人事評価制度が生産性向上につながらないのはなぜか?鍵は期初の目標設定にある
評価制度を整えたのに、かえって生産性が落ちることがあります。これは、現場の評価に対する不信感が確認作業や細かな管理を増やし、生産性を落とす要因になっているからです。生産性を上げる近道は、期末の点数付けを頑張ることではなく、期初の目標設定で難易度を揃え、優先順位を明確にすることです。
多くの人が評価を信頼できないという問題
不信があると、確認作業が増えて生産性が落ちやすい
Deloitte(世界最大会計事務所)の調査では、評価者である管理職の61%、従業員の72%が、自社のパフォーマンスマネジメント(日常的な目標管理とフィードバックの運用)を信頼できるとは言えないと回答しています。1 制度を入れ替えても不満が残りやすい理由が、ここに凝縮されています。
信頼が揺らぐと、人は成果を出すことだけに集中しにくくなります。評価の解釈がブレるのが怖くて、逐一確認を取ったり、証拠のための資料を増やしたりします。承認待ちが増えると意思決定は遅れ、管理職の予定表も埋まっていきます。評価への不信は、仕事のスピードを落とす要因になり得ます。
さらに厄介なのは、不信が目標設定とフィードバックの両方を歪める点です。目標は低めに置かれ、途中の助言は監視に見えます。すると部下は困ったときほど相談しなくなり、最後に問題が噴き出します。
目的と判断基準を見えるようにすることが重要
信頼を取り戻すために、評価の項目を増やしたり、点数の付け方を細かくしたりすると逆効果になりがちです。ルールが複雑になるほど、評価者も被評価者も解釈を合わせる作業が増えます。制度の説明に時間を使うほど、現場の仕事は後回しになります。
そこで大切になるのが、何を優先し、何を頑張れば評価されるのかが説明できる状態です。評価がブラックボックスだと、合意できないまま目標が積み上がります。逆に、目的と判断基準が見えれば、途中のフィードバックも受け止めやすくなります。次に、その透明性を作る中核である目標設定を見ます。
透明性は、評価結果の開示だけではありません。期初に何を優先し、途中で何を見て、いつ見直すのかを共有することです。こうしておくと、日々の確認が減り、フィードバックも受け止めやすくなります。
期初の目標設定が雑だと、公平に評価できない
期初に目標の難易度を揃える
同じ等級なのに、片方は簡単に達成できる目標で、もう片方は運も必要な目標になる。これでは期末に公平な評価をするのは難しくなります。結果として、目標は守りに入り、挑戦が起きにくくなります。あるいは、見栄えの良い数字を作る行動を選びやすくなり、仕事の質が落ちます。
目標の難易度が揃わない典型例は、担当する条件が違うのに同じ物差しで見るケースです。既存顧客中心と新規開拓中心では受注の出方が違い、安定運用と新機能開発でも成果の形が違います。上司の役割は、目標の難易度を揃え、優先順位を明確にすることです。何を達成すれば合格なのか、どこまでやれば挑戦なのかを言葉と数字で合意します。
難易度を揃えるときは、目標ごとに必達の水準と挑戦の水準を分けると話が早いです。必達は業務として外せない水準、挑戦は背伸びした水準です。上司同士で数人分を見比べるだけでも、簡単すぎる目標や重すぎる目標に気づけます。ここに時間をかけないと、半年後の振り返り面談は評価の言い訳大会になりがちです。
目標を増やすほど難易度調整は難しくなります。目標は多くても3つ程度に絞り、残りは日常業務として扱う方が合意が残ります。目標が少ないと、途中のフィードバックも短く済みます。
具体的で納得感のある目標を設定すると、成果が出やすい
目標設定には研究の蓄積があります。目標設定理論では、曖昧な目標よりも、具体的で難しい目標の方が、注意の向け方や粘り強さに影響して成果が出やすいと整理されています。2 ただし、難しければ良いわけではありません。現場が納得しない目標は形だけになりやすいからです。
実務では、目標を次の3要素に分解すると合意が取りやすくなります。何を、いつまでに、どの状態にするのか。この3つが欠けると途中のフィードバックが抽象論になり、期末の評価が印象論になります。
たとえば、顧客対応を改善するという目標だけでは、何をすれば良いかが人によって変わります。問い合わせの初動時間を短縮するのか、再問い合わせを減らすのか、難易度はどれくらいなのか。
ここを具体化すると、途中のフィードバックが次の行動に直結します。目標が戦略の翻訳になれば、指示が減り、自律的な判断が増える可能性が高まります。次は、職種や状況の違いをどう扱うかです。
目標は一本化し、差が出るところは別の仕組みで調整する
目標以外で、個別事情を扱えるようにする
営業、エンジニア、バックオフィスでは成果の出方が違います。繁忙期や立ち上げ期のように、期初に目標を固めにくい時期もあります。そこでありがちなのが、個人の事情に合わせて目標を細かく作り込む方法です。しかし、個別対応を目標でやり切ろうとすると、不公平感の調整と運用負担が跳ね上がります。
現実的には、目標を一本化しつつ、差が出るところは別の仕組みで調整した方が運用しやすいです。たとえば、賞与に反映させる比率を職種やミッションで変え、行動評価の項目も役割に合わせて選べるようにします。こうした設計があると、評価面談は何をやったかの説明より、何を学び次にどうするかの会話になりやすいです。評価のための目標設定から抜け出しやすくなるからです。
調整のルールも透明にするのがポイントです。調整が見えないと、別の不公平感が生まれます。例えばバックオフィスで突発対応が多い場合、成果目標は件数や期限遵守など最小限にし、行動評価で改善提案や標準化の取り組みを拾います。短期の忙しさと中長期の改善の両方を評価に乗せやすくなります。
評価用の目標と、学びの目標を分ける
もう一つのコツは、評価と育成を同じ目標に背負わせすぎないことです。研究でも、成果の数字を追う目標だけでなく、やり方を身につける学習目標が有効になる場面があると整理されています。2 特に難度が高い仕事や新しい領域では、行動や試行錯誤が成果に先行します。
そこで、評価に直結する目標は少数に絞り、別枠で学びの目標を置きます。たとえば、顧客課題の仮説を月に何件検証する、レビューの観点を整理して再発を減らす、といった形です。
こうした目標は途中のフィードバックの材料にもなります。モチベーションを保つには、結果だけでなく成長が見える設計が欠かせません。設計の考え方が見えたところで、次は実務です。
効果的な目標設定面談の手順
面談の前に前提を決めておく
目標設定が長引く原因の多くは、前提が共有されていないことです。国内調査でも、被評価者の72.7%が目標設定の研修やトレーニングを受けたことがないと報告されています。3 目標の作り方が共有されていなければ、面談はすり合わせではなく、文章の修正会議になります。
面談の前に、最低限次の5つだけは用意しておくと効果的です。
- 今期の重点テーマを1枚で示す(何を捨てるかも書く)
- 等級ごとの期待値を短文でまとめる(例、何を任せる等級か)
- 目標の難易度の目安を決める(易しすぎる目標を避けるため)
- 成果と行動の評価比率を示す(職種差があるならここで調整する)
- 途中の見直し頻度を決める(環境変化が前提の場合は特に重要)
この5つが揃うと、面談の論点は目標の是非に集中します。逆に揃っていないと、前提確認で時間が溶けます。小さな組織ほど、目標設定を属人的にしないための道具が必要です。
重点テーマが明文化されていないと、部下は目の前の依頼を全部同じ優先度で受けやすくなります。重点を言語化すると、断る判断や後回しの判断も説明しやすくなります。
面談では、合意事項を3つに絞る
面談の場で詰め込みすぎると、合意が曖昧になります。握るべき合意は3つで十分です。
1つ目は、期末に振り返る観点です。数値だけでなく、プロセスも見るのかを言語化します。2つ目は、優先順位です。同時に走る目標が増えるほど、現場は迷います。3つ目は、状況が変わったときの更新ルールです。四半期や月次で見直すのか、どんな条件なら目標を変えるのかを決めます。
ここで重要なのは、目標を変えることを失敗扱いしないことです。市場や組織の事情が変わるのは普通です。更新ルールがあれば、目標は現場の判断材料として残り、評価も実態に合わせやすくなります。
なお、目標の達成率をどう見るかは悩みどころです。Googleのre:Workは、目標と成果指標(OKR)の文脈で、達成率が常に100%なら目標が低い可能性があると説明しています。4 自社の文化に合わせつつ、易しすぎる目標を避ける共通言語として使うと便利です。ここまでで、期初の設計と合意の重要性が見えました。
例外を押さえると、制度がモチベーションを壊しにくくなる
数字を決めにくい仕事ほど、短いサイクルで見直す
新規事業、研究開発、立ち上げ期のバックオフィスなどは、期初に数字を置きにくいことがあります。ここで無理に数値を置くと、現場は達成可能な小粒の仕事を優先し、重要な試行錯誤が後回しになります。
こうした場合は、成果の目標を最小限にし、中間の到達点(マイルストーン)や学びの目標を中心に据えます。そして、途中のフィードバックを短いサイクルにします。頻繁で意味のあるフィードバックが、仕事への前向きさに関係するという解説もあります。5 期初に決め切れないことを前提に、更新できる仕組みにすると、評価が守りに入るのを防ぎやすくなります。
社内で始めるなら、まずは3つ
制度を大改修しなくても、効果が出やすい順番があります。最初に決めるのは次の3つです。
- 評価制度の目的を1行で言えるようにする(処遇か育成か、比率も含める)
- 期初に難易度を揃える場を作る(上司同士のすり合わせでもよい)
- 途中で目標を更新できるルールを置く(変化を前提にする)
人事評価制度は、点数を付ける仕組みで終わると時間を食う装置になります。期初の目標設定を戦略の翻訳に変え、目標以外の調整レバーと短いフィードバックを組み合わせると、生産性向上とモチベーションの両立に近づけます。小さく始めても構いません。
Deloitteが公表した2025年のグローバル調査で、管理職の61%、従業員の72%が自社のパフォーマンスマネジメントを信頼できるとは言えないと回答。Deloitte Insights(2025-03-23) ↩
目標設定理論の整理として、具体的で難しい目標が行動や粘り強さに影響し、課題が複雑な場合は学習目標も有効になり得ると解説。Edwin A. Locke, Gary P. Latham, American Psychologist(2002) ↩
被評価者の72.7%が目標設定の研修やトレーニングを受けたことがないなど、評価と目標管理の運用実態をまとめた調査報告。パーソル総合研究所、人事評価制度と目標管理の実態調査(2021-09) ↩
OKRは従業員評価の道具ではなく、達成率が常に100%なら目標が低い可能性があるなど、難易度調整の考え方を示す。Google re:Work、ガイド、OKRを設定する(閲覧日2026-02-03) ↩
意味のあるフィードバックを素早く頻繁に行うことが、仕事への前向きさやパフォーマンスに関係するという解説。Gallup, How Effective Feedback Fuels Performance(2022-01-01公開、2024-01-19更新) ↩
執筆者:補助金検索Flash 士業編集部
補助金・助成金の活用法からAI導入、業務の生産性向上まで、中小企業の経営に役立つ情報を士業の専門家チームがわかりやすく解説します。
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