生産性向上の指標はどう決める?付加価値で迷わない生産性の測り方
生産性を上げようと言った途端に、現場は作業量の話になり、経営は売上の話になって噛み合わない。こうしたすれ違いは努力不足よりも、指標の置き方の問題で起きがちで、分子と分母を取り違えると同じ言葉でも別の議論になります。この記事では、付加価値を軸に指標を決め、改善の会話を前に進める考え方を整理します。
生産性を語る前に、分子と分母はそろっていますか?
アウトプットは売上より、付加価値を意識する
生産性の分子を売上に置くと、安売りで数字を作る、仕入れを増やして売上だけ膨らむ、といった行動が起きやすくなります。そこで使いやすいのが 付加価値(value added) です。簡単に言うと、売上から外部に支払う費用(原材料費や外注費など)を引いた、社内に残る原資です。
たとえば同じ1億円を売っていても、原材料や外注に9,000万円払っていれば残るのは1,000万円です。一方で6,000万円の売上でも、外部支払いが2,000万円なら4,000万円が社内に残ります。生産性向上を、賃上げや投資、利益の原資に結びつけたいなら、分子は付加価値を基本にした方が筋が通ります。中小企業庁の白書でも、労働生産性を付加価値額で捉え、資本装備や資本生産性との関係で説明しています。1
分母を人口にすると、別の指標になる
同じように混乱を生みやすいのが分母です。労働生産性は、国の統計ではGDPを就業者数や労働時間で割って測ります。OECDも、代表的な労働生産性指標としてGDPを労働時間で割った値を提示しています。2 一方、GDPを人口で割るとGDP per capita(1人当たりGDP)で、労働投入(働いた人数や時間)ではなく人口構成の影響も強く受けます。世界銀行もGDP per capitaを、付加価値の合計などを人口で割ったものとして定義しています。3
会社の現場でも同じです。従業員1人当たり、労働時間1時間当たり、投下資本1円当たりでは、同じ生産性でも意味が変わります。
残業が増えた月は、1人当たりでは上がって見えても、1時間当たりでは下がることがあります。外注や派遣が多い業務なら、従業員数だけで割ると実態を見誤りやすくなります。まずは、何を改善したいのかに合わせて分母を選ぶことが、すれ違いを止める第一歩になります。次に、同じ業界でも数字がどれくらい違うのかを見てみます。
同じ業界でも、生産性はどれくらい違うのか?
米国の公的データでは、半導体でも90パーセンタイルと10パーセンタイルが約31倍
生産性の議論が感情的になりやすい背景には、誰かが怠けているという物語が混ざりやすい点があります。しかし、そもそも生産性は同じ業界の中でも大きくばらつきます。
米国の国勢調査局が公表する実験的データプロダクトDiSP(Dispersion Statistics on Productivity)は、製造業の4桁産業(北米産業分類NAICS、産業を数字で区分する分類)ごとに、事業所間の生産性分布を示しています。DiSPの全要素生産性(TFP)は、労働だけでなく資本など複数の投入をまとめて見た指標です。4 このDiSPで、2021年の半導体など電子部品製造(NAICS 3344)は、TFPの90パーセンタイルと10パーセンタイルの開きが、概算で約31倍に相当します。56
ここで大事なのは、最新設備があるかどうかだけでは説明しきれない差が、現実に観測されていることです。AIがあるタスクで人間より速くても、人間がすぐ消えるとは限りません。生産性の差は、需要、規模、立地、制度などと絡み合い、淘汰の速度を単純には決めないからです。
差が残るのは、怠けではなく条件が違うから
なぜ差が残るのか。研究の蓄積では、同じ産業の中でも生産性の差は大きく、しかも持続しやすいことが繰り返し示されています。たとえば経済学者Chad Syversonは、産業内でも生産性差が大きいこと、差が一時的ではないことをサーベイし、差の要因が生産プロセスだけでなく外部環境にも及ぶと述べています。7
実務に落とすと、差の理由はだいたい次のように整理できます。扱う製品のミックスが違う、顧客層が違う、立地で物流や採用の難易度が違う、規模による固定費負担が違う、設備の稼働率や品質不良の発生率が違う。つまり、生産性の数字だけを見て努力を断定すると、改善の議論が止まりやすくなります。次に見るべきは、付加価値を軸に指標に落とすと、どの改善が見えやすくなるかです。
付加価値で見ると、生産性向上の打ち手が具体化しますか?
付加価値は、賃上げと投資の原資として捉える
付加価値は、経営の意思決定に結びつけやすい言葉です。社内に残った原資は、人件費、減価償却、税金、賃借料、利益などに配分されます。中小企業白書では、企業の付加価値額を、営業利益に人件費や賃借料、租税公課、減価償却費などを加えた形で定義しています。8 定義は分析目的で変わるものの、実務ではこのような近似でも、改善の方向をつかむ助けになります。
社内で計算するときは、まず期中の試算表から営業利益、人件費、減価償却費、賃借料、租税公課などを拾い、同じルールで毎月更新します。外注費をどちらに入れるかで数値が変わるため、外注費を中間投入として扱うなら付加価値から引く、といった扱いを先に決めておくと迷いにくくなります。完璧な統計ではなく、意思決定のための温度計として使うのがコツです。
ここで意識したいのは、付加価値はコスト削減だけの指標ではないという点です。付加価値は、価格、原価、外注の形、作り直し、設備稼働など、複数の要素の結果です。売上と原価の間で、何が付加価値を押し下げているのかを見つけられれば、生産性向上の打ち手は具体化します。
労働と資本で割ると、改善の種類が分かれる
付加価値を分子に置いたうえで、分母を何にするかで改善策の種類が変わります。中小企業庁は、労働生産性が資本装備率(労働者1人当たりの資本)と資本生産性(資本当たりの付加価値)の積で表せることを示しています。1 つまり、労働生産性が伸びないとき、原因は大きく2種類あります。
1つは、資本装備が不足していて、人が頑張るしかない状態です。もう1つは、資本はあるのに回せていない状態で、工程設計や販売の問題、段取り、品質不良、在庫などが原因になりがちです。ここまで分解できると、設備投資と人員配置の議論が、思いつきではなく仮説に基づいて進みます。
開発生産性で揉めるのは、どのレベルを見ているかが違うからですか?
作業量の指標だけで評価すると、品質と学習が落ちやすい
ソフトウェア開発では、生産性をコード行数、チケット消化数、プルリクエスト数で測ろうとして失敗しがちです。これらは作業量を見やすい反面、価値や品質を直接は表しません。作業量の指標に報酬や評価を結びつけると、分割が不自然になる、レビューを避ける、長期的な改善を後回しにする、といった副作用が起きます。
開発者の生産性は多面的で、単一の数値では捉えにくいという指摘もあります。たとえばACM Queueの解説では、開発者の生産性を満足度、性能、活動、コミュニケーションと協働、効率と流れの複数軸で考えるSPACEフレームワークを紹介しています。9 ここまで視点を広げると、作業量だけで語ることの危うさが見えます。
レベルをそろえると、現場と経営の対立が減る
開発生産性の会話がこじれる典型は、同じ生産性という言葉で、別のものを見ている状態です。整理すると、少なくとも3つのレベルがあります。レベル1は作業効率で、処理した仕事量や待ち時間が対象です。レベル2は期待付加価値で、価値が出そうなテーマをどれだけ選べたかが対象です。レベル3は実現付加価値で、売上や主要KPIに実際どれだけ影響したかが対象になります。
経営が見たいのはレベル3で、現場が改善しやすいのはレベル1です。この間をつなぐのがレベル2で、何を作るかの優先順位や仮説の質が含まれます。自動車工場で、生産ラインが順調でも売れなければ販売や商品企画を見直すように、ソフトウェアでも売上が伸びない原因が開発速度とは限りません。従って、現場指標と経営指標を混ぜずに持ち、レベル1の改善がレベル3にどう影響するかを仮説として共有するのが現実的です。
たとえばDORAが整理した指標は、デプロイ頻度、変更のリードタイム、変更失敗率、復旧時間といった、開発の流れと信頼性を捉えるものです。10 これらは現場の改善に役立つ一方で、売上の増減を直接説明する指標ではありません。付加価値や事業KPIとセットで使うことで、指標が責任追及の材料になりにくくなります。
明日から始めるなら、指標はどう決めればいいですか?
目的を一文にして、指標の取り違えを止める
指標設計で一番よくある失敗は、指標が目的の代わりになってしまうことです。最初に、何の意思決定を助けたいのかを一文で書きます。たとえば、人員を増やすべきか、設備投資をすべきか、単価を変えるべきか。次に、その意思決定に直結する分子と分母を選びます。数字が動いたら、原因を一つずつ説明できる形にしておくと、会議が速くなります。
迷ったら、次のチェックで取り違えを減らせます。初めて指標を作る場面でも、会話がぶれにくくなります。
- 指標の分子は、売上ではなく付加価値を基本にしているか
- 分母は、就業者数、労働時間、投下資本のどれなのかを言葉で説明できるか
- 改善の効果が表れるまでの期間を、月次、四半期などで決めているか
- 数字が上がっても困る事態を防ぐ補助指標を、1つだけ決めているか
この4つがそろうと、生産性向上の指標が、現場の努力を責める道具になりにくくなります。
付加価値を上げても、短期の数字だけを追っていないか確認する
反論としてよくあるのは、付加価値を分子に置くと、単にコストを削るだけで数字が上がるのではないか、という点です。これは一理あります。人件費を削って付加価値が増えたように見えても、品質低下や採用難で、数年後に効率が落ちることがあります。
そこで、評価の時間軸をそろえることが大切です。短期の付加価値だけで判断せず、四半期から半年程度の推移を見て、品質や顧客指標の変化も合わせて確認します。覚えておきたいのは、(1)分子は付加価値を基本にする、(2)分母は目的に合わせて選ぶ、(3)現場指標と経営指標を混ぜずに運用する、の3つです。ここまでそろうと、生産性の議論は責任追及から改善の会話へ移りやすくなります。
労働生産性を付加価値額÷労働力とし、資本装備率と資本生産性の関係で説明。中小企業庁 中小企業白書 平成28年版 第2部 第2章 第1節(参照日2026年2月2日) ↩
労働生産性指標としてGDP per hour worked(労働時間当たりGDP)を定義。OECD Data Indicator GDP per hour worked(参照日2026年2月2日) ↩
GDP per capitaの定義を、総付加価値などを人口で割ったものと説明。World Bank DataBank Metadata Glossary(World Development Indicators、参照日2026年2月2日) ↩
事業所間の生産性分散を示す実験的データプロダクトDiSPの概要。U.S. Census Bureau、2025年9月30日 ↩
DiSPの製造業向けデータ(全要素生産性、4桁NAICS、1987〜2021年)。NAICS 3344の2021年d9010\=3.431(対数差)は約31倍に相当。U.S. Census Bureau DiSP data total\_factor\_productivity.csv(参照日2026年2月2日) ↩
DiSP製造業データの列定義(d9010などは対数差として提供)と注意点を説明。U.S. Census Bureau DiSP Manufacturing README、2024年9月 ↩
産業内でも生産性差が大きく持続的であること、要因が内部と外部に及ぶことを概説。Chad Syverson, NBER Working Paper 15712, January 2010 ↩
中小企業白書で用いる付加価値額の定義(営業利益+人件費等+賃借料+租税公課+減価償却費)。中小企業庁 中小企業白書 平成30年版(2018年) ↩
DORAのFour Keysを、デプロイ頻度、変更のリードタイム、変更失敗率、復旧時間として解説。DORA, last updated 2026年1月5日 ↩
