クラウドERPで生産性向上したいのに、導入が重くなるのはなぜか?

会計、在庫、購買などを一つにまとめるERP(基幹業務システム)をクラウドで使えば、生産性が上がる。クラウド化で価格や導入のハードルが下がったはずなのに、導入が大型のシステム更改のように重くなる場面も少なくありません。そこで鍵になるのが、クラウドERPを選ぶ前に標準化を受け入れ、アップデート前提で運用を変えるという考え方です。本記事では、導入が重くなる理由を数字で確認したうえで、Fit to Standard(標準に合わせる導入)とClean Core(コアを汚さない設計)を、実務で使える形に噛み砕きます。読み終える頃には、社内で説明できる判断材料がそろいますので、ぜひ参考にしてください。

クラウドでも導入が重くなる理由はどこにある?

調査に出る数字、ERPは予定を外しやすい

ERPの導入が重いのは気合が足りないからではありません。たとえばPanorama Consulting Groupが公開している調査レポートでは、ERPプロジェクトの期間の中央値が15.5か月コストの中央値が45万ドルとされています。さらに予算やスケジュールが想定を超えた割合も、それぞれ約3割あります1。クラウドであっても、ERPは小さな買い物ではない。まずこの現実を押さえると、議論の前提がそろいます。

作業量の正体は、移行と変更対応にある

クラウドERPにすると、サーバー運用の手間は減りやすいです。ただし、プロジェクトの作業量が丸ごと消えるわけではありません。実際に重いのは、データ移行、部門や勘定科目などのマスタ整備、周辺システムとの連携、帳票や権限の設計、そして現場の手順変更です。名前がDXやAIに変わっても、足元に残るのはこの作業です。

たとえば会計だけでも、仕訳の入力ルール、締め日の決め方、支払サイト、原価配賦の考え方が会社ごとに違います。さらに在庫が絡むと、品目コードの粒度、ロット管理の有無、棚卸の頻度が追加されます。クラウドERPは便利な機能を持っていても、社内のルールが曖昧なままだと、設計やテストが終わりません。結果として、導入の後半で結局どの運用にするかを決め直すことになり、スケジュールが伸びます。導入開始前に、マスタ定義の責任者を決めておくと手戻りが減ります。

ここまでで、導入が重くなる理由が見えてきました。次は、重さを増やさないための基本姿勢として標準化を見ます。

標準化を受け入れられるかが、クラウドERPの分かれ道

Fit to Standardは、やらないことを決める作業

クラウドERPは、提供側が用意した標準プロセスに合わせて使う設計になっています。そこで導入手法として登場するのが\\Fit to Standard(標準に合わせる導入)\\です。SAPの学習コンテンツでは、公共クラウドでは標準プロセスを基本にし、必要最小限の変更にとどめる理由として、変更が将来の保守やアップグレードの複雑さを増やす点を挙げています2

標準をまず受け入れ、更新に合わせて運用を調整する姿勢を、ここではクラウドマインドセットと呼びます。実務では、全要件を満たすかどうかを詰めるより、まず標準プロセスで業務が運用できるかを確認します。その上で、月次締めや請求書処理などの止められない作業だけを、例外として追加する。要件を足し算しない合意が、後半の混乱を減らします。

要件を削るときの基準は、感覚では決めにくいです。次の3つに当てはまるかで判断すると、議論が進みます。

  • 法令や監査で必須か
  • 顧客や取引先との約束になっているか
  • 月次決算や原価管理で、経営判断に直結するか

小さな変更でも、将来の更新コストとして残る

標準化が難しい理由は、現場がわがままだからではありません。ERPは社内のルール集のようなものなので、細部の例外は必ず出ます。問題は、例外をコアの改造で吸収してしまうことです。SAPの同じ資料では、アプリにカスタム項目を一つ追加しただけでも、リリースごとに変更点を確認し、場合によっては再設定が必要になる例を示しています2。小さな変更が、更新のたびに小さな作業を呼び込みます。

もう一つの落とし穴は、変更を積み上げるほど、テストの範囲が広がることです。クラウドERPは定期的に更新されるため、導入後も年に数回は変更確認が発生します。導入段階で例外を増やし過ぎると、毎回の更新で確認作業が膨らみ、いつのまにか更新が止まります。例外を追加する場合は、理由、影響範囲、代替案の3点をセットで書くルールにしておくと、判断がぶれにくくなります。

標準化で要件を絞っても、コアを改造すると更新で詰まります。次は、更新を前提にした設計としてClean Coreを整理します。

継続的な生産性向上は、コアを汚さない設計から始まる

Clean Coreは、コアは標準のまま、拡張で差を出す考え方

Clean Core(クリーンコア)は、ERPのコア部分をできるだけ標準の状態に保ち、必要な独自要件は拡張として外側で実現する設計原則です。SAPは、過度なカスタマイズは保守しにくく、アップグレードが高コストでリスクの高い作業になりやすいと説明しています3。言い換えると、クリーンコアは改造の借金を増やさないための考え方です。

中小企業でも、独自の帳票や承認フロー、外部サービス連携など、やりたいことは出てきます。そのときにコアに手を入れないで実現できるかを先に検討すると、後から身動きが取りやすくなります。たとえば、コアの画面を作り替えるのではなく、外部のワークフローや電子契約サービスを連携させる。帳票も、基幹の中で作り込むより、帳票基盤やBIで整形する方が、更新の影響を受けにくい場合があります。

アップデート前提にすると、改善が積み上がる

クラウドERPの強みは、導入後も機能が更新され続ける点です。ベンダー側も、短い停止でのアップグレードや自動更新によって、最新機能を取り込みやすくする方向を打ち出しています4。更新が当たり前になると、導入のゴールは入れ替えて終わりではなく、更新しながら改善するに変わります。

その改善を継続できるかどうかは、クリーンコアが守れているかで差がつきます。コアの改造が少なければ、更新のたびに大規模なテストや作り直しが起きにくいからです。さらに、社内の運用も変わります。半年から一年に一度の大型更改ではなく、四半期ごとに小さく確認し、必要なら手順書を直す。こうした習慣が根付くと、改善が積み上がり、生産性向上が遅れて出るのではなく、少しずつ出やすくなります。

ここまでが、従来型の大型刷新を避ける土台です。ではAI時代の新しいERP勢は何を変えようとしているのでしょうか。

新しいERP勢の派手な主張から、現実に使えるヒントを抜く

DualEntryの24時間移行は、移行が最大の壁だと示している

AIネイティブなERPを掲げる米国スタートアップDualEntryは、シリーズAで9,000万ドルを調達したと報じられました。Reutersによると、同社は旧システムから新システムへの移行を24時間で終えることを目標にし、過去の財務データを24時間以内に移す仕組みをNextDay Migrationと呼んでいます5。対象も、会計ソフトからERPへ進みたい中堅クラスの企業です5。ERPはトラブル時の責任や保守まで含めて判断されるため、実績のあるベンダーが選ばれやすい点も忘れない方がよいです。

注目点は、AIの派手さではありません。ERP導入で最大の壁になりやすいのが、データ移行と導入コンサルの工数だという前提を、正面から突いている点です。言い換えると、24時間という主張は、そこが最も負担になりやすいことの裏返しです。自社で検討するときも、機能一覧より先に、移行の条件と制約を確認した方が判断が速くなります。

Palantirの事例が示すのは、置き換え以外の道

もう一つの例が、データ分析やAI基盤で知られるPalantir Technologiesです。Associated Materialsの幹部が、複数工場への展開で短期間に多くの業務ユースケースを実装したと語り、従来のERP導入と比べたスピード感を強調しています6

ただし、この種の発言がそのままERPを丸ごと置き換えられるという意味になるとは限りません。同じ投稿のコメント欄でも、会計や受発注などのモジュールをどう扱うのか、既存ERPの上に乗せるのか、といった問いが出ています6。現実的なヒントは、全部を置き換える前に、成果が出る範囲から手を付けるという発想です。いきなり全社の基幹を触るより、データ整備と可視化、自動化から着手した方がリスクが下がります。この順番を誤ると、基幹の置き換えに入る前に疲れてしまいます。

派手な言葉の裏側には、移行と運用の現実があります。最後に、自社の意思決定に落とすための確認点を3つに絞ります。

導入前に、3つだけ決めておくと失敗が減る

置き換え範囲、標準化、運用体制を先に決める

クラウドERPで生産性を上げるには、製品比較より前に導入ルールを決める方が近道です。最低限、次の3つだけは文章にしておくと、ベンダー選定と社内調整が楽になります。あわせて、セキュリティや障害対応の責任分界も、早い段階で確認しておくと安心です。

  • 置き換え範囲:会計、購買、在庫など、今回どこまでを対象にするか。周辺システムとの連携はどこまで残すか。
  • 標準化のルール:標準プロセスで受け入れる範囲と、例外として追加する要件の境界。必要条件と希望条件を分ける権限も決める。
  • 運用体制:更新情報を誰が読み、テストや教育を誰が回すか。導入後も改善を続ける担当者を置く。

たとえば運用体制は、兼務でも構いません。ただし誰も担当しない状態が最も危険です。更新の確認が遅れると、次の更新が来て追い付けなくなり、クラウドの利点が薄れます。担当者が決まっていれば、更新のたびに確認する対象も絞れます。

例外があるなら、独自性は拡張に逃がす

業種や法令対応の都合で、標準プロセスでは吸収しにくい要件が残る場合もあります。その場合は、独自性を残す場所をコアではなく拡張に置けないかを検討します。クリーンコアの考え方は、コアを標準に近づけつつ、拡張で柔軟性を担保することを勧めています3。また、標準からの変更は将来のアップグレード作業を増やし得る点も押さえておく必要があります2

クラウドERPは、導入の瞬間よりも導入後の更新と改善で差が出ます。標準化とクリーンコアを前提にしておけば、AIや自動化の話題に振り回されず、地に足の着いた生産性向上に近づけます。まずは社内の打ち合わせで、置き換え範囲、標準化のルール、運用体制の3点を議題にしてください。

  1. ERP導入プロジェクトの期間中央値15.5か月、コスト中央値45万ドル、予算やスケジュールが想定を超えた割合などを示す調査レポート。Panorama Consulting Group The 2024 ERP Report、2024年

  2. 公共クラウドERPの導入で標準プロセスを基本にし、変更が将来のリリースアップグレードを複雑にすること、カスタム項目追加でも各リリースで確認が必要になる例を説明。SAP Learning Conducting Fit-to-Standard Workshops

  3. クリーンコアの定義、過度なカスタマイズが技術的負債となりアップグレードを難しくする点、標準に近いコアと拡張で実現する考え方を説明。SAP What is a clean core?

  4. クラウドERPでの自動更新や短い停止でのアップグレード、AI活用に向けたデータ基盤の重要性に言及。SAP News Center(Uma Rani T M)From Innovation to Impact: Latest Release of SAP Cloud ERP Private、2025年10月13日

  5. DualEntryのシリーズA調達額9,000万ドル、評価額、対象市場、NextDay Migrationで過去財務データを24時間以内に移す主張などを報道。Reuters(Krystal Hu)、2025年10月2日

  6. Associated Materialsの幹部発言として、Palantir導入で工場展開が短期間だったという主張と、その真偽や範囲を問うコメントが併記されている。LinkedIn投稿(Chad Wahlquist)、2024年

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