こうした基本が決まっていないと、被害が小さくても取引先への影響は大きくなります。
後編で決めておきたい管理表
小さく始めて更新する運用
後編の3テーマは、別々に見えるものの、同じ管理表で始められます。左の列に情報管理、人権尊重、事業継続を並べ、右の列に担当者、確認する資料、取引先から聞かれた項目、次回の見直し日を書きます。これだけでも、誰が何を見ているのかが分かり、質問を受けたときに慌てにくくなります。
この管理表は、完成させることより更新することが大切です。経済安全保障では、扱う情報や委託先が変わります。人権尊重では、採用や勤務形態が変わります。BCPでは、連絡先やシステムが変わります。共通価値への対応は、一度作って終わる書類ではなく、変化に合わせて直す仕組みとして考える必要があります。
自社だけで進めにくい場合は、商工会議所、商工会、金融機関、顧問税理士や社会保険労務士など、日ごろ接点のある支援者に相談するのも現実的です。重要なのは、相談前に何を聞かれて困っているのかをメモしておくことです。質問が具体的であれば、支援者も資料作成、規程整備、補助制度の確認に入りやすくなります。
前編と後編を通して見ると、2026年版中小企業白書の共通価値は、特別な会社だけに求められる高度なテーマではありません。脱炭素化では使用量を記録する。サーキュラーエコノミーでは廃棄や不良の発生場所を見る。経済安全保障では情報の出入りを管理する。人権尊重では人に負荷がかかる接点を確認する。BCPでは連絡と復旧の手順を決める。どれも、日々の管理に落とし込めます。
最後に残る判断基準は一つです。取引先から聞かれたときに、根拠を持って説明できるか。共通価値への対応は、背伸びした宣言より、地味な記録と更新で差が出ます。小さく始めても、継続して説明できる会社は、変化の多い時代に取引を続けやすい会社になります。
出典・参考資料
執筆者:補助金フラッシュ 士業編集部
補助金・助成金の活用法からAI導入、業務の生産性向上まで、中小企業の経営に役立つ情報を士業の専門家チームがわかりやすく解説します。
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