介護の生産性向上はICTだけで決まらない、記録業務を減らす取り組み事例と進め方
人手不足のなかで、介護の現場はケアの時間を守りながら回し続ける必要があります。そこで鍵になるのが、記録と連絡の手間を減らして、浮いた時間を直接ケアに戻すという発想です。ICT(情報通信技術)は有力な道具ですが、入れるだけで負担が消えるわけではありません。
この記事では、介護事業所が生産性向上に取り組むときの順番と、国内外の事例、加算を意識する際の注意点をまとめます。読み終える頃には、現場で最初に手を付ける改善点が一つ見つかるはずです。
介護の生産性向上は何を増やす話なのか?
人を減らす話ではなく、ケアの時間を取り戻す話
介護の生産性向上という言葉は、誤解されがちです。厚生労働省の整理では、介護の仕事を直接的なケアと間接的業務に分け、質を守りながら間接業務のムダを減らすことが軸に置かれています。つまり目的は、現場の人員を削ることではなく、職員が介護業務に集中しやすい環境を作ることです。12
この考え方は、取り組みの評価の仕方も変えます。例えば、記録時間が短くなったのに利用者の状態確認が薄くなったなら、現場は安心できません。逆に、記録を整えて引き継ぎが明確になり、利用者と接する時間が増えるなら、現場の納得感は上がります。生産性向上は、時間を削るより、時間の使い方を作り直す作業です。2
まずは直接ケアと間接業務を分けて見える化する
最初の一歩は、現場の仕事を大きく二つに分けて棚卸しすることです。直接ケアは食事、排泄、入浴、見守りなど利用者に接する時間です。間接業務は記録、申し送り、電話対応、請求関連、紙の整理、会議の準備などです。1
ここで重要なのは、間接業務をゼロにしようとしないことです。必要な記録は安全と質の土台だからです。狙うのは、同じ情報を何度も書く、別の書式に転記する、探し物に時間が溶けるといった 減らせる間接業務 です。見える化をすると、ICTで減らせる場所と、ルール変更で減らせる場所が分かれてきます。改善はPDCA(計画、実行、確認、改善)で回す前提で組み立てると、現場が迷いにくくなります。13
記録業務の電子化はどこから始める?
最初に狙うのは二重入力と転記の削減
介護記録の電子化は、現場の負担を減らす代表的な取り組みです。ただし、紙の帳票をそのまま画面に置き換えるだけでは、入力が増えて逆効果になりやすいです。最初に狙うべきは、二重入力と転記の削減です。
例えば、手書きの記録を後でまとめてパソコンに入力する運用は、時間が二重にかかります。申し送りノートとケア記録、事故報告、家族連絡で同じ内容を書いている場面もよくあります。まずは、どの記録が誰の意思決定に使われるのかを整理し、必要な項目だけに絞ります。その上で、入力を一度で済ませ、必要な相手に共有できる形に寄せていくのが基本です。13
記録様式の見直しは、小さく始められます。例えば、普段通りならチェック、変化があれば短い自由記述、といった形にすると、入力は速くなり、変化の発見も残しやすくなります。認知症グループホーム(認知症の方が少人数で共同生活する施設)のように、日々の小さな変化が重要な現場ほど、長文を増やすより、例外が目立つ設計の方が運用しやすいことがあります。3
もう一つのポイントは、情報共有の通り道を増やしすぎないことです。電子記録に加えて紙のノート、口頭の申し送り、個別の連絡が並ぶと、確認先が増えてしまいます。電子記録を中心に据え、申し送りは記録から拾う、緊急だけは口頭で補う、といった線を引くと、探す時間が減ります。特に個人情報を扱うため、端末の画面ロックや持ち出しルールも合わせて決めておくと安心です。1
行政手続きの負担も、無視できません。ケアプラン(介護サービス計画)に関わるデータ連携の仕組みなど、書類作成ややり取りを効率化する動きも進んでいます。現場の記録が外部提出の情報にそのまま反映されるほど、転記は減ります。4
センサーやモバイル入力は動線に合わせて選ぶ
記録の効率化には、モバイル端末でその場で入力できる仕組みや、見守りセンサーの活用も選択肢になります。ここで大事なのは、機能の多さよりも、現場の動線に合うことです。夜間の巡回、居室の配置、スタッフの配置、利用者の状態によって、最適な形は変わります。
制度面でも、テクノロジー活用は後押しされています。2024年度の介護報酬改定の資料では、生産性向上推進体制加算について、見守り機器、職員間の連絡調整に資するICT機器、介護記録作成の効率化に資するICT機器などの導入と、継続的な業務改善、データ提出が求められる形で整理されています。導入範囲や要件は加算区分やサービス種別で異なるため、算定前に通知等で確認が必要です。5
ICT導入が定着する事業所は何を先に決めている?
ツール選定より、ルールを先に小さく決める
ICT導入でつまずく理由の多くは、ツールの性能ではなく運用の曖昧さです。導入前に、最低限のルールを小さく決めておくと、現場の混乱が減ります。
- 何のために記録するかを一文で決め、必須項目を最小限にする
- 入力のタイミングと場所を決め、まとめ書きを減らす
- 記録を誰が読むかを決め、申し送りと連動させる
ここまで決まると、必要な機能の輪郭が見えます。例えば、入力はスマホで、閲覧はパソコンで、といった役割分担が自然に決まることもあります。選定基準が先に立つと、導入後の設定変更も判断しやすくなります。
改善活動の進め方は、厚生労働省のポータルでも、準備、課題の見える化、実行計画、実施、振り返り、計画の練り直しといった手順で整理されています。準備の段階で、プロジェクトチームとリーダーを決め、経営側が事業所全体に開始を宣言することも示されています。最初から完璧を狙わず、試して直す前提で進めるのが現実的です。3
導入が逆に負担になるパターンと避け方
反対意見として多いのが、電子化が逆に負担になるという経験です。実際、次のような状況では負担が増えます。
一つ目は、紙と電子が併存して二重運用になることです。監査や家族説明が不安で紙を残す場合でも、どこまでを電子の正にするかを決めないと、現場は迷います。二つ目は、現場の言葉と画面の項目が合わず、入力が増えることです。三つ目は、教育が後回しになり、使える人と使えない人の差が固定されることです。
避け方はシンプルです。まず小さく導入し、現場の声で項目を削り、全員が同じやり方で入力できる状態を作ります。特に夜勤帯は、操作に迷うだけでリスクが上がります。定着の鍵は、機能追加ではなく、迷いを減らす設定です。23
取り組み事例から学ぶ、連携とコンプライアンスの効果
薬局と施設のやり取りをデジタルにする例
海外の事例を見ると、効率化の焦点が分かりやすくなります。制度は日本と異なりますが、紙の連絡が時間を奪う構造は似ています。例えば、介護施設と薬局のやり取りでは、紙の注文や在庫確認が待ち時間の原因になりやすいです。eMAR Plusは、eMAR(電子投薬記録、electronic Medication Administration Record)に関連する仕組みとして紹介されており、同社の投稿では、紙の書類や手書きの月次注文から、デジタル注文や在庫の可視化に移行し、介護施設との連携が滑らかになったと述べています。6
この種の改善は、単に入力が楽になるだけではありません。注文の確認待ち、電話の折り返し、誰がどこまで進めたかの探し回りといった、見えにくい時間を減らします。連携の摩擦が減ると、ケアの段取りが崩れにくくなります。
記録と規程をデジタル化すると監査対応が変わる
Bendigo Nursing Homeの事例では、デジタル記録の導入に加え、QCS(Quality Compliance Systems、介護分野のコンプライアンス支援)での順守体制の強化や、GP Connectとの連携が取り上げられています。記録とルールが同じ場所にまとまり、必要な情報をすぐ確認できるほど、現場は説明責任を果たしやすくなります。7
同じ方向性は、施設内の規程や手順書にも当てはまります。Knowledge.Careのブログでは、紙のポリシー運用は更新や周知が難しく、監査時に根拠を示しにくいことが課題になりやすいと指摘し、デジタル化で検索性や管理が改善すると説明しています。紙のファイルは最新版がどれか分からなくなりやすい点も、現場では見落としがちな負担です。8
なおGP Connectは、英国の医療情報連携サービスで、許可されたシステムを通じて診療情報へアクセスする仕組みとして提供されています。9
加算を狙うなら、業務改善の順番を間違えない
生産性向上推進体制加算は成果報告まで求める
加算は資金面の後押しになりますが、加算のために現場を疲弊させるのは本末転倒です。生産性向上推進体制加算は、テクノロジー導入に加えて、委員会の設置と定期開催、研修、安全面の検討、そして指標の報告まで求めています。加算区分によっては、利用者の満足度や業務時間、年休取得、職員の心理的負担、タイムスタディ(業務時間の測定)などを確認し、導入前後で比較する形になります。5
この要件から逆算すると、最初にやるべきなのは、導入機器を決めることではありません。誰が報告を担当し、どの範囲でデータを集め、現場の合意をどう取るかを決めることです。加算対応は経営の仕事で、現場任せにすると続きません。
明日からできる小さな一歩
大がかりな刷新を一度にやるより、現場に定着する小さな改善を積み上げる方が、結果的に速く進みます。明日からの一歩は、次の三つに絞ると迷いません。
- 直近一週間の記録と連絡を振り返り、二重入力と転記が発生している場面を三つだけ挙げる
- 挙げた三つのうち一つだけを選び、記録項目を削るか、入力場所を変えるか、共有先を一本化して試す
- 変更点を短い手順書にし、全員が同じやり方で入力できる状態を作る
ここまでできると、ICT導入の目的がはっきりします。加算を検討する場合も、必要な機器と運用が見えた状態で判断できます。余力が出たら、ケアプランや請求など外部とのデータ連携も検討すると、転記をさらに減らせます。段階的に進めると失敗が減ります。具体的な改善アイデアを追加で探すときは、グループホーム向けに業務効率化をまとめたコラムや、ムリ、ムダ、ムラの観点で整理した解説も参考になります。1011
グループホームや施設の規模にかかわらず、生産性向上は記録と連絡の整理から始めるのが最も安全で、続けやすいです。
介護分野の生産性向上の考え方を解説するページ。直接的なケアと間接的業務に分け、PDCAで改善する方向性を示している。厚生労働省 ↩
生産性向上の取組を支援・促進する手引き。生産性向上を労働力削減のためではなく、働き甲斐と介護サービスの質の向上につなげる目的と整理している。厚生労働省 ↩
改善活動の標準的なステップを示すページ。準備から振り返りまでの手順と、活用できるツールの導線をまとめている。厚生労働省 ↩
ケアプランデータ連携システムに関する説明資料。介護現場の生産性向上の取組や、データ連携による業務効率化の方向性に触れている。厚生労働省 ↩
生産性向上推進体制加算の概要資料。導入が求められるテクノロジーの例、委員会の設置、研修、安全対策、指標の報告などの要件を説明している。厚生労働省 ↩
eMAR Plusの紹介投稿。紙の注文や在庫確認からデジタル注文と在庫の可視化へ移行した事例としてBallee Pharmacyを挙げている。eMAR Plus ↩
Bendigo Nursing Homeのケーススタディ。デジタル記録、QCSによるコンプライアンス強化、GP Connectとの連携を通じて効率とケアの質を高めたと紹介している。Digital Care Hub ↩
紙ベースのポリシー運用からデジタル化する意義を解説した記事。検索性や更新管理がコンプライアンスと効率に影響する点を述べている。Knowledge.Care(2025年2月5日) ↩
GP Connectのサービス概要。許可されたシステムを通じて診療情報へアクセスする仕組みとして提供されていることを説明している。NHS Digital ↩
グループホームなど介護現場の業務効率化に関するコラム。ICT活用や情報共有などの改善アイデアを紹介している。Care Viewer ↩
認知症グループホームの業務改善をムリ、ムダ、ムラの観点で整理したコラム。ICT活用や加算取得に触れながら、現場負担を減らす考え方をまとめている。Care Viewer ↩
執筆者:補助金検索Flash 士業編集部
補助金・助成金の活用法からAI導入、業務の生産性向上まで、中小企業の経営に役立つ情報を士業の専門家チームがわかりやすく解説します。
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