労働生産性は、ひとことで言えば、投入した労働に対してどれだけの付加価値を生み出したかを見る指標です。付加価値は、売上そのものではなく、企業が事業活動で新しく生み出した価値を指します。材料費を差し引いた後に、人件費や利益の原資になる部分と考えると分かりやすいです。
2026年版中小企業白書は、賃上げと人手不足が同時に進む今こそ、この指標を避けて通れないと示しています。1 大切なのは、中小企業の労働生産性を伸び悩みとだけ見ないことです。一人当たりと時間当たりを分けて読むと、何を改善すべきかが見えやすくなります。自社の状況を考える材料として読み進めてください。

中小企業の労働生産性の状況
大企業との差は残るが、上位層は大企業に近い水準
まず一人当たり労働生産性を見ると、中小企業と大企業の差はまだ大きいです。白書では、財務省の法人企業統計調査年報を使い、減価償却費を含めて労働生産性を見ています。2015年度から2024年度にかけて、大企業は1,537.5万円から1,935.1万円へ伸びた一方、中小企業は634.6万円から665.6万円への伸びにとどまっています。1
この数字だけを見ると、中小企業はほとんど変わっていないように見えます。しかし、中小企業を労働生産性の高い順に分けると、上位の企業群は大企業の中央値を超えており、大企業と遜色ない生産性を持つ中小企業も存在します。中小企業全体を一つの平均で見てしまうと、この差が見えなくなります。1
時間当たりでは10年で25.5%上昇
さらに、時間当たりで見ると印象は変わります。白書の試算では、中小企業の時間当たり労働生産性(付加価値額を総労働時間で割る)は2015年度の2,885円から2024年度の3,621円へ上昇し、2015年度比で25.5%増えています。これは、一人当たり労働生産性が横ばいに近いという見方とは違う景色です。1
ここで大事なのは、伸びているから安心という意味ではないということです。白書の数字は名目値であり、物価の変化を完全に取り除いた実質の伸びではありません。
また、業種によって状況はかなり違います。宿泊業、飲食サービス業のように低い水準から改善している業種もあれば、事業の性質上、設備や人員配置の変え方に制約が大きい業種もあります。
なぜ時間当たりでは伸びて見えるのか?
分子の付加価値額が伸びたこと
時間当たり労働生産性は、分子の付加価値額と、分母の総労働時間で決まります。白書の試算では、中小企業の付加価値額は2015年度の92.0兆円から2024年度の136.9兆円へ増え、2015年度比で48.8%増加しています。一社当たり付加価値額も、2015年度の171.7百万円から2024年度の241.5百万円へ増えています。1
付加価値額が増える要因は一つではありません。価格転嫁、商品やサービスの高付加価値化、設備投資、研究開発、人材育成、事業承継やM&Aなど、複数の取り組みが関係します。経
済産業省の企業活動基本調査は、企業の活動実態を明らかにし、企業に関する施策の基礎資料を得るための統計です。2 白書はこうした統計も使いながら、労働生産性が高い企業群ほど投資や能力開発などの水準が高い傾向を示しています。ここから読み取れるのは、省力化だけではなく、付加価値を上げる行動も同時に見る必要があるということです。
分母の労働投入量がそこまで増えなかったこと
もう一つの要因は、分母である労働投入量です。白書では、労働者数と一人当たり労働時間を掛け合わせて総労働時間を見ています。2015年度比で見ると、2024年度の労働者数は26.9%増えていますが、一人当たり労働時間は6.6%減り、労働投入量全体は18.6%増にとどまっています。1
つまり、働く人の数は増えたものの、一人当たりの労働時間は減り、総労働時間の増え方は付加価値額の増え方を下回りました。このため、時間当たり労働生産性が上がって見えるわけです。
ここでの読み方を間違えると、単に人を減らせば生産性が上がると受け止めてしまいます。実際には、付加価値額を落とさずに、必要な時間を減らすことがポイントです。
労働生産性が賃上げと人手不足にどう関係するか?
賃金とは相関関係
白書は、労働生産性と賃金の関係も確認しています。2023年度の企業活動基本調査をもとにした分析では、労働生産性が高い企業群ほど、従業者一人当たり賃金も高い傾向があります。中小企業のうち労働生産性が75〜90%タイルに位置する企業群では、従業者一人当たり賃金が5.7百万円で、10〜25%タイルの2.8百万円を大きく上回っています。1
ただし、ここで因果を急いで決めつけるのは危険です。生産性が高いから賃金を上げられる面もありますが、賃金を高めて人材を確保し、教育し、結果として生産性が上がる面もあります。
白書が示しているのは、生産性と賃金が切り離せない関係にあるという読み方です。賃上げだけを先に考えるのでも、生産性だけを先に考えるのでもなく、両方を同じ経営課題として扱う必要があります。
現状維持では危うくなる
2026年版の中小企業白書は、約30年ぶりの高い賃上げ水準が続く中で、中小企業の賃上げ余力は大企業より厳しく、賃上げ原資の確保が課題になるとしています。また、労働供給制約社会が近づく中で、人手不足はさらに深刻になるおそれがあるとも示しています。3
この状況では、今のやり方を続けるだけでは、採用、定着、賃金、利益のどこかに無理が出やすくなります。人手が足りないから残業で埋める、原価が上がっても価格を変えない、古い業務をそのまま続ける。こうした対応は短期的にはやり過ごせても、時間当たり労働生産性を押し下げる要因になります。
自社ではどこから確認するか?
まず見るべき3つの数字
白書を読むと、AI活用やデジタル化、価格転嫁、成長投資など、取り組むべきことが多く見えます。けれども、最初にすべきなのは流行の施策を選ぶことではありません。自社の労働生産性を分子と分母に分けて見ることです。
確認する数字は、まず次の3つに絞ると扱いやすくなります。単年の数字だけでは、受注の増減や一時的な採用の影響を受けやすいため、できれば直近3期程度を並べて見ると、改善が一時的なものか、続いている変化かを判断しやすくなります。
- 付加価値額が増えているか
- 総労働時間が増えすぎていないか
- 時間当たりの付加価値額が上がっているか
例えば、売上が伸びていても、残業時間や外注管理の手間が増えすぎているなら、時間当たりの改善は進んでいないかもしれません。受注が増えた会社ほど忙しさを成長と見なしがちですが、粗利が増えず、残業だけが増えている場合は、注意が必要です。
反対に、売上が横ばいでも、粗利の高い商品へ切り替え、不要な作業を減らせていれば、時間当たりの生産性は改善している可能性があります。白書の概要でも、価格転嫁や成長投資などによる付加価値額の増加と、AI活用やデジタル化による労働投入量の最適化を両面で進めることが重要だと示されています。4
数字を行動に変える順番
最初の行動は、会計上の数字と現場の時間を同じ表に置くことです。月次の売上、粗利、人件費、残業時間、主要業務の処理件数を並べるだけでも、どこで時間を使い、どこで価値を生んでいるかが見えやすくなります。ここで重要なのは、部署や担当者を責めるために数字を見るのではなく、業務の詰まりを見つけるために使うことです。
次に、付加価値を上げる施策と、労働時間を減らす施策を分けて検討します。数字を眺めるだけで終わらせず、次に何を変えるかを決める視点が大切です。値上げや価格転嫁、利益率の高い商品への移行は分子を増やす取り組みです。
手作業の削減、システム導入、会議や承認の見直しは分母を整える取り組みです。どちらか一方だけではなく、付加価値額を増やしながら、不要な時間を減らす組み合わせを作ることが、白書の読み方を自社の経営判断に変える近道になります。
2026年版中小企業白書から得られる中心メッセージは、中小企業の労働生産性を平均値だけで悲観しないということです。一人当たりでは伸び悩みに見えても、時間当たりでは改善が見えます。
ただし、その改善は自動的に続くものではありません。付加価値を高める行動と、総労働時間を整える行動を同時に進められる企業ほど、賃上げと人手不足の時代を乗り越えやすくなります。
出典・参考資料
執筆者:補助金フラッシュ 士業編集部
補助金・助成金の活用法からAI導入、業務の生産性向上まで、中小企業の経営に役立つ情報を士業の専門家チームがわかりやすく解説します。
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