M&Aを考え始めたとき、最初に仲介会社を探す人は少なくありません。ただ、まだ売ると決めていない段階や、規模の小さい事業承継では、先に事業承継・引継ぎ支援センターへ相談した方が進めやすい場面があります。国の公的窓口なので、相談やマッチングは原則無料で、親族内承継、従業員承継、第三者承継(M&A)まで一つの窓口で整理できます。
この記事では、利用方法、費用、メリットとデメリットを、実務の流れに沿ってまとめます。

そもそも、事業承継・引継ぎ支援センターとは?
親族内承継から第三者承継まで一つの窓口で相談できる
事業承継・引継ぎ支援センターは、全国47都道府県にある公的な相談窓口です。2021年には、親族内承継を支える仕組みと、M&Aによる引継ぎを支える仕組みが統合され、現在の形になりました。
いまは親族内承継、従業員承継(役員や社員への引継ぎ)、第三者承継(M&Aによる社外への引継ぎ)をまとめて扱う、地域のワンストップ窓口として位置づけられています。123
中小企業庁は、何から始めればよいか分からない段階から、計画づくり、相手探し、成約まで、税理士や弁護士、金融機関、FA(買収や売却を助言する専門家)や仲介会社などと連携しながら支援すると案内しています。
つまり、センター自体がすべてを抱え込むというより、最初の整理役であり、必要な専門家へつなぐ入口だと考えると分かりやすいです。4
スモールM&Aで名前が挙がる理由
中小機構のポータルサイトでは、成約した譲渡企業の約7割が小規模事業者と案内されています。大きな会社だけの制度ではなく、むしろ小規模な引継ぎに実績がある点が、この窓口の特徴です。5
仲介会社にすぐ依頼する前にセンターが候補に入るのは、この数字を見ると自然です。売却額の大きい案件だけでなく、地域の小さな会社や個人事業に近い案件でも使いやすいからです。
ここまでで、センターが単なる案内窓口ではないことが見えてきます。次に、実際の使い方を見ていきます。
利用方法と準備
予約して面談し、まずは選択肢を整理する
利用の流れは、思っているより難しくありません。地域によって細部は違いますが、多くは予約、面談、課題整理、必要ならマッチングや専門家紹介という順で進みます。
和歌山県のセンターでは、電話やメールで日程を決め、来所や出張で面談し、現状の課題と優先順位を整理すると案内しています。6
東京都のセンターでも、完全予約制で面談日時を調整し、面談後に相手探しを希望する場合は譲受ニーズを寄せた企業や民間のM&A支援会社を紹介すると説明しています。
大事なのは、最初の面談がすぐ売却実行に入る場ではなく、親族内承継にするのか、従業員承継にするのか、第三者承継にするのかを見極める場だということです。7
まだ相手が決まっていない、そもそも売るべきか迷っている、という状態でも相談できます。東京都のセンターは、方向性が決まっていない場合でも早い段階での相談を勧めており、中小企業庁も、承継前の基本的な相談から対応すると案内しています。情報が固まっていないから相談できないのではなく、固まっていないから相談する窓口です。47
面談前にそろえたい資料
相談前に用意しておきたい資料も、そこまで複雑ではありません。多くのセンターでは、売り手側なら直近3期分の決算書や確定申告書、会社案内やカタログなど、事業内容が分かる資料を求めています。買い手側でも、譲受(買収)の理由や希望条件、決算書の持参を案内している例があります。76
面談前に最低限整理しておくと話が進みやすいのは、次の三つです。
- 直近3年の業績と資金繰りの状況
- 誰に引き継ぐ可能性があるかという仮説
- 従業員、取引先、技術など絶対に残したい条件
資料が完璧である必要はありません。ただし、財務の数字が古いまま、譲れない条件も曖昧なままだと、あとで相手探しや交渉が長引きます。最初の面談は、資料提出の場というより、条件を言葉にする場だと考えると準備しやすくなります。
費用は発生するのか?
原則無料で受けられる支援
費用面で一番知っておきたいのは、センターの相談、課題整理、計画策定支援、M&Aのマッチング支援などは原則無料だということです。中小企業庁も、そのように案内しています。民間のM&Aを使うかどうかを決める前に、費用をかけずに選択肢を整理できるのは大きな利点です。1
加えて、第三者承継支援のページでは、民間機関を使ってM&Aを進める場合のセカンドオピニオン(別の立場からの確認)としても活用できると明記されています。
仲介会社から提案を受けている場合でも、条件が妥当か、ほかの進め方はないかを公的窓口で確認できる意味は小さくありません。5
しかも、センターは無料相談と有料実務の境目を見やすくしてくれます。たとえば、売るか残すかの判断や、譲れない条件の整理までは無料で進め、相手候補が具体化した段階でだけ弁護士や会計士に依頼する、という進め方がしやすいです。コストの掛け方を後ろにずらせること自体が、スモールM&Aでは大きな意味を持ちます。
契約実務や詳細調査は有料になることがある
一方で、無料だから最後まで費用がかからない、と考えるのは危険です。中小機構のポータルサイトでは、登録された民間M&A支援機関を紹介し、その機関がマッチングや譲渡契約の成約まで実施すると案内したうえで、民間のM&A支援機関による支援は有償と明記しています。5
東京都のセンターも、契約書の作成や専門家の支援を受ける場合には、各専門家の手数料が発生すると説明しています。広島県のセンターでも、M&Aへの着手や資産評価、登録民間支援機関への委託では別途費用がかかる場合があると案内しています。
無料なのは入口の相談と整理であり、実行局面の専門業務は別、という切り分けを最初に理解しておくことが大切です。78
必要に応じて、中小企業庁はM&A時の専門家活用費用を支援する補助金も案内しています。相談は無料、実行は有料、その一部は制度で補える可能性がある、という順番で捉えると、費用の見通しを立てやすくなります。1
メリットとデメリットは何か? 自社に向くかどうかの見分け方
向いているのは、まだ方向が固まっていない会社
センターの一番のメリットは、いきなりM&A一本に絞らず、親族内承継や従業員承継を含めて比較できることです。
後継者がいないと思っていても、実際には社内の役員や従業員、あるいは後継者人材バンク(起業希望者と後継者不在の事業者をつなぐ仕組み)を通じた起業希望者という選択肢が見えてくることがあります。答えを急がずに、現実的な候補を並べられるのが公的窓口らしい強みです。254
後継者人材バンクがあるため、会社同士のM&Aだけではなく、創業を目指す個人との引継ぎも射程に入ります。
小規模な会社ほど、買い手企業よりも、現場を引き継いで経営したい個人の方が相性がよい場合もあります。仲介会社だけを前提にすると見えにくい道が、センターでは最初から候補に入っています。25
また、地域の金融機関、商工会議所、士業とつながっているため、経営者保証(社長個人の保証)や承継計画のような周辺論点も相談しやすいです。
とくに、まだ売却を決め切れていないが、廃業だけは避けたいという会社には相性がよいです。決断を急かされにくく、まず現状を整えるところから始めやすいからです。
向かないのは、早い実行や複雑な交渉を急ぐ会社
逆に、すでに相手候補がいて短期間で成約したい、複数候補を競わせながら価格交渉を進めたい、海外案件や複雑な取引の形が必要、という場合は、民間のFAや仲介会社を早めに入れた方が進めやすいことがあります。センターは万能ではなく、必要に応じて民間支援機関へつなぐ前提の仕組みだからです。54
もう一つの注意点は、相手探しには時間がかかることがある点です。公式事例でも、センターへの相談から約11か月後に株式譲渡契約に至ったケースがあります。
短期間で決めるより、条件の整理や引継ぎ準備に時間をかけた結果とも読めますが、資金繰りが厳しい会社はこの時間感覚を甘く見ない方がよいです。9
つまり、センターは最初の相談先としては強い一方で、最後の実行部隊を必ずしも兼ねるわけではありません。早さを最優先するのか、費用と安全性を見ながら進めるのかで、向き不向きは変わります。
悪質な買い手を避けるためには?
セカンドオピニオンとして使う
中小企業庁は、M&Aトラブルの事例として、成約後に経営者保証が解除されなかったケースや、譲渡後に会社の現金や預金が回収され、必要な事業資金が送金されなかったケース、退職慰労金などの後払いが履行されなかったケースを公表しています。
違和感があれば、弁護士や各都道府県の事業承継・引継ぎ支援センターに相談するよう呼びかけています。10
ここで大切なのは、相手探しをしてもらうことだけがセンターの価値ではない、ということです。すでに買い手候補や仲介会社がいる場合でも、契約条件、経営者保証の扱い、譲渡代金の支払い時期、手元資金の扱い、従業員や取引先への引継ぎ条件を第三者の目で点検する場として使えます。
小さな会社ほど、一度の失敗がそのまま生活や地域の雇用に跳ね返るため、この使い方はかなり重要です。510東京都のセンターも、相手先が決まっている場合でも相談でき、譲渡完了までの段取りについて助言すると案内しています。
買い手が見つかってからが本番であり、その時点で公的窓口を外す必要はありません。むしろ、条件が固まり始めた段階ほど、相談先を一つ増やす意味があります。7
最初に整理したい3つのこと
最初の相談前に、経営者が紙一枚で整理しておきたいことは多くありません。むしろ、次の三つで十分です。
- いつまでに承継したいか
- 誰に何を残したいか
- どこまでなら有料支援を使えるか
この三つが決まるだけで、センターに相談したあとに親族内承継へ進むのか、従業員承継を探るのか、第三者承継で相手探しに入るのかが見えやすくなります。
事業承継・引継ぎ支援センターは、売ると決めた会社だけの窓口ではありません。迷っている会社が、急がずに判断材料をそろえるための窓口として使うと、この制度の価値が最も生きます。
出典・参考資料
執筆者:補助金フラッシュ 士業編集部
補助金・助成金の活用法からAI導入、業務の生産性向上まで、中小企業の経営に役立つ情報を士業の専門家チームがわかりやすく解説します。
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