前編では、業況、物価、金利、賃上げを中心に、回復が足踏みする理由を見ました。後編では、同じ第1部第1章から、人手不足、労働生産性、デジタル化、価格転嫁、倒産、事業承継の現状について見ていきます。
人手不足は採用の問題に見えますが、実際には価格、業務の進め方、承継の準備まで関わります。白書の数字を、日々の経営判断に使える形へ置き換えていきます。

中小企業の人手不足の状況
不足感が強い業種と職種
2026年版中小企業白書の第1部第1章は、中小企業の人手不足が依然として深刻だと示しています。業況が戻っても、人を採れなければ売上を伸ばせません。特に、建設業、運輸業や郵便業、情報通信業などでは不足感が強く、職種では専門的な技術職、サービス職、生産工程の仕事で人材不足が目立ちます。1
ここで意外なのは、人手不足が単純に人数不足だけを意味しないことです。白書は、中小企業の一者当たり従業者数が増加傾向にあることも示しています。人をまったく増やせていないというより、必要な仕事の量や質が変わり、採用した人だけでは回りにくい状態が起きています。さらに、中小企業では非正規雇用者の割合が4割を超え、大企業よりやや高いとされています。働く時間や役割が多様な人を組み合わせながら、業務を成り立たせる必要があるわけです。1
この状況では、求人票を出すだけでは解決しにくくなります。例えば、採用できても教育の時間が足りなければ、現場の負担は一時的に増えます。熟練者だけが判断できる仕事が多い場合、新しい人が入っても、最終確認が一人に集中します。人手不足の本質は、人数の不足と仕事の設計の不足が重なっていることです。
採用前に見直したい仕事の流れ
人手不足対策では、最初に採用人数を決めるより、仕事の流れを見直す方が近道になる場合があります。受注、見積もり、発注、製造、納品、請求のどこで人が詰まっているかを分けると、採用すべき人材が見えやすくなります。
例えば、現場作業員が足りないと思っていた企業で、実際には見積もり作成や社内確認に時間がかかっていることがあります。この場合、現場の人数を増やす前に、見積もりのひな形や承認手順を整えた方が、全体の処理量が増えるかもしれません。白書が示す人手不足を実務で読むなら、採用難そのものより、どの仕事が人に依存しすぎているかを探すことが大切です。
労働生産性が伸びない理由
一人が複数の業務を兼務している
白書は、労働生産性の推移について、大企業は上昇傾向にある一方、中規模企業と小規模企業はおおむね横ばいで推移していると示しています。2024年度の労働生産性は、大企業が1,666.1万円、中規模企業が608.5万円、小規模企業が537.6万円です。ここでいう労働生産性は、従業員一人当たりがどれだけ付加価値を生み出しているかを見る数字です。1
この差は、努力の差というより、事業の仕組みの差として見る必要があります。大企業は、設備、システム、専門部署、販売網を使って、一人の仕事を大きな売上や付加価値につなげやすい構造を持っています。
一方、小規模事業者では、経営者や少数の従業員が、営業、現場、事務、請求、採用まで兼ねることが多く、一人の時間が分散しやすくなります。
必要なのは、同じ人数でより多くの価値を生む仕事に時間を移すことです。低い粗利の仕事を減らし、手作業を減らし、判断の待ち時間を減らすことが、生産性改善の現実的な入口になります。
デジタル化による効率化は進んでいるが、新たな価値の創出にはまだ
白書は、デジタル化の取組段階についても示しています。事業方針や業務プロセスを再設計し、デジタル技術を使って新しい価値を生み出す段階にある企業は2.8%にとどまります。
一方、アナログな作業をデジタルツールに置き換えている段階は57.3%です。多くの企業は、まだ紙や手入力を減らす入口にいるということです。1
この数字は、デジタル化が遅れていると責めるためのものではありません。むしろ、最初の一歩を難しく考えすぎなくてよいという示唆です。請求書を紙から電子へ変える、在庫表を共有ファイルにする、見積もりの入力項目をそろえるといった改善でも、手戻りや確認待ちを減らせます。大きなシステム投資の前に、同じ情報を何度も入力している場所を探す方が、効果を出しやすい場合があります。
白書は、情報処理や通信にかかる費用が増えていることにも触れています。デジタル化には費用がかかりますが、クラウドサービスを使えば、初期投資を抑えながら始められる場合があります。ここで大切なのは、流行しているツールを入れることではなく、紙、表計算、口頭確認が分かれている仕事を一つずつ減らすことです。小規模事業者ほど、小さな手戻りの削減が人手不足対策になると考えると、取り組む順番を決めやすくなります。
価格転嫁はどこまで進んだのか?
コスト全般の価格転嫁率は53.5%
人手不足と生産性を考えるとき、価格転嫁を避けて通れません。中小企業庁の価格交渉促進月間に関する2025年9月のフォローアップ調査では、コスト全般の価格転嫁率は53.5%でした。原材料費は55.0%、労務費は50.0%、エネルギーコストは48.9%です。2
この数字は、コスト上昇の半分程度は価格に反映できている一方、半分弱は企業側が吸収していると読めます。もちろん、業種や取引先によって状況は大きく違います。価格転嫁率が高い企業もあれば、交渉しても反映が難しい企業もあります。それでも、白書の文脈で見ると、賃上げや設備投資の原資を作るうえで、価格交渉が重要な経営課題になっていることは明らかです。
第1部第1章では、売上単価DIと原材料や商品仕入単価DIの差も扱われています。仕入れ単価が上がる感覚の方が、売上単価が上がる実感より強い場合、売上が増えても採算は悪化します。価格転嫁は値上げ交渉だけでなく、採算を守るための管理として見る必要があります。商品別や取引先別に粗利を出すと、どの価格を見直すべきかが分かりやすくなります。
交渉しやすい材料の作り方
価格転嫁を進めるには、値上げをお願いするだけでは足りません。相手に説明できる材料を用意する必要があります。原材料費、外注費、物流費、人件費、光熱費を分けて、どの費用がどれだけ上がったかを見せられるようにしておくことが重要です。
特に労務費の転嫁は、説明が難しくなりがちです。人件費は社内事情に見えるため、相手が納得しにくい場合があります。そのため、最低賃金の引き上げ、採用難、業務に必要な人員配置など、客観的な背景と一緒に示すと交渉しやすくなります。価格交渉は、感情ではなく根拠をそろえる作業です。
また、すべての取引で同じ値上げ率を求める必要はありません。利益率が低いが手間の多い取引、納期変更が多い取引、少量で配送回数が多い取引など、採算を圧迫する条件から見直す方が現実的です。価格だけでなく、納期、最低発注量、支払い条件も含めて話し合うと、相手にとって受け入れやすい着地点が見つかることがあります。
倒産と事業承継から見える次のリスク
倒産件数だけでは見えない休廃業
白書は、2025年の企業倒産件数が10,300件となったことを示しています。東京商工リサーチの集計でも、2025年の全国企業倒産は10,300件で、2年連続で1万件を超えています。ここでいう倒産は、負債総額1,000万円以上など一定の定義に基づく集計です。13
ただし、倒産件数だけを見ると、事業が終わる全体像を見誤ります。白書では、2025年の休廃業や解散の件数が67,949件と示されています。倒産のように大きな負債を抱えて法的整理に進む企業だけでなく、後継者がいない、利益は出ていても先が見えない、体力的に続けにくいといった理由で事業を閉じるケースがあります。1
開業率や廃業率も、読むときには注意が必要です。白書は雇用保険関係の成立や消滅をもとに開業率と廃業率を示しています。そのため、雇用者を持たない一人事業の動きは十分に反映されにくい場合があります。統計の定義を知らずに数字だけを見ると、地域の実感とずれて見えることがあります。
白書では、黒字状態で休廃業や解散に至る割合が低下傾向にあることも示されています。それでも、黒字だから安心とは限りません。経営者の年齢、後継者の有無、設備更新の負担、取引先の将来性が重なると、利益が残っていても続ける判断が難しくなることがあります。廃業リスクは赤字企業だけの問題ではないという点を押さえる必要があります。
後継者不在率の低下と残る課題
事業承継については、前向きな変化もあります。白書は、後継者不在率が2016年の66.0%から2025年の50.8%へ低下したことを示しています。経営者の年齢別に見ても、60代、70代、80代以上で後継者不在率が低下しています。事業承継への意識や支援策の広がりが、一定の効果を持ち始めていると読めます。1
一方で、2025年時点でも60歳以上の経営者は過半数です。後継者不在率が下がっても、承継の準備が十分に終わったとは限りません。後継者が決まっていても、株式や事業用資産の引き継ぎ、金融機関や取引先への説明、従業員への共有、経営判断の移行には時間がかかります。
第三者承継やM\&Aも選択肢として広がっています。白書では、M\&A件数が近年増加傾向にあり、事業承継や引継ぎの支援センターの相談者数や成約件数も増えていることが示されています。事業をたたむか、家族に継がせるかの二択ではなく、従業員、取引先、第三者へ引き継ぐ選択肢を早めに検討することが重要です。承継は出口の話ではなく、事業価値を守る準備です。
承継準備で最初に行うべきなのは、専門的な契約書を作ることではありません。売上先、仕入先、借入、保証、設備、従業員の役割を一覧にし、誰が何を判断しているかを見えるようにすることです。経営者だけが知っている情報が多いほど、引き継ぎは難しくなります。白書の数字をきっかけに、事業を続けるための情報整理を始める価値があります。
後編のまとめ
三つの問いで白書を読み直す
後編で見た最新動向は、人手不足、労働生産性、デジタル化、価格転嫁、倒産、事業承継です。一見すると別々のテーマに見えますが、つながっている課題は一つです。限られた人手と資金の中で、利益を残し、事業を続ける力をどう高めるかです。
白書を経営判断に使うなら、次の三つの問いに置き換えると読みやすくなります。
- 人が足りない仕事は、採用で解くべきか、手順の見直しで解くべきか
- 値上げや条件変更に必要な根拠を、数字で示せているか
- 事業を続けるための判断や情報が、経営者一人に集中していないか
この三つを確認すると、白書は遠い政策資料ではなくなります。採用、設備投資、値上げ、承継の優先順位を決める材料になります。2026年版中小企業白書の第1部第1章は、環境変化を眺める資料ではなく、自社の弱点を見つける点検表として使えます。
前後編を通じて見えてくるのは、中小企業と小規模事業者の課題が、売上を増やせば解決する時代から、利益、人、時間、承継を同時に考える時代へ移っていることです。最初に取り組むことは大きな改革である必要はありません。今月の粗利、人件費、返済、価格交渉の状況を確認し、どこに余力が残っているかを見ることから始められます。
出典・参考資料
執筆者:補助金フラッシュ 士業編集部
補助金・助成金の活用法からAI導入、業務の生産性向上まで、中小企業の経営に役立つ情報を士業の専門家チームがわかりやすく解説します。
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