事業承継は、後継者が決まってから考えればよいと思われがちです。ですが実際には、後継者が決まった後の移行だけでも年単位の時間がかかります。だから準備の始点は、引き継ぐ人が見つかった時ではなく、見つける前です。
この記事では、いつから動くべきか、なぜ早めが必要か、最初に何を確認すべきかを実務の順番で整理します。

いつから始めるべきか?
60歳を一つの目安にする
中小企業庁は、後継者の育成も含めると事業承継の準備には5年から10年ほどかかるとして、60歳頃には着手したいと案内しています1。
ここで大事なのは、60歳が締切ではなく、遅くともその頃までには動き始めたいという目安だということです。設備投資や採用と違い、事業承継は途中で急に終わらせにくい仕事です。先に期限を置いて逆算しないと、日常業務に押されてそのまま先延ばしになりやすくなります。
さらに帝国データバンクの調査では、後継者への移行期間が3年以上と答えた企業が51.9%、小規模企業では55.7%でした2。
この数字が示しているのは、引き継ぐ相手が決まったあとも、権限移譲、取引先への説明、資金面の整理に時間がかかるという現実です。つまり、準備開始のタイミングは想像よりかなり前に置く必要があります。
後継者が未定でも進められる準備がある
早く始めると言っても、すぐに後継者を確定しなければならないわけではありません。中小企業庁は、親族内承継、従業員承継、M&A(社外の第三者に引き継ぐ方法)の3つを主な選択肢として示しています3。親族に継ぐ人がいない場合でも、従業員に託すのか、外部に引き継ぐのかを含めて考え始めれば、準備は進められます。
むしろ、後継者が未定の段階でできる作業は多くあります。自社の強みを言葉にすること、借入や保証の状況を整理すること、株主や資産の状態を確認することは、どの承継ルートでも必要です。誰に渡すかが決まっていないから止まるのではなく、誰に渡しても困らない状態へ近づけることが先です。
なぜ後回しにすると選択肢が減るのか?
高齢化が進むほど、やり直しが難しくなる
2024年時点の社長の平均年齢は60.7歳で過去最高を更新しました4。同じく2024年度の後継者難倒産は507件で、2年連続で500件を超えています5。
ここで怖いのは、業績悪化だけが承継の失敗要因ではないことです。体調不良や急な入院のような想定外の出来事が起きると、準備不足の会社ほど選択肢が一気に減ります。
後継者不在率は改善傾向にあるものの、2024年でもなお52.1%です6。半数近い企業で引き継ぐ相手が決まっていない以上、早く動く会社と動かない会社の差は広がりやすいと考えたほうが自然です。
年齢を重ねてから慌てて候補者を探すより、まだ時間のあるうちに社内外の選択肢を並べておくほうが、結果として落ち着いた判断ができます。
帝国データバンクは、高齢での事業承継ほど計画の中断や白紙化のリスクが高い傾向も示しています6。年齢が上がるほど選択肢が自然に絞られるというより、準備の途中でやり直しが難しくなるのです。早めに動く意味は、焦らず選ぶためだけではなく、途中で止まっても立て直せる余白を持つことにあります。
承継の対象は株式だけではない
事業承継を、株式の移転と代表者交代だけの話だと考えると準備が遅れます。中小企業庁のガイドラインは、承継すべきものを人、資産、知的資産の3つに分けています7。
人には後継者の育成や経営権の移譲が入り、資産には株式や設備、不動産、借入が入ります。知的資産には、技術、営業のやり方、顧客との関係、許認可、社内で暗黙知になっている仕事の進め方まで含まれます。
この考え方に立つと、早期着手の理由がはっきりします。株式の贈与や譲渡だけなら書類で進む部分もありますが、信頼関係や判断のコツは一日で移せません。
長く引き継ぐほど失われにくいものがある以上、準備の中心は節税だけでも、名義変更だけでもありません。会社そのものを説明できる状態にすることが、実は最初の仕事です。
最初に何から手をつければいいのか?
まずは承継ルートと期限を決める
最初の一歩としておすすめなのは、事業承継診断を受けるか、自分で診断票に沿って確認することです1。
ここで確認したいのは、何年後に引き継ぎたいのか、候補者はいるのか、いないなら親族、従業員、第三者のどこまで視野に入れるのか、という大枠です。細かい税務の前に、出口の形を決めておかないと、その後の準備がばらばらになります。
相談先が分からない場合は、全国47都道府県にある事業承継・引継ぎ支援センターを起点にするのが現実的です3。
親族内承継でも、従業員承継でも、M&Aでも、公的な窓口から整理を始められます。社内だけで考えると感情論になりやすい場面でも、外部の視点が入ることで論点が整理しやすくなります。
人、資産、知的資産を棚卸しする
次にやるべきなのは、会社の見える化です。中小企業庁のガイドラインでは、経営者個人の不動産を事業で使っていないか、会社借入に対する担保設定はどうなっているか、会社と個人のお金の貸し借りはないか、経営者保証の有無はどうか、といった点を明確にするよう求めています7。
加えて、保有している自社株式の数と株価評価、商品ごとの売上や費用、在庫の状態まで見ていく必要があります7。
この棚卸しは、単なる資料集めではありません。後継者候補や金融機関、家族に対して、自社の状態を説明できるようにする作業です。
特に小規模企業では、経営者の頭の中にしかない情報が多くなりがちです。そこを言葉と数字に置き換えていくことで、承継は初めて具体的な計画になります。
棚卸しの形式は、立派な報告書である必要はありません。借入一覧、株主の状況、主要顧客と主要仕入先、許認可、属人化している業務を書き出した簡単な台帳からで十分です。まず所在を確かめるだけでも、後継者候補や専門家と同じ地図を見ながら話せるようになります。
融資や個人保証を先に整理する
株式移転の前に、借入、保証、担保を洗い出す
借入残高がある会社では、株式や代表者の話を進める前に、個人保証と担保の有無を確認しておく必要があります。
中小企業庁のガイドラインは、経営者個人が借り入れて会社に貸している場合、会社の借入に現経営者が連帯保証を付けている場合、自己所有不動産を担保に入れている場合などは、その処理を検討しなければならないとしています7。ここが曖昧なままだと、承継後も前経営者に負担が残り、相続が発生したときにさらに問題が複雑になります。
実務では、株式の移転だけを先に進めないことが大切です。なぜなら、債務や保証の承継には金融機関の承諾が関わるからです7。
あとから調整できるだろうと考えて進めると、後継者が想定外の責任を負うか、承継そのものが止まることがあります。順番としては、借入、保証、担保を洗い出し、どこに承諾が必要かを見える形にするのが先です。
金融機関との対話は早いほど進めやすい
保証の問題は、昔より手当てしやすくなっています。中小企業庁は、事業承継時の経営者保証解除に向けた対策や、事業承継特別保証制度、ガイドラインの特則を整えています8。
ただし、制度があるから自動で外れるわけではありません。会社と経営者個人の関係が分かれているか、財務基盤が弱すぎないか、情報開示ができているかといった条件が見られます7。
だからこそ、金融機関との面談は、条件変更が必要になってからではなく、準備段階で始めるほうが進めやすいのです。今の借入の一覧、返済条件、保証人、担保、今後の承継予定を一枚にまとめて持っていくだけでも、話は進みやすくなります。税理士に任せきりにするのではなく、経営者自身が現状を説明できるようにしておくことが重要です。
明日から着手したい準備
90日で着手したいやることリスト
いきなり完璧な承継計画を作る必要はありません。まずは次の4つを、90日以内に着手できれば十分です。
- 承継したい時期を決め、そこから5年から10年の逆算表を作る
- 親族、従業員、M&Aのどれを第一候補にするかを決める
- 借入、保証、担保、株主、自社株評価の一覧を一つの表にまとめる
- 事業承継・引継ぎ支援センター、税理士、金融機関の順で相談日を入れる
順番に意味があります。最初に期限がないと判断基準がぶれますし、借入や保証の状況が見えていないと、後継者候補にも正しく説明できません。相談は、情報が揃ってからではなく、揃え始めた段階で入れて構いません。外部と話す予定が入ると、社内の準備は進みやすくなります。
完璧な計画より、止まらない準備を優先する
事業承継で本当に避けたいのは、計画の出来が荒いことではなく、何も決まらないまま時間だけが過ぎることです。後継者が未定でも、承継ルートを並べることはできます。
家族に継がせるか悩んでいても、借入や保証の整理は先にできます。M&Aを考えるかどうか決めていなくても、自社の強みを言葉にする作業は無駄になりません。
事業承継の準備は、後継者が決まった日から始める仕事ではありません。会社を次に渡せる状態へ整える仕事です。 その認識に変わるだけで、今日やるべきことはかなり具体的になります。まずは来月までに、承継したい時期と相談先の2つだけでも決めてみてください。
出典・参考資料
執筆者:補助金フラッシュ 士業編集部
補助金・助成金の活用法からAI導入、業務の生産性向上まで、中小企業の経営に役立つ情報を士業の専門家チームがわかりやすく解説します。
こちらもおすすめ

小規模事業者のための品質管理入門。顧客信頼を高めるQC活動の始め方
小規模事業者にとって、品質管理は大企業だけの専門業務ではありません。納期どおりに届く、前回と同じ仕上がりになる、問い合わせへの返答がぶれない。こうした日々の安定感が、顧客信頼を支えます。小規模事業者の品質管理は、特別な認証や大きなシステムからではなく、仕事のばらつきを減らす小さなQC活動から始めるのが現実的です。 この記事では、白書のデータと品質管理の基本をもとに、手作業が多い現場でも始めやすい進め方を取り上げます。まずは、身近な仕事のばらつきを見るところから始めましょう。

小規模事業者の経営戦略・経営計画の立て方
SWOT分析で弱みを並べると、経営計画を作った気になりやすいものです。人手が少なく、資金にも時間にも限りがあるほど、気になる弱みは次々に見つかります。 小規模事業者に必要なのは、弱みを全部直すことではなく、限られた人、時間、資金を選ばれる理由へ集めることです。経営戦略は、会社を平均点に近づける作業ではなく、どこで違いを出すかを決める作業です。限られた資源の使い道を決めると、弱みの優先順位も自然に変わります。 この記事では、弱み補強から抜け出し、経営戦略を経営計画へ落とし込む順番を考えます。

小規模事業者の組織・人材マネジメント入門。属人化を防ぎ、少人数でも機能するチームのつくり方
少人数の会社では、ひとりが休むだけで現場の流れが変わります。だからこそ最初から全部任せるより、経営者が仕事の型を作り、育った段階で手放すほうが現実的です。 これは監視を強める話ではなく、誰が担当しても迷わない組織に近づけるための人材マネジメントです。採用が難しい時代に、属人化を防ぎながらチームを育てる考え方を取り上げます。

小規模事業者のための労務管理入門。労働時間管理・給与計算の基本を解説
従業員を雇い始めると、雇用契約、勤怠、給与、届出など、確認することが一気に増えます。小規模事業者の労務管理で最初に整えたいのは、制度名を覚えることよりも、毎日の労働時間を正しく記録し、その記録から給与を計算する流れです。 36協定や就業規則は大切ですが、土台になるのは労働時間管理です。時間があいまいなままでは、給与計算も残業の判断も後から説明しにくくなります。 この記事では、初めて労務管理を見直す人に向けて、どこから手を付けるべきかを実務の順番で整理します。

国の補助金と自治体の上乗せ助成・利子補給制度の併用について解説
国の補助金を見つけると、そこで調べものを終えてしまいがちです。けれども、実際の負担額を大きく変えるのは、国の制度そのものより、その後に使える自治体の上乗せ助成や利子補給であることがあります。 大事なのは、補助金を割引券のように見るのではなく、国、都道府県、市区町村、金融機関がそれぞれ何を支援しているかを分けて見ることです。 この記事では、EV購入、賃上げを伴う設備投資、マル経融資の利子補給を例に、併用を考える順番を整理します。

補助金と融資はどう組み合わせる? 創業期、経営革新期のケース別資金調達プラン
補助金は、設備投資や販路開拓の背中を押してくれる制度です。しかし、採択されたらすぐ資金が入る、と考えて計画を組むと資金繰りでつまずきます。 補助金は投資の実質負担を軽くする手段であり、融資は支払いと入金の時間差を埋める手段です。資金調達プランでは、いくらもらえるかより、いつ支払い、いつ入金され、遅れたときにどこまで耐えられるかを先に見ます。 この記事では、創業期と経営革新期のケース別に、補助金と融資をどう組み合わせるかを整理します。最初の資金繰り表を作る材料としてお役立てください。