労災は注意不足だけで片付かない、トヨタの3Mで生産性向上と安全を同時に進める
現場で労災が起きると、どうしても最初に出る言葉は気をつけようです。けれど、その一言だけで終わると、似た事故は形を変えて戻ってきます。ポイントは、個人の不注意を探すより先に、作業の中に潜むムリ、ムダ、ムラを見える形にすることです。
この記事では、トヨタの3Mを手がかりに、再発防止と生産性向上を同時に進める考え方と手順をまとめます。ぜひ参考にしてください。
なぜ労災を注意不足で片付けると再発するのか?
労災を注意不足と整理すると、対策は注意喚起や指導に寄りがちです。もちろん教育は必要ですが、教育だけでは作業そのものが変わりません。厚生労働省の労働局サイトでも、危険の洗い出し(リスクアセスメント)は危険や有害性を洗い出し、優先度をつけて対策し、記録する手順だと説明されています。1
再発防止会議で、次から気をつけますで終わる場面を見たことがあるかもしれません。ところが、通路に一時置きが増える、段取りが追い付かない、仕様が日替わりで変わるといった条件が残ると、約束は長続きしません。注意は対策の最後の砦で、最初の対策にすると弱いです。作業条件を先に変えるほうが、結果として人の注意も保ちやすくなります。
原因は人ではなく作業条件に残りやすい
注意不足だけでは再発防止の手がかりが残りません。 人は体調や経験に波があり、同じ注意力で毎日働くのは現実的ではありません。逆に、作業条件は設計し直せます。床の段差、照度、通路幅、段取りの順番、部材の置き場、作業速度の指示など、仕事の設計が変われば、同じ人でも起こしにくい状態を作れます。1
ここで言う作業条件には、人の動きだけでなく情報も含みます。図面の更新が伝わりにくい、検査基準が曖昧、確認のタイミングが後工程に偏っているなどは、ミスが起きる前提を作ります。人の集中力に賭けるのではなく、ミスが起きても被害が広がらない流れを作る。こうした流れのほうが再発防止として合理的です。
統計で見ると、転倒が最多で休業が長引きやすい
意外に思われるかもしれませんが、厚生労働省が公表した令和6年の休業4日以上の労働災害では、事故の型で転倒が36,378人と最も多く、平均休業見込日数も47.5日と長めです。2 転倒は注意だけで防げる事故ではありません。通路の物、床の滑り、足元が見えにくい照明、焦りを生む納期など、複数の要因が重なって起きます。ここから先は、複数要因をまとめて捉える言葉として3Mを使います。
トヨタの3Mは、何を見つけるための枠組みか?
3Mはムリ、ムダ、ムラの3つで現場を眺め直す枠組みです。安全の専門用語よりも短く、作業者と管理側が同じ言葉で話しやすいのが強みです。事故の芽と改善の余地を同じ視点で拾えるため、労災と生産性の話を分断しにくくなります。3Mは、バラバラの問題を一枚の地図にまとめる役割も持っています。
例えばムラが大きいと、忙しい時だけ人が走り、ムリが増えます。ムリを埋めるために人が段取りを飛ばすと、探す、待つ、手直しするといったムダが増えます。3つは連鎖しやすいので、どれが起点かを探すと改善が早くなります。
ムリ、ムダ、ムラを短い定義で揃える
リーン改善の教育団体であるLean Enterprise Instituteは、ムダを価値を生まない作業、ムラをばらつき、ムリを過負荷と整理しています。3 現場向けに言い換えるなら、ムリは無理な姿勢や重さ、速さ、ムラは日によって仕事量や手順が揺れる状態、ムダは探す、運ぶ、待つなど成果を生まない動きです。定義をそろえると、責める相手が人から作業へ移ります。誰が悪いかではなく、どこが危ないかを議論しやすくなります。
言葉をそろえる効果は、改善の会議で特に大きく出ます。ムダを減らしたい人と、安全を守りたい人が別の言語で話すと、同じ作業を見ても結論が噛み合いません。3Mで表現すると、改善と安全の両方が同じ対象を見られます。結果として、議論の時間が短くなり、現場で試す回数が増えます。
3Mは改善とリスク管理をつなげる
トヨタはトヨタ生産方式を、良い品質で安くタイムリーに届けるためにムダをなくし、働く人を働きやすく楽にすることを前提にする生産方式だと説明しています。4 さらに、機械を作る前に手作業で改善し、ムダを省き、ムリやムラのない状態にして誰でもできるようにするという考え方も示されています。4 ここに安全のヒントがあります。誰でもできる作業は、無理な動きや例外処理が減り、事故が起きにくいからです。次は、3Mをどの順番でつぶすと現場が安定するかを見ます。
ムリを先に減らすと、なぜ生産性向上と安全が両立しやすいのか?
3Mは3つセットですが、同時に全部やろうとすると、うまく進みにくいです。特にムリが残ったままムダ取りだけを進めると、作業者が埋め合わせをしてしまい、事故リスクが上がることがあります。生産性向上を急ぐほど、安全手順が短縮されるような現象が起きるからです。ムリがある職場では、ムダが見えた瞬間に削りたくなりますが、先にムリを減らすほうが結果として早いです。
ムリが残ると、作業のばらつきが増えます。ばらつきは品質不良や手直しを生み、手直しは本来の工程を止めます。止まった分を取り戻そうとして、さらにムリが増えます。こうした連鎖を断ち切る入り口がムリです。
疲労と焦りはミスの前提になる
長時間労働や夜勤だけが疲労ではありません。早歩きが常態化している、工具や部材が遠い、持ち上げが多いなども疲労を増やします。英国の労働安全衛生当局HSE(Health and Safety Executive)も、疲労は注意力を下げ、反応を遅らせ、事故や生産性に影響し得るリスクとして扱っています。5 疲労の兆しは、確認ミスより先に、声かけが減る、判断が遅れるといった形で現れることがあります。危険対策は注意や根性より、危険源をなくす対策が上位に置かれるのが基本です。米国の労働安全の研究機関NIOSH(National Institute for Occupational Safety and Health)の階層モデルでも、除去や代替が最も有効とされています。6
順番はムリ、次にムラ、最後にムダ
トヨタの研究記事では、ムリをなくすことが最も重要で、その次にムラ、さらにムダという順番が示されています。7 直感に反するかもしれませんが、理由はシンプルです。ムリを減らすと作業手順がそろいやすくなり、ムラが見えやすくなります。ムラが落ち着くと、今度はムダがはっきり見えてきます。
例えば、月末だけ受注が集中する職場では、残業と応援で乗り切ることが習慣になることがあります。これはムラとムリがセットで出ている状態です。応援が入ると説明に時間がかかり、置き場も一時的に変わり、探すムダが増えます。順番を意識すると、月末の負荷をならす段取りから手を付ける発想が出てきます。
中小製造業で続けられる、3Mの点検と改善のやり方
3Mを現場に落とすコツは、改善テーマを増やさないことです。最初から設備更新や大規模レイアウト変更に進むと止まりやすくなります。ムリ、ムダ、ムラのどれか1つに狙いを定め、1週間で変化が見える範囲から始めるのが現実的です。まずは1日15分、現場を歩いてメモを取るだけでも十分スタートになります。
現場観察で拾うべきサイン
観察はチェックリストを埋める作業ではありません。作業者の動きと迷いに注目します。特にムリは頑張りで隠れてしまうため、本人が言語化しにくいのが難点です。次のようなサインが出たら、作業条件の見直しを疑ってください。
- 身体をひねる、背伸びをする、片手で持ち替えるなど、苦しい動きが毎回出る
- 同じ工程でも、前後工程の都合で待ちや急ぎが頻発する
- 部材や工具を探す、取りに行く、戻るといった歩行が想像以上に多い
- 指示や仕様が日替わりで、手順の例外が積み重なっている
- ひやりとした瞬間があるのに、記録や共有がされずに流れている
サインが出たら、作業を短時間だけ動画で撮る、作業者にその場でどこが一番苦しいかを聞くなど、事実を残す工夫が役立ちます。最初から原因を断定すると反発が出やすいので、まずは現象をそろえるところから始めます。現象がそろうと、対策の優先順位も決めやすくなります。
小さく試して標準にする
改善は立派な資料より、現場で試した回数で決まります。リスクアセスメントの手順でも、危険性の特定から対策、記録までを進める流れが示されています。1 3Mの改善を小さく進めるなら、次の4ステップが扱いやすいです。
- 変える対象を1つに絞り、何を減らしたいかを短い言葉で書く
- 動きを減らす、置き場を変える、順番を変えるなど、手戻りしにくい変更から試す
- 変化を時間、歩数、持ち上げ回数、ひやりの回数などで見える化する
- うまくいったら決まった手順(標準手順)に落とし、うまくいかなければ元に戻して理由を残す
測り方は難しく考えません。ストップウォッチで工程時間を測る、通路を歩いた回数を正の字で数えるなど、手でできる範囲で十分です。改善後に数字が戻る場合は、ムリやムラが別の場所に移った可能性があります。数字を見ながら、変更の範囲を少しずつ調整します。
もう一つ大事なのは、ムダ取りの目的をコスト削減だけにしないことです。企業向けサービスでも製造業でも、ムダを減らす本質は、顧客が求める価値に人と時間を戻すことです。現場の余白が増えると、段取りや点検の時間が確保でき、安全の取り組みも続けやすくなります。
3Mをやっても止まるときに見直すこと
3Mは便利ですが万能ではありません。止まるときは、危険の大きさが高い作業に対して、注意や段取りだけで乗り切ろうとしている場合が多いです。ここでは、危険が大きい作業の扱いを先に押さえます。
設備対策や法令対応が先になるケース
挟まれや巻き込まれのように重大事故を起こしやすい作業は、作業者の工夫に頼らない仕組みが必要です。危険対策の優先順位は、危険源をなくす、隔離する、最後に教育や保護具といった順に考えるのが基本です。6 製造業の事業者にはリスクアセスメントを行い、必要な措置を講ずる努力義務があるとも説明されています。1 危険を減らす仕組みを先に作るほうが、現場は安定します。
なお、改善を進める余力がないときは、心のムリが溜まっている可能性があります。朝日新聞出版の書籍では、ムリ、ムダ、ムラを心のエネルギーの使い方として説明し、感情のムダ遣いが疲労を増やすと述べています。8 心のムリは見えにくいぶん、決まった手順の崩れとして出やすいです。短い面談で困りごとを拾う、休み方を決めて守るなども、3Mの延長線に置くと取り組みやすくなります。
最後に、今日持ち帰るべきポイントは3つです。労災を注意不足で終わらせず、作業条件をリスクとして洗い出すことです。3Mは共通言語になり、特にムリから手をつけると安全と生産性を同じ方向に動かせます。小さな改善を試し、標準に落とすところまでをセットにして、次の週に残る形にしてください。
