補助金の申請では、賃上げを予定している事業者が評価されたり、補助上限額や補助率で優遇されたりすることがあります。けれども、賃上げ要件は単に給料を上げる約束ではありません。
重要なのは、給与支給総額、最低賃金、従業員への表明、証拠書類までを一体で管理できるかです。無理な目標を置くと、採択後に補助金が交付されない、返還が必要になる、次の申請で不利になるといったリスクがあります。
この記事では、補助金の賃上げ要件を初めて確認する人に向けて、申請前に見るべきポイントを整理します。

賃上げすれば有利とは限らない理由
加点と特例の違い
賃上げ要件で最初に知っておきたいのは、補助金によって賃上げの位置づけが違うということです。ある制度では採択審査上の加点として扱われ、別の制度では補助上限額を引き上げる特例になり、さらに別の制度では申請に必要な基本要件になります。
例えば、小規模事業者持続化補助金の第20回公募では、通常枠の補助上限50万円に対し、賃金引上げ特例を使うと150万円が上乗せされます。同じ公募要領の中には賃金引上げ加点もあり、特例と加点は似ていますが、役割も条件も同じではありません。特例は補助上限や補助率に関わり、加点は審査上の評価に関わります。1
この違いを見落とすと、賃上げに取り組むこと自体は正しくても、申請書で選んだ項目の達成責任を誤解しやすくなります。申請画面で選ぶ前に、賃上げが加点なのか、特例なのか、基本要件なのかを分けて読む必要があります。
制度ごとに違う未達時の扱い
賃上げ要件の怖さは、未達時の扱いが一律ではない点にあります。小規模事業者持続化補助金の第20回公募では、賃金引上げ特例を希望した場合、通常枠と特例の要件を1つでも満たさないと、上乗せ部分だけでなく全体が交付対象外になるとされています。さらに、賃金引上げ加点でも要件を満たさない場合は、交付決定後であっても補助金は交付されません。1
一方、中小企業新事業進出促進補助金の第4回公募では、賃上げ要件が基本要件に含まれています。一人当たり給与支給総額の年平均成長率を3.5%以上増加させること、事業場内最低賃金を地域別最低賃金より30円以上高い水準にすることなどが求められます。従業員等への表明がされていなかった場合は交付決定を取り消し、補助金全額の返還を求めるとされ、目標未達の場合も返還計算の対象になります。2
賃上げ要件は、採択されやすくするための飾りではありません。制度によっては、補助金を受け取れるか、受け取った後に返還が必要になるかに直結します。特に、加点や特例を選んだ場合は、申請時の選択が後の義務になると考えておくことが大切です。
給与支給総額の基本的な見方
固定給だけで見ない給与支給総額
賃上げ要件を確認するとき、最も誤解されやすいのが給与支給総額です。月給の基本給だけを見て、上がっているかどうかを判断してしまうと、実際の計算とズレることがあります。
小規模事業者持続化補助金の公募要領では、給与支給総額は従業員に支払った給与等を指し、給料、賃金、残業代、賞与等を含みます。一方で、福利厚生費、法定福利費、退職金は除くとされています。中小企業新事業進出促進補助金でも、給与支給総額には給料、賃金、賞与等を含み、役員報酬、福利厚生費、法定福利費、退職金は除くと説明されています。12
ここで注意したいのは、残業代や賞与が増えたことで一時的に数字が上がるケースです。残業が多かった年を基準にすると、翌年に残業時間が減っただけで給与支給総額の伸びが鈍く見えることがあります。賃上げ要件は、給与制度の変更だけでなく、残業時間、賞与方針、人員構成の変化まで影響を受けます。
従業員数の換算で変わる計算結果
一人当たり給与支給総額は、給与支給総額を従業員数で割って計算します。つまり、給与総額が増えていても、従業員数の数え方によって一人当たりの数字は変わります。
小規模事業者持続化補助金の賃金引上げ特例や賃金引上げ加点では、パートタイム従業員を正社員の就業時間に換算して人数を出すことが求められます。公募要領では、正社員の就業時間が1日7時間、週35時間の事業者で、1日3時間、週15時間勤務のパートタイム従業員は0.42人として計算する例が示されています。1
また、中途採用や退職などで比較対象期間の全月分の給与支給を受けていない従業員は、算出対象から除外する扱いになる場合があります。申請時点では達成できそうに見えても、実績報告時までに従業員が退職し、計算対象が変わると、目標値を算出できなくなるリスクがあります。
| 確認する項目 | 見落としやすい点 |
|---|---|
| 給与支給総額 | 固定給だけでなく、残業代や賞与も含まれる場合がある |
| 除外される費用 | 福利厚生費、法定福利費、退職金などは含まれない場合がある |
| 従業員数 | パートタイム従業員は就業時間で換算する場合がある |
| 比較期間 | 12か月、事業年度、事業計画期間など制度ごとに違う |
| 退職や採用 | 全月分の給与支給がない従業員の扱いで計算が変わる |
最低賃金要件で確認すること
地域別最低賃金と事業場内最低賃金
賃上げ要件では、給与支給総額だけでなく、最低賃金も確認対象になります。ここで出てくる地域別最低賃金は、都道府県ごとに定められる最低賃金です。厚生労働省は、令和7年度の地域別最低賃金額と発効日を全国一覧として公表しています。3
補助金でよく使われるのは、地域別最低賃金そのものではなく、事業場内最低賃金との関係です。事業場内最低賃金とは、その事業場で働く人の中で最も低い賃金水準を指します。補助金によっては、事業場内最低賃金を地域別最低賃金より30円以上高くする、または50円以上高くする、といった条件が置かれます。
例えば、中小企業新事業進出促進補助金の第4回公募では、基本要件として、事業場内最低賃金を地域別最低賃金より30円以上高い水準にすることが求められます。賃上げ特例を使う場合は、さらに条件が上がり、合計で50円以上高い水準が必要になります。2
特例で増える管理項目
賃上げ特例を使うと、補助上限額が上がるなどのメリットがあります。ただし、その分だけ管理しなければならない数字も増えます。
中小企業省力化投資補助金の一般型では、基本要件として一人当たり給与支給総額の年平均成長率を3.5%以上増加させること、事業所内最低賃金を地域別最低賃金プラス30円以上の水準にすることが示されています。大幅賃上げ特例では、給与支給総額側は合計6.0%以上、最低賃金側はプラス50円以上が求められ、どちらか一方でも未達の場合は、補助上限額との差額について返還が必要になります。4
つまり、特例を使う判断は、もらえる金額だけで決めるものではありません。毎年の最低賃金改定、事業場内の時給設定、従業員別の賃金台帳まで追えるかを確認してから選ぶべき項目です。
最低賃金要件は、会社全体の平均給与ではなく、事業場で最も低い賃金に注目します。平均給与が上がっていても、時給の低い従業員が地域別最低賃金との差額要件を満たしていなければ、要件未達になる可能性があります。
従業員への表明と証拠書類の準備
表明が必要になるタイミング
賃上げ要件では、社内で給与を上げる予定があるだけでは足りません。制度によっては、全ての従業員または従業員代表者に対して、設定した目標値を表明することが必要です。
小規模事業者持続化補助金の第20回公募では、賃金引上げ特例について、採択後交付決定までに全ての従業員または従業員代表者、役員に対して表明し、実績報告時点で目標値を達成することが必要とされています。中小企業新事業進出促進補助金の第4回公募でも、交付申請時までに従業員等へ表明することが必要です。12
表明は、採択後に急いで整える事務作業ではありません。給与支給総額の目標値をどう説明するか、従業員から質問が出たときにどう答えるか、役員報酬や福利厚生費が計算に入らない場合にどう伝えるかまで考えておく必要があります。
賃金台帳と雇用条件書類
賃上げ要件は、申請書に書けば終わりではありません。採択後や実績報告時に、賃金台帳や雇用条件が分かる書類を提出することがあります。
小規模事業者持続化補助金の第20回公募では、賃金引上げ特例や賃金引上げ加点について、採択後交付決定までに、採択発表日の属する月を終点とした連続12か月分の賃金台帳の写し、雇用契約書や労働条件通知書などの提出が求められます。実績報告時にも、補助事業実施期限日を終点とした連続12か月分の賃金台帳などが必要です。1
ここで実務上の負担になるのは、過去分と実績報告時分の両方が必要になることです。賃金台帳の保存、従業員ごとの所定労働時間、年間休日、パートタイム従業員の換算に必要な情報がそろっていないと、計算が後回しになります。
申請前に作る賃上げ計画の考え方
高すぎる目標値のリスク
賃上げ目標を高く設定すると、審査で評価される場合があります。中小企業新事業進出促進補助金の第4回公募でも、基準値より高い目標値を設定した場合、その高さと実現可能性に応じて審査で評価されるとされています。2
ただし、評価を狙って実現しにくい目標を置くのは危険です。中小企業新事業進出補助金の概要説明会資料では、中小企業庁が所管する補助金で賃上げに関する加点を受けて採択されたにもかかわらず要件を達成できなかった場合、未達が報告されてから18か月の間、本補助金への申請では正当な理由が認められない限り大幅に減点するとされています。5
申請時点で必要なのは、強気の数字ではなく、事業計画、採用計画、価格転嫁、利益計画と整合する数字です。売上が伸びないのに人件費だけを増やす計画は、資金繰りを圧迫します。逆に、補助事業で生産性が上がる根拠があり、その利益を賃上げに回せるなら、賃上げ要件は事業計画の説得力を高める材料になります。
申請前の確認リスト
賃上げ要件を使うか迷ったら、まずは申請前に自社の数字で試算します。公募要領を読むだけではなく、過去の賃金台帳と今後の人員計画を並べて、要件を満たせるかを確認することが重要です。
- 申請する補助金では、賃上げが加点、特例、基本要件のどれに当たるか
- 給与支給総額に含める費用と除外する費用を確認したか
- パートタイム従業員や中途採用者の扱いを確認したか
- 地域別最低賃金と事業場内最低賃金の差額を確認したか
- 従業員への表明方法と賃金台帳の準備時期を確認したか
この確認をすると、申請前に無理な計画を避けやすくなります。特に小規模事業者では、賞与や残業代の変動が一人当たり給与支給総額に与える影響が大きくなりがちです。賃上げ目標を置く前に、前年の給与データを月別に見て、臨時的な増減がないかを確認しておくと安心です。
まとめ、賃上げ要件は達成できる数字で使う
補助金の加点より先に守る順番
補助金の賃上げ要件は、うまく使えば採択審査や補助上限額の面で有利に働く可能性があります。ただし、賃上げ要件は申請時のアピールではなく、採択後に証拠書類で確認される約束です。
申請前に優先すべき順番は、まず制度ごとの公募要領を確認し、次に給与支給総額と従業員数を試算し、そのうえで最低賃金と表明、賃金台帳の準備を整えることです。加点や特例を選ぶのは、その後で十分です。
補助金は、事業の成長と賃上げを結びつけるための制度です。だからこそ、無理な賃上げ宣言で採択を狙うより、達成できる数字を置き、従業員にも説明できる計画にすることが、結果的に補助金を安全に活用する近道になります。
出典・参考資料
執筆者:補助金フラッシュ 士業編集部
補助金・助成金の活用法からAI導入、業務の生産性向上まで、中小企業の経営に役立つ情報を士業の専門家チームがわかりやすく解説します。
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