製造業でサプライチェーンマネジメント(SCM)を見直したいと思っても、何から手をつければいいのかは案外わかりません。システム導入や在庫最適化の話から入ると、議論が広がりすぎて止まりやすいからです。
先に押さえたいのは、主力商品の流れをどこで細くしているかという視点です。読み終える頃には、製造業の中小企業がSCMをどこから変えるべきか、判断の軸が見えてきます。

この事例が学びになる理由
完成した成功談ではなく、積み上げ型の事例だから
最初に確認しておきたいのは、この話がすでに結果の出た完成形ではないということです。ちぬやHDによる北海道加ト吉の株式取得は2026年4月1日付で予定されており、テーブルマークも同日付の譲渡を公表しています。したがって、北海道での本格生産を成果として断定するのはまだ早い段階です。12
それでもこの事例が参考になるのは、今回の動きが突然の拡大ではないからです。ちぬやは2013年に北海道ちぬやファームを設立し、2018年には足寄センターを完成させています。原料産地の近くに調達と保管の拠点を置き、その上で今度は製造機能まで近づけようとしている。調達だけ、物流だけを単独でいじるのではなく、流れ全体を少しずつつなぎ直している点に、SCMの本質があります。34
きっかけは、売れる商品の拡大ではなく原料リスク
もう一つ面白いのは、出発点が攻めの拡大ではなく原料ショックへの対応だったことです。帝国データバンクの2018年の記事では、2010年に北海道の長雨でジャガイモが記録的な不作となり、2011年3月期の売上高純利益率が0.8%まで落ち込んだことが、調達ルート多様化の引き金になったと紹介されています。3
ここで学べるのは、SCM改革は最新システムの導入より先に、どの原料、どの工程が止まると会社全体が弱るのかを見つける作業から始まるということです。ちぬやにとっては、それがコロッケの主原料である馬鈴薯でした。ニュースの見出しだけを見ると北海道進出の話に見えますが、実際には長年の弱点だった調達リスクを埋める延長線上にあります。3
ここまでで、SCMは物流部門だけの話ではないと分かります。次に、どの流れを具体的につなぎ直したのかを見ます。
どの流れをつなぎ直したのか?
まず供給の土台を固めた
ちぬやグループの公式サイトによると、同社のコロッケの主原料である馬鈴薯は主に北海道産です。北海道ちぬやファームでは馬鈴薯を調達し、保管し、香川県の本社工場の生産予定に合わせて出荷しています。現在の保管庫は6,000トンの能力があり、グループ全体では1日に約80〜90トンの馬鈴薯を使っています。
これは、原料の安定確保が単なる購買の仕事ではなく、在庫、品質、輸送計画を含む中核機能だと示す数字です。5
ここで大事なのは、保管拠点を作った目的が在庫を積み増すことだけではなかった点です。保管の質が上がれば、品質劣化や廃棄ロスを減らしやすくなります。必要な量を必要なタイミングで工場へ送れるため、欠品や過剰在庫の振れ幅も抑えやすくなります。
SCMの現場ではつい輸送コストだけを見がちですが、実際には保管品質と出荷タイミングの精度が利益を左右します。5
次の一手として、保管から出荷までを北海道側に寄せる
今回の発表でちぬやHDが示した狙いはさらに明快です。北海道足寄町で7,000トン規模の馬鈴薯保管庫増設計画を進めながら、北海道加ト吉の設備を取り込むことで、道内で原料保管から製造、出荷までを一気通貫で行う体制を整えるとしています。
会社側は、輸送距離の短縮によるCO2排出削減、鮮度維持による品質向上、コスト削減、そして需要超過への供給力強化を見込んでいます。6
この発想は、製造業の中小企業がSCMを考えるときに非常に実務的です。工場を増やすかどうかではなく、一番重くて傷みやすくて、量のぶれる原料をどこで抱えるかを起点に、生産と物流の配置を決めているからです。
もし自社が食品以外の製造業でも、置き換えるべき問いは同じです。かさばる部材なのか、納期が読みにくい外注工程なのか、不良率が高い前処理なのか。そこを中心に流れを描き直さないと、在庫だけ減らしても全体は強くなりません。56
ここまでで、SCMは配置の設計だと見えてきます。次は、なぜこの配置転換が専業戦略と相性がよいのかを整理します。
なぜ専業戦略と相性がいいのか?
強い主力商品がある会社ほど、SCM投資の優先順位がぶれない
ちぬやの強みは、何でも作ることではなく、コロッケを中心に強いことです。帝国データバンクの2018年記事では、同社は業務用冷凍コロッケで約30%のトップシェアを持ち、販売構成比の65%をコロッケが占めると紹介されていました。
現在も会社サイトには業務用冷凍ポテトコロッケの業界シェアページがあり、主力カテゴリーとして位置付けていることが分かります。37
このように主力商品がはっきりしている会社は、どこに投資すれば競争力が上がるかを決めやすいです。ちぬやグループの売上高は2021年3月期の196.00億円から2025年3月期の286.93億円へ伸びていますが、その成長を支えたのは商品数の拡散より、強い商品に合わせて調達と製造の土台を厚くしたことだと読む方が自然です。
自己資本比率も同じ期間に31.4%から39.4%へ改善しており、専業化が成長の足かせではなく、投資余力の土台にもなっていることがうかがえます。8
広げたのは事業の数ではなく、主力の周辺
今回のM&Aでも、ちぬやが広げようとしているのは全く別の分野ではありません。発表資料では、強みであるポテトコロッケに加え、北海道加ト吉が得意とするクリームコロッケの展開強化を挙げています。つまり、主力の周辺に近い領域へ能力を足しているわけです。6
ここは中小企業にとって見落としやすい点です。SCM改革という言葉を使うと、調達先を増やし、販路を増やし、商品も増やしたくなります。
しかし実際には、流れを複雑にしすぎると、在庫管理も品質管理も難しくなります。広げる前に、強い商品の流れを太くする。ちぬやの北海道戦略は、その順番を崩していません。
しかも、冷凍食品市場全体を見ると、2024年の国内生産額は8,006億円で過去最高となり、数量では業務用が51.9%、家庭用が48.1%でした。コロッケは小分類で国内生産量2位です。
ちぬやの公式サイトにも家庭用と業務用の両方の商品検索があり、実際に両市場を持っています。市場が二つあるから商品を増やすのではなく、同じ主力を二つの販路へ届ける。その設計の方が中小企業には再現しやすいはずです。910
自社に置き換えるなら、最初に何から始めればいいのか?
まず一つの主力商品の流れだけを書き出す
中小企業がいきなり全社のSCM改革に着手すると、話が大きくなりすぎて進みません。最初にやるべきなのは、売上か利益への影響が最も大きい一商品を決め、その流れだけを紙に書くことです。
原料や部材の調達先、どこで保管するか、どの工程で待ち時間が長いか、どこで品質がぶれるか、出荷先ごとに何が違うか。この順に並べるだけでも、改善対象はかなり絞れます。
もう一つ付け加えるなら、その流れの地図は購買部門だけで作らない方がよいです。製造、営業、物流、品質管理の担当者が同じ表を見て、どこで予定がずれ、どこで余分な在庫が発生しているかを揃えて確認する。
SCMは部門横断の仕事ですが、最初の一歩は会議を増やすことではなく、同じ現物の流れを同じ順番で見ることです。
見るべき指標も多くは要りません。最初は次の三つで十分です。
- 欠品回数
- 物流を含む総コスト
- 歩留まりや廃棄ロス
この三つが悪化している場所は、たいてい流れが切れている場所です。システムを入れる前に、どの工程の情報がつながっていないのかを確認してください。一度に全商品を対象にせず、まずは主力一品だけで試す方が、改善の効果も追いやすくなります。
投資判断は、仕組みの格好よさではなく流れの細さ
次に考えたいのは、どこへ投資すれば流れが太くなるかです。ちぬやの事例でいえば、馬鈴薯の調達と保管がボトルネックだったため、北海道拠点の整備が合理的でした。
もし自社で同じことをするなら、候補は保管庫かもしれませんし、前工程の自動化装置かもしれません。あるいは、輸送条件を見直すだけで足りるかもしれません。大切なのは、一番細いところを太くする投資になっているかどうかです。56
その意味で、SCMはIT導入の言い換えではありません。もちろん、需要予測や在庫管理のシステムは役立ちます。
ただし、原料の持ち方や工程配置が悪いままでは、数字が見えるようになっても現場の苦しさは消えません。先に流れを設計し、その後で情報を重ねる。この順番を守る方が失敗しにくいです。
ちぬやHDの北海道進出は、まだ実行前の部分を含むため、最終的な成果はこれから検証されます。12 ですが、主力商品を定め、弱点になっていた原料を押さえ、保管、製造、物流を近づけていく考え方は、すでに十分学べます。356
製造業の中小企業がSCMを見直すなら、広い改革案から入る必要はありません。自社の主力商品で、いちばん流れが細い場所はどこか。まずはそこから見直すのが、遠回りに見えて最短です。
出典・参考資料
執筆者:補助金フラッシュ 士業編集部
補助金・助成金の活用法からAI導入、業務の生産性向上まで、中小企業の経営に役立つ情報を士業の専門家チームがわかりやすく解説します。
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