電子契約システムで生産性向上する会社は、署名より先に何を整えているのか?

補助金検索Flash 士業編集部

押印や郵送が残っていると、契約のたびに手が止まります。電子契約システムを入れれば終わりと思いがちですが、署名機能だけを置き換えると、承認、保管、検索の手戻りが残ります。生産性向上の近道は、契約の送付、締結、保管を一つの業務として設計し直すことです。
本記事では、法務と保存の注意点、実在の導入事例を手掛かりに、失敗しない進め方をまとめます。

電子契約を入れる前に、契約業務の全体像を描けていますか?

送付、締結、保管のどこで詰まるかを見える化する

契約業務において、社内承認で差し戻しが多い、取引先の押印待ちで滞留する、締結後に契約書が共有フォルダとメールに散らばる。こうした詰まりが残ると、ツールを入れても仕事は軽くなりません。

ここで一度、紙の契約業務を思い出してみてください。印刷して製本し、押印のために回覧し、郵送し、返送されたらスキャンして保管する。これらは一つひとつは小さな作業でも、契約件数が増えるほど積み上がります。特に、雇用契約や取引先の契約更新のように、毎年同じ形式で発生する文書は、放置すると恒常的な負担になります。

最初にやるべきなのは、契約の流れを棚卸しすることです。送付前の作成と承認、締結のやり取り、締結後の保管と参照。この3点のどこにムダがあるかが見えると、必要な機能と運用がはっきりします。

多くの契約は、書面が必須ではない

意外に見落とされがちですが、契約は当事者の合意で成立し、法令に特別の定めがない限り、書面の作成などの方式は要件ではありません。押印があるから契約が成立するのではなく、合意が成立を決めるという考え方です。民法にも、方式を求めない原則が明記されています。1

この原則を知ると、発想が変わります。電子契約は紙をデータに置き換えるだけではなく、合意までのやり取りを短くし、保管を探しやすくするための道具です。押印のために出社する、押印待ちで納期が遅れる、締結済みの版がどれか分からない。こうした不具合は、合意の証拠を残しつつ手続きを軽くすることで減らせます。

ただし、すべてを一律に電子化できるわけではありません。取引の種類や社内規程、相手先の事情で、紙の運用を残す判断もあります。ここで大切なのは、例外を探すより先に、電子化できる契約から順に対象を切ることです。

署名の強さはどこまで必要か?

電子署名の推定が働く条件を知る

電子契約システムを選ぶとき、法務部門が気にするのは、後から説明できる証拠が残るかどうかです。日本の電子署名法では、本人だけが行える形で電子署名が行われている電磁的記録は、真正に成立したものと推定すると定めています。2
この推定があると、トラブル時に、文書が本人の意思で作られたことを説明しやすくなります。

ここで注意したいのは、電子署名法の条文は一つでも、実際のサービスの仕組みはさまざまだという点です。電子署名は、本人確認の方法、署名鍵の管理、改ざん検知の仕組みなどの組み合わせで強さが変わります。法務省も、電子署名法の概要と認定制度について整理しています。自社が扱う契約のリスクに合わせて、本人性と改ざん防止の仕組みを確認してください。3

さらに実務では、監査対応のしやすさも見落としがちです。契約が完了したときに、いつ、誰が、どの文書に合意したかを示す証明書やログが出せるか。画面の説明だけではなく、実際の出力例を確認してから決めると、後から揉めにくくなります。

迷ったら、選定条件を3つに絞る

電子契約システムの比較を始めると、機能が多すぎて判断がぶれます。そこで、生産性向上に直結する条件だけを3つに絞ると決めやすくなります。

  • 証拠が残るか。本人確認と改ざん防止、操作ログが説明できる
  • 相手が迷わないか。アカウント作成の有無、署名手順の簡単さが現実的
  • 締結後に探せるか。保管と検索、契約台帳まで一緒に運用できる

この3点が満たされると、社内の差し戻し、取引先からの問い合わせ、締結後の探索時間が減り、結果として業務が軽くなります。

なお、同じサービス内でも署名の方式を使い分けられる場合があります。たとえば、メール認証とタイムスタンプ(時刻証明、timestamp)で合意の証跡を残す方式と、電子署名で本人性を強める方式です。ミロク情報サービスのMJS e-ドキュメントCloudも、電子サイン方式と電子署名方式への対応を説明しています。4 どちらが正しいというより、契約の種類に合わせて設計できるかがポイントです。

締結後の保管でつまずかないために何を決めるか?

電子で受け取った取引データは、電子で保存が前提になる

契約書を電子で締結しても、保存ルールが曖昧だと、結局は印刷してファイルに戻ります。そうなると、署名だけが電子になり、探す手間と保管コストは残ったままです。

税務では、請求書や領収書だけでなく、契約書や見積書などを電子データで授受した場合、一定の要件を満たして電子データのまま保存する必要があることが示されています。5 さらに、タイムスタンプの付与や、履歴が残るシステムでの授受など、改ざん防止の考え方も示されています。5 電子契約の導入は、法務だけでなく経理の保存ルールともつながるため、早い段階で関係者を巻き込むのが安全です。

保存の設計を後回しにすると、社内監査や税務調査の前に、契約書を集め直す作業が発生します。電子で締結したはずなのに、担当者のメールから拾い集める状態では、せっかくの投資が無駄になります。保存は締結とセットで考えるべきです。

保管場所を一つに集約すると、探す時間が減る

契約書がメール、チャット、クラウドストレージに散らばると、更新や更新漏れの確認が人力になります。電子契約の本当の効用は、締結後に契約書を探す時間を減らし、期限管理や更新判断をしやすくするところにあります。契約台帳を作る発想が欠かせません。

ここでありがちな失敗は、締結済みPDFだけを置いて、検索項目がない状態です。日付や取引先で探せないと、結局は担当者の記憶とメール検索に頼ります。締結後の運用を軽くするには、契約台帳の項目を最小でよいので揃え、検索と紐づけることが必要です。

保存要件に不安がある場合、国税庁は電子帳簿等保存制度の特設サイトで制度の全体像と資料をまとめています。6 また、電子取引ソフトの法的要件認証の対象製品一覧を公開している団体もあり、選定時の確認材料になります。認証は万能ではありませんが、保存要件を意識した設計かどうかを見る入口として役立ちます。7

導入を成功させる進め方は?

まず対象を絞り、テンプレと承認を整える

導入が止まりやすいのは、ツールの操作より、社内の決め事が曖昧なときです。契約書のひな形が部署ごとに違う、承認者が案件ごとにぶれる、押印の代わりに誰が最終判断するのか決まっていない。ここが固まらないと、電子化しても差し戻しが増えます。

押印がなくなると、押印台帳や印影管理だけでなく、権限規程の見直しも必要になります。誰が送付し、誰が承認し、誰が締結するのか。紙の印鑑が担っていた役割を、電子契約の権限設定とログで置き換えるイメージです。ここを曖昧にすると統制が弱く見えるため、導入が止まりやすくなります。

また、ひな形の整備は法務だけの仕事に見えますが、現場にも効きます。条項の交渉が必要な契約と、定型の契約を分けておくと、現場は迷わず進められます。交渉が必要な契約を無理に急がないことも、全体の生産性向上には大切です。

最初のスコープは小さくしてかまいません。たとえば、取引基本契約は後回しにして、発注書や同意書など短い文書から始める。運用を回しながら、ひな形と承認ルートを整え、対象を広げていく方が定着しやすいです。

社内説明に使える、最小ステップ

社内提案では、いきなり全社導入を掲げるより、実務の負担が減る順に進める方が通りやすくなります。次の流れをたたき台にすると整理しやすいです。

  • 対象文書を3種類まで選び、現状の作業時間と滞留理由をメモする
  • 署名の強さと保存ルールを決め、関係部署で例外だけ先に潰す
  • ひな形と承認ルートを固定し、まず1部署で回して問い合わせを集める
  • 締結後の保管先と検索方法を決め、契約台帳の項目を最小で作る

この順番だと、電子契約システムの比較表を見る前に、必要な機能が絞れます。結果として、価格だけで選んで運用が崩れるリスクを減らせます。

導入後の評価は、費用対効果の一言で片付けない方がうまくいきます。依頼から締結までの時間、差し戻し回数、契約書を探す時間。どれか一つでも短くなれば、現場の納得感が上がり、次の対象文書を広げやすくなります。

事例から学ぶ、電子契約が定着する条件

NTT東日本は、グループの契約管理を見える化した

クラウドサインの導入事例では、東日本電信電話株式会社がグループ内で取り扱う文書と契約管理の効率化を目指した経緯が紹介されています。導入後の効果として、郵送の削減に加え、契約締結までのリードタイムが短縮したことや、年間1万5,000件ほどの契約締結に活用していることが記載されています。8

ここで注目したいのは、署名の置き換えだけでなく、契約管理の効率化を目的に置いている点です。件数が多いほど、保管と検索の設計で差が出やすいことが分かります。逆に言えば、件数が少ない段階でも、更新漏れや版の取り違えがあるなら、契約台帳を先に整える価値があります。

ニトリHDは、テンプレと統制を標準化した

DocuSignの導入事例では、ニトリホールディングスがグループの文書と契約管理の効率化を目的に導入したと説明されています。テンプレートを260種類まで整備したことや、契約1件あたりのコストを試算して削減したこと、年間で1,000万円を超える効果を見込んだことなどが紹介されています。数字は同社の算定であり、効果は業務量で変わりますが、運用を具体的に詰めている点は参考になります。9

もちろん、効果の出方は会社の業務量や統制の考え方で変わります。それでも、ガバナンス強化と業務効率化をセットで考えると、電子契約が一過性の施策で終わりにくくなります。署名の便利さだけを前面に出すより、契約管理の手戻りを減らす話として社内に説明した方が、導入は前に進みます。

最後に、この記事の中心メッセージを3つに絞って繰り返します。電子契約システムは、署名機能だけを置き換えると期待ほどの生産性向上が出ません。署名の強さは契約の種類で使い分け、締結後の保存と検索まで一気通貫で設計します。そして、対象を絞って運用を回し、ひな形と承認を固めながら広げていくことが、最短ルートです。

  1. 契約の成立に方式を要しない原則が定められている。e-Gov法令検索、民法(条文522条2項を含む)

  2. 本人による電子署名が行われている電磁的記録は真正に成立したものと推定する旨が定められている。e-Gov法令検索、電子署名及び認証業務に関する法律(第3条)

  3. 電子署名法の概要と認定制度を説明している。法務省、電子署名法の概要と認定制度について

  4. 電子サイン方式と電子署名方式の対応、一元管理などを説明している。株式会社ミロク情報サービス、MJS e-ドキュメントCloud(製品ページ)

  5. 電子データで授受した取引関係書類の保存の必要性や改ざん防止措置の考え方を説明している。国税庁、パンフレット 電子取引データ

  6. 電子帳簿等保存制度の概要と資料をまとめている。国税庁、電子帳簿等保存制度特設サイト

  7. 電子取引ソフト法的要件認証の対象製品一覧を公開している。公益社団法人日本文書情報マネジメント協会(JIIMA)、電子取引ソフト法的要件認証製品一覧

  8. NTT東日本の電子契約導入の背景と効果を紹介している。クラウドサイン、NTT東日本導入事例(公開日2023年9月6日)

  9. ニトリホールディングスの導入背景、テンプレ整備、コスト試算などを紹介している。DocuSign、ニトリHDの導入事例

執筆者:補助金検索Flash 士業編集部

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