個人事業主の事業承継はどう進める? 法人との違いと手続きの順番

補助金検索Flash 士業編集部

個人事業の承継は、後継者が決まれば自然に進むものではありません。大事なのは、会社の承継と同じ感覚で進めないことです。
個人事業主の事業承継は、資産、契約、許認可、税務を一つずつ整理する作業になります。順番を間違えなければ、必要以上に法人成りや廃業へ急がずに済みます。
読み終える頃には、どこから着手すべきかと、法人との違いをどう実務に落とし込むかが見えてきます。

なぜ個人事業主の事業承継は、法人より手間がかかるのか?

個人事業は、事業主本人と切り離しにくい

中小企業庁のガイドラインは、個人事業主の経営権の本質を、事業主が自分の名義で取引し、自分で事業用資産を持つことにあると整理しています。

だから、形式的に開業や廃業の届出を出すだけでは足りません。実際に承継を成立させるには、資産の名義、取引先との契約、借入、従業員との関係、許認可まで含めて引き継ぐ必要があります。1

会社との違いはここです。会社なら、株式譲渡などで会社そのものを残したまま経営者が交代する道筋を取りやすい一方、個人事業を第三者に譲る場合は、資産や契約を個別に移し替える前提になります。

日本政策金融公庫の資料でも、事業譲渡では個別の資産や契約ごとに移転手続きが必要で、買い手は許認可を引き継げないと明記されています。2

親族内承継に偏りやすく、準備が後ろ倒しになりやすい

ここで見落としやすいのが、個人事業は今も親族内承継に偏りやすいことです。中小企業庁のガイドラインが引用する2018年調査では、個人事業の承継先は子どもが75.3%、親族内承継全体では86.4%でした。小規模法人の親族内承継が60.3%だったのと比べても、個人事業の方が家族の中で解決しようとする傾向が強いといえます。1

家族に継がせるつもりだと、準備が間に合わないまま時間だけが過ぎやすくなります。親族内でまとまりそうに見えても、実際には資産の分け方、他の相続人への配慮、顧客への説明、帳簿やパスワードの引継ぎが残ります。

ここまで見えて初めて、次に何を棚卸しすべきかが決まります。

まず棚卸しすべきこと

事業用と生活用資産の確認

最初にやることは、資産の棚卸しです。個人事業では、店舗や工場の建物、土地、車両、機械、在庫、現金預金、知的財産、借入金が、事業主個人の財産や負債と混ざっていることが少なくありません。

中小企業庁も、個人事業の事業用資産は個々に後継者へ承継する必要があると整理しています。1たとえば、パン屋なら店舗の賃貸借契約、オーブンのリース、レジや予約システム、屋号で使っている口座、配達用の車両が並びます。

さらに、自宅兼店舗なら生活の場と事業の場が重なります。相続で引き継ぐのか、生前贈与で移すのか、売買にするのかで必要書類も変わるため、一覧表を作る段階で税理士や支援機関に見てもらう方が安全です。

許認可と契約の名義変更

次に確認したいのが、許認可と契約は自動では動かないという点です。個人事業主の承継では、後継者が許認可を取り直す必要があったり、取引先との契約を結び直したりするケースがあります。会社のように同じ名義のまま続くわけではないため、屋号が同じでも実務では別の事業者として扱われる場面があるからです。12

具体的には、賃貸借契約、リース契約、仕入れ契約、業務委託契約、ネットモールの出店契約、決済サービス、銀行口座、各種保険が典型です。ここを後回しにすると、後継者が決まっても営業を止めざるを得なくなります。

資産の一覧を作ったら、次は契約と許認可の一覧を並べ、再申請が必要か、承継の同意が要るか、相手先にいつ伝えるかを確認します。

特に飲食、建設、運送、宿泊のように許認可が事業の土台になっている業種では、承継の話し合いより先に、どの許可が誰の名義になっているかを確認した方が安全です。名義がずれたまま引継ぎ日を迎えると、売上はあるのに営業できない、という事態が起きかねません。

親族、従業員、第三者のどれで進めるべきか?

親族内承継が向くのは、学ぶ時間を取れるとき

親族内承継が向くのは、後継者候補がすでに関与していて、引継ぎ期間を取れるときです。個人事業では、帳簿の読み方や顧客対応よりも、実は日々の判断基準や仕入れ先との空気感のような、言語化されていない知識が大きな比重を占めます。先代が元気なうちに並走期間をつくれるなら、親族内承継は今でも有力な選択肢です。1

ただし、家族だから調整が楽とは限りません。相続人が複数いる場合は、事業を継ぐ人と継がない人の納得感が欠かせませんし、事業用資産が分散すると後継者が設備更新や借入をしにくくなります。

親族内承継は感情面の衝突を表に出しにくいので、早めに外部の専門家を入れて話し合いの土台を整える方が、結果として進みやすくなります。

後継者がいないなら、第三者承継を早めに選択肢へ入れる

家族に継ぐ人がいないなら、第三者承継を特別な例外と考えないことが大切です。中小企業庁は全国47都道府県で事業承継・引継ぎ支援センターを整備し、親族内承継の計画づくりから第三者への譲渡・買収(M&A)の相談まで原則無料で支援しています。3

また、日本政策金融公庫の事業承継マッチング支援は、事業を譲りたい人と、創業や新分野進出のために譲り受けたい人をつなぐ無料サービスです。4

流れも、いきなり売買契約に進むわけではありません。日本政策金融公庫は、支援申込、相手探しと秘密保持契約、経営者同士の面談、基本合意、デューデリジェンス(買い手による事前調査)、契約締結と引き渡しという順で進め方を示しています。5

まずは譲るか廃業するかを比較し、事業の説明資料を作るところから始める方が現実的です。譲り受ける側にとっても、第三者承継はゼロから開業する代わりに、既存事業を引き継いで始める選択肢になります。

ここまで来ると、次に詰めるべき論点は税金と届出です。

税金と届出

先代の廃業と、後継者の開業は別の手続き

個人事業の承継で混乱しやすいのが、先代の手続きと後継者の手続きが別々に走ることです。中小企業支援サイトのJ-Net21でも、個人企業では承継させた人の廃業手続きと、承継した人の開業手続きが必要になると案内されています。

国税庁も、事業者が亡くなった場合に相続人が提出する書類として、個人事業の開業・廃業等届出書などを示しています。67

さらに見落としやすいのが消費税です。国税庁によると、被相続人が出していた消費税の課税事業者選択届出書や簡易課税制度選択届出書などの効力は、相続人には及びません。同じ扱いを受けたいなら、新たに届出が必要です。8 インボイス登録や簡易課税を使っていた事業ほど、この確認を後回しにしない方が安全です。

個人版事業承継税制の活用

税負担を軽くしたいなら、個人版事業承継税制を最初に確認します。これは、一定の条件を満たす後継者が、個人事業の特定事業用資産を贈与や相続で取得したとき、贈与税や相続税の納税を100%猶予し、その後も事業継続などの要件を満たせば免除の可能性がある制度です。対象は宅地、建物、一定の減価償却資産で、青色申告や計画提出などの条件があります。不動産貸付業などは対象外です。910

そして、いま一番実務で重いのが期限です。中小企業庁と国税庁の案内では、この制度を使う前提となる個人事業承継計画の提出期限は2026年3月31日、承継の実行期限は2028年12月31日です。

期限の直前に慌てると、資産の確認や、認定経営革新等支援機関(税理士や商工会議所などの公的認定支援者)の所見が間に合いません。税制を使う可能性が少しでもあるなら、承継相手が確定していなくても、まず相談する方が早いです。11910

この段階で手元に置いておきたいのは、直近の確定申告書と青色申告決算書、固定資産台帳、借入契約、主要な取引先との契約書、許認可の控えです。承継の話し合いは感情の問題に見えますが、実務では資料が揃っているかどうかで進み方が大きく変わります。後継者が家族でも第三者でも、数字と契約の中身が見えなければ判断できません。

迷ったときの相談先と注意点

公的な相談先を先に使うと、順番を間違えにくい

個人事業の承継は、税理士だけ、金融機関だけでは全体像が見えにくいことがあります。そういうときに使いやすいのが、事業承継・引継ぎ支援センターです。

中小企業庁は、全国47都道府県で、承継全般の相談、事業承継計画の策定、M&Aのマッチング支援を原則無料で実施していると案内しています。3 親族内承継でも、第三者承継でも、最初の整理役として使えるのが強みです。

今週中にやることを絞るなら、次の4つで十分です。

  • 事業用資産、借入、契約、許認可を1枚に書き出す
  • 後継者候補を親族、従業員、第三者の3つで仮置きする
  • 税制を使う可能性があるかを税理士か認定支援機関に確認する
  • 支援センターか日本政策金融公庫に相談予約を入れる

準備を始める時点で完璧な答えは要りません。必要なのは、誰に継がせるかを決める前に、何を動かす必要があるかを見えるようにすることです。

相談に行くときは、売上の推移、従業員数、主要な設備、借入残高、許認可の有無をA4一枚にまとめて持っていくと話が早くなります。親族内承継なら家族関係や相続人の状況、第三者承継なら譲渡希望時期や残したい条件も加えると、相談先が次の一手を示しやすくなります。

法人成りは、承継対策だけで決めない

最後に押さえたいのは、法人成り(個人事業を会社にすること)を承継の近道だと決めつけないことです。J-Net21は、個人事業を法人化する場合、個人事業は廃業し、法人として新たにスタートすることになるため、許認可の新規取得や追加の手続きが必要になると説明しています。12 つまり、承継を楽にしたいから法人化する、という発想だけでは不十分です。

もちろん、将来の第三者承継や株式の引継ぎまで見据えると、法人の方が扱いやすい場面はあります。ただ、法人化には会計、社会保険、登記、毎年の事務負担も増えます。個人事業をどう継ぐかを先に整理し、そのうえで法人化が必要かを判断する。この順番を守るだけで、手続きのやり直しはかなり減らせます。

  1. 「事業承継ガイドライン(第3版)」中小企業庁

  2. 「第三者への事業承継を検討するための ゆずるノート」日本政策金融公庫

  3. 「事業承継の支援策」中小企業庁

  4. 「事業承継マッチング支援」日本政策金融公庫

  5. 「事業を譲り渡したい方|第三者承継の進め方|事業承継マッチング支援」日本政策金融公庫

  6. 「個人事業主の事業承継について、税務上の留意点はありますか?」J-Net21

  7. 「廃業する場合」国税庁

  8. 「No.6602 相続で事業を引き継いだ場合の納税義務について」国税庁

  9. 「No.4442 個人の事業用資産についての贈与税の納税猶予及び免除(個人版事業承継税制)」国税庁

  10. 「No.4153 個人の事業用資産についての相続税の納税猶予及び免除(個人版事業承継税制)」国税庁

  11. 「個人版事業承継税制の前提となる認定」中小企業庁

  12. 「個人事業から法人成りした場合のデメリットについて教えてください。」J-Net21

執筆者:補助金検索Flash 士業編集部

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