前編では、稼ぐ力を付加価値額の増加から読みました。後編で見るのは、同じ成果をより少ないムダで出すための労働投入量の最適化という考え方です。人手不足が続く中で重要なのは、人を減らすことではなく、仕事の流れからムダな待ち時間、重複作業、手戻りを着実に減らすことです。
2026年版中小企業白書は、省力化投資、AI(人工知能)活用、デジタル化を稼ぐ力の強化につながる取り組みとして位置づけています。後編では、道具を入れる前にどの業務を見直すべきか、初心者にも分かるように具体的に整理します。

人手不足の中で何を減らすべきか?
労働投入量を最適化する
白書は、付加価値額を増やしても、それ以上に労働投入量が増えれば労働生産性の向上にはつながらないと説明しています。この一文は、忙しい会社ほど重く受け止めたい部分です。ここでいう労働投入量は、従業員数や働く時間に近い考え方です。
つまり、売上が増えても残業や人手が増え続けるなら、会社は忙しくなっているだけで、稼ぐ力が強くなったとは言い切れません。経営者が早めに見抜きたい状態です。1
この論点は、人員削減の話ではありません。むしろ、人手不足の中で限られた人材をどう大切な仕事に振り向けるかという話です。受注処理、在庫確認、日報入力、請求書作成など、毎日発生する定型業務に時間を取られすぎると、営業提案、品質改善、商品開発に時間を使いにくくなります。省力化は人を減らす施策ではなく、価値を生む時間を増やす施策として捉えると実務に落とし込みやすくなります。
非効率的成長型からの脱出
白書の第2部第2章では、非効率的成長型という考え方が出てきます。簡単に言えば、付加価値額は増えているものの、従業員数も増えており、労働生産性が下がっている状態です。忙しさは増えているのに一人あたりの成果が伸びない会社は、この状態に近い可能性があります。1
ここで注目したいのは、省力化投資に取り組んだ事業者のほうが、非効率的成長型から効率的成長型へ移動している割合が高いという点です。白書では、取り組んだ事業者が41.8%、取り組んでいない事業者が34.3%と示されています。差は大きすぎるものではありませんが、業務の流れを見直した会社ほど、忙しさを成果に変えやすい傾向があると読めます。1
省力化投資をどこから始めるか?
人を減らす前に仕事の棚卸しをする
省力化投資という言葉を聞くと、大型機械や高額なシステムを思い浮かべるかもしれません。白書では、省力化投資を、機械化、ITツール、AIなどによって、同等またはそれ以上の付加価値を生むために必要な労働量を減らすことと定義しています。対象は工場だけではありません。事務、営業、物流、顧客対応にもあります。1
最初に行うべきなのは、道具選びではなく仕事の棚卸しです。どの作業に時間がかかっているのか、どこで二重入力が起きているのか、誰の判断待ちで止まっているのかを書き出します。例えば、見積書を作るために営業が過去案件を探し、経理が原価を確認し、現場が納期を個別に答えているなら、情報の置き場と承認の流れを先に整えるだけで時間が減ることがあります。
棚卸しでは、作業名、担当者、発生頻度、所要時間、判断が必要な場面を一枚にまとめます。毎日発生し、判断が少なく、入力や確認が多い仕事ほど、最初の候補になります。反対に、顧客との重要交渉や品質判断など、人の経験が価値を生む仕事は、いきなり自動化するより補助から始めるほうが安全です。
機械化とITツールを使い分ける
省力化には、機械化とIT(情報技術)ツールの両方があります。機械化は、製造、検品、搬送、梱包など、人の手作業を設備に置き換える場面で力を発揮します。
一方、ITツールは、会計、勤怠、請求、在庫、顧客管理など、情報の入力や共有に向いています。どちらが優れているかではなく、どの仕事のムダを減らしたいかで選びます。製造のボトルネックが検品なら画像検査のような機械化が候補になり、請求処理の遅れが課題なら会計や請求のITツールが候補になります。
白書では、省力化投資のうちITツール活用に取り組んだ事業者は全体で70.2%とされています。AI活用の30.3%と比べると、ITツールはすでに多くの企業で使われ始めています。
ここから分かるのは、AIに進む前に、請求書、勤怠、会計、在庫などの基本的なデータを整える余地が大きいということです。データが散らばったままだと、AIに質問しても古い情報や不完全な情報をもとに判断してしまいます。AI活用の前に、会社の情報が探しやすい状態になっているかを確認する必要があります。1
AI活用で先に試したい業務
営業、顧客対応、バックオフィスの3つ
白書では、省力化投資のうちAI活用に取り組んだ事業者は全体で30.3%です。業種別では情報通信業が高い一方、その他の業種ではおおむね2割から3割程度にとどまっています。つまり、AI活用は一部の先進企業だけの話ではなくなりつつあるものの、多くの中小企業にとってはまだ試行段階です。1
では、どこから始めるべきでしょうか。白書では、AI活用に取り組んでいる事業者の部門別状況として、営業、販売、顧客対応部門やバックオフィス部門(経理や総務などの事務部門)で活用している割合が高いことが示されています。
初めて取り組むなら、問い合わせへの回答案、商談メモの整理、請求書や社内文書の下書き、よくある質問の作成など、成果物を人が確認しやすい業務から始めるほうが安全です。逆に、法的判断、採否判断、最終見積の決定などは、AIに任せるのではなく、人の確認を前提にした補助として扱うべきです。
研修会と勉強会が生む差
AIは導入すればすぐ成果が出る道具ではありません。白書は、従業員のAI活用を促す研修会や勉強会に取り組んでいる事業者のほうが、想定した効果、または想定を超える効果が得られたと回答した割合が高いと示しています。道具そのものより、誰が、どの業務で、どのルールで使うかを共有することが重要です。1
一方で、AIを業務で活用していない理由として最も多いのは、活用する業務がイメージできていないという回答で、63.4%でした。これは予算やセキュリティ以前に、使いどころが見えていない会社が多いということです。AI導入の出発点は、流行のツールを選ぶことではなく、困っている業務を一つ選ぶことです。
同時に、AI活用では最低限のルールも必要です。顧客情報や未公表の取引条件を入力しない、外部向け文書は人が確認する、根拠が必要な数字は原典を見直す、といった決まりを先に置きます。便利な下書き機能を使うほど、最後に責任を持つ人を明確にしておくことが欠かせません。
デジタル化を稼ぐ力に変える設計
ITツール導入後の効果を確認する
デジタル化は、紙を減らすだけでは稼ぐ力に変わりません。導入後に、どの時間が減ったのか、どのミスが減ったのか、どの売上や粗利につながったのかを確認して初めて、経営判断に使える情報になります。例えばクラウド会計を入れたなら、月次の数字が早く見えるようになったか、資金繰りの判断が早くなったかを見る必要があります。
ここで大切なのは、効果を大きく見せようとしないことです。最初は、見積作成時間が何分減ったか、請求漏れが何件減ったか、在庫確認の電話が何回減ったかといった小さな数字で十分です。小さな数字を積み上げると、どの業務に次の投資をするべきかが見えてきます。省力化の成果は、現場の実感だけでなく数字で確認することが大切です。
また、デジタル化では部署ごとの部分最適にも注意が必要です。営業だけが顧客管理ツールを使い、経理だけが別の請求システムを使い、現場だけが紙で管理していると、情報の橋渡しに人手が戻ってしまいます。導入前に、どの情報を誰が入力し、どの部署が使うのかを決めておくと、二重入力を避けやすくなります。
浮いた時間を使ってサービス向上
省力化やAI活用で時間が浮いたら、その時間を何に使うかまで決めておく必要があります。単に残業が少し減っただけで終わると、稼ぐ力の強化にはつながりにくくなります。空いた時間を、顧客提案、品質改善、新商品づくり、価格改定の根拠資料づくりに回して初めて、分子である付加価値額にも戻っていきます。2
例えば、営業担当が顧客対応履歴をAIで整理できるようになれば、次回提案の準備に時間を使えます。経理が請求処理を自動化できれば、原価や粗利を早く把握し、価格転嫁の相談に使える資料を準備できます。省力化は後ろ向きなコスト削減ではなく、売上と利益を作る時間を取り戻す取り組みです。
中小企業がまず取り組むべきこと
小さく始める実務チェック
後編の実務で大切なのは、最初から全社的な改革を目指さないことです。人手不足の中で新しい道具を入れると、導入作業そのものが負担になる場合があります。まずは、一つの業務、一つの部署、一つの数字に絞って試します。
- 毎月繰り返す定型業務を一つ選ぶ
- 作業時間、待ち時間、手戻り回数を測る
- ITツールやAIで減らせる部分を決める
- 削減できた時間を、提案や原価管理に回す
この順番なら、導入目的が曖昧になりにくくなります。特にAI活用では、社内ルール、情報漏えい対策、出力結果の確認責任も先に決める必要があります。便利そうだから使うのではなく、どの業務のどの時間を減らすのかを明確にすることが、失敗を避ける近道です。
試した後は、月に一度だけ振り返ります。減った時間、増えた提案件数、早くなった請求処理などを見て、続ける、広げる、やめるを決めます。小さく始め、小さく測り、良かったものだけ広げる流れが、忙しい中小企業には合っています。
前後編を通じた結論
2026年版中小企業白書の第2部第2章を、前後編で読み解くと、結論は一つです。中小企業の稼ぐ力を強化するには、付加価値額を増やす取り組みと、労働投入量を最適化する取り組みを分けて考え、最後は一つの経営判断に戻す必要があります。
前編の成長投資や価格転嫁は分子を増やす取り組みであり、後編の省力化、AI活用、デジタル化は分母を整える取り組みです。
現場が忙しい会社ほど、まず売上を増やすか、人を増やすかの二択になりがちです。しかし白書の読み方を実務に置き換えると、第三の選択肢が見えてきます。
採算のよい仕事を増やし、採算を説明できる数字を持ち、ムダな作業を減らすことです。稼ぐ力の強化は、大きな改革名ではなく、付加価値を増やす仕事に人と時間を戻す判断から始まります。
出典・参考資料
執筆者:補助金フラッシュ 士業編集部
補助金・助成金の活用法からAI導入、業務の生産性向上まで、中小企業の経営に役立つ情報を士業の専門家チームがわかりやすく解説します。
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