飲食店の現状と課題、向いている事業承継方法、成功事例を紹介
街で長く親しまれてきた食堂や喫茶店が閉じるたびに、後継者不足だけで片づけてよいのかと考えさせられます。実際には、人手不足や原材料高が重なり、引き継ぐ前より引き継いだ後の運営が難しくなる場合もあります。だからこそ大事なのは、店の名前を残すことではなく、何を守り、何を変えるかを早めに決めることです。
この記事では、飲食店の事業承継が難しい理由と、残る店に共通する準備の順番を、公式データと事例をもとに整理します。
飲食店の現状と課題
売上が伸びても、苦しい店が増えている
まず押さえたいのは、売上が伸びても安心できないという現実です。日本フードサービス協会によると、2025年の外食産業売上高は前年の107.3%でしたが、客単価の上昇が104.3%と大きく、消費者の節約志向は強まったままでした。見かけの数字ほど、現場が楽になっているわけではありません。1
売上高だけを見ると、まだ継げると判断しがちです。しかし客数は102.9%にとどまり、売上の伸びには値上げの影響が強く出ていました。店主が元気なうちに利益の中身を見直しておかないと、承継直後に思ったほどお金が残らない店だと分かることがあります。1
その苦しさは、倒産件数にはっきり表れています。帝国データバンクによると、2025年の飲食店倒産は900件で過去最多となり、3年連続で前年を上回りました。売上の回復と経営の安定は別の話であり、このずれが承継を難しくしています。2
さらに厳しいのは、値上げで吸収しきれないことです。2025年7月時点の価格転嫁率は全産業平均で39.4%だったのに対し、飲食店は32.3%にとどまりました。原材料費、光熱費、人件費が上がっても、そのまま価格に乗せにくい店では、後継者が見つかっても引き継いだ後に利益が残りません。23
改善傾向ではあるものの、依然として後継者不足
もちろん後継者の問題は重いままです。2025年の全国の後継者不在率は50.1%でした。ただし、不在率そのものは7年連続で改善しています。4
注目したいのは、承継の形が変わっていることです。代表者交代の内訳では、2025年に内部昇格が36.1%、同族承継が32.3%となり、家族だけで引き継ぐ形が相対的に細っています。誰も継がない時代というより、家族以外にどう継ぐかを選ぶ時代に入っていると見るほうが実態に近いでしょう。
ここまで見ると、難しさの正体は人手の問題だけではなく、次に考えるべきは店の何を残し、何を変えるかだと分かります。4
何を残し、何を変えるかを先に分ける
先に棚卸しすべきなのは、店の資産だけではない
中小企業庁は、事業承継で引き継ぐ対象を、人、資産、知的資産の三つに分けています。飲食店で見落としやすいのは、このうちの知的資産です。レシピや仕込みの勘どころ、仕入先との関係、常連客に支持される理由、許認可の扱い、店主の信用のように、帳簿に載りにくい要素ほど承継後の差になります。5
ここを言葉にせずに引き継ぐと、設備と店名だけが残り、中身が抜け落ちます。たとえば同じメニューを出しても、味のぶれをどう防ぐのか、繁忙時間帯に誰が判断するのか、仕入れ値が変わったときに何を優先して守るのかが共有されていなければ、店の良さは続きません。引き継ぐべきなのは店舗そのものではなく、店が選ばれてきた理由です。5
もう一つ見落としやすいのが契約関係です。飲食店では、賃貸借契約、営業許可、酒類提供に関わる手続き、仕入先との掛け取引のように、名義や信用が変わると条件が動くものがあります。厨房機器の引渡しより前に、どの契約が誰の名義で継続できるのかを確認しておくと、承継後のつまずきが減ります。5
同じやり方を守るだけでは続かない
もう一つ重要なのは、同じ営業の仕方を守ることが正解とは限らない点です。2025年の外食市場は客数の伸びより客単価の上昇が目立ち、価格転嫁も十分とは言えませんでした。
営業時間、席数、宴会依存の度合い、テイクアウトの有無を見直さずに承継すると、引き継いだ人がすぐ資金繰りに追われる可能性があります。13
中小企業庁は、後継者教育を含めた事業承継の準備には5年から10年ほどかかることが多いとしています。飲食店では、味や接客だけでなく、原価の見方や客層の変化まで受け渡す必要があるため、むしろ早めの着手が向いています。
\\同じやり方を守ることと、店の価値を守ることは別です。\\ここを切り分けられるかどうかが、承継後の安定を左右します。56
どの承継方法が向いているか?
親族内承継が向く店
親族内承継が向くのは、血縁だからではありません。家族の誰かがすでに店に入り、仕込み、接客、近所づきあいまで日常の中で覚えている店では、見えにくい知的資産を渡しやすいからです。親族内承継の強みは、時間をかけて教えられることにあります。56
ただし、家族なら自動的にうまくいくわけでもありません。家業を守る気持ちが強いほど、営業時間やメニュー構成を変えにくくなり、採算の悪い部分まで残してしまうことがあります。親族内承継では、何を変えないかより先に、何を変えてよいかを親世代と共有しておくことが欠かせません。5
従業員承継と第三者承継が向く店
店の価値を理解している従業員がいるなら、従業員承継は有力です。すでに現場を回せる人が継げば、味や接客のぶれを小さくできますし、家族に後継者がいなくても選択肢を失わずに済みます。
中小企業庁も、親族内承継だけでなく、従業員承継や第三者承継を主要な方法として示しています。5
ただ、現場の実力がある人ほど、経営数字や金融機関対応に不安を持ちやすいものです。店長として優秀な人が、そのまま経営者としても店を回せるとは限りません。
従業員承継では、原価、資金繰り、借入返済の見方まで事前に渡せるかどうかが、大きな分かれ目になります。56
さらに、\\第三者承継はすでに特別な方法ではありません。\\中小企業基盤整備機構によると、事業承継・引継ぎ支援センターを通じた2024年度の第三者承継成約件数は2,132件で過去最高でした。譲渡側の業種では宿泊業、飲食サービス業が14.6%を占めており、飲食店は実際に第三者承継が動いている分野です。7
第三者承継でよくある誤解は、買い手が現れれば条件は後から整うという考え方です。実際には、情報の出し方が粗いほど価格だけの交渉になりやすく、店の良さが伝わりません。
支援機関を使う意味は、相手探しだけでなく、見せ方と条件整理を手伝ってもらう点にもあります。78 中小企業庁の中小M\&Aガイドラインでは、手数料の説明、利益相反への対応、広告や情報開示の扱いなど、支援機関に求める基本ルールが整理されています。\\誰に継ぐかは、店の強みと支援の質で決める。\\この順番を崩さないことが、遠回りに見えて実は近道です。8
成功事例
親子承継を成長の起点にした店
熊本県天草市の飲食店では、親子間の事業承継を進めながら、店の立地条件を逆手に取る新規事業を加えました。地元食材である天草大王の比重を高め、注文の9割を占めるまでに育てたうえで、14人規模に店と同等の料理と接客を届けるレストランバスも導入しています。車内厨房設備や太陽光発電の導入には、現在の事業承継・M\&A補助金の前身制度が活用されました。9
この事例が示しているのは、承継の成功は現状維持ではなく再設計から始まるということです。店の看板商品を絞り込み、来店を待つだけでなく、体験そのものを外へ持ち出したことで、承継が守りの仕事ではなく成長の起点になりました。親族内承継でも、次の世代が手を入れる余地を最初から織り込むほうが、店は残りやすくなります。9
地域の常連を引き継いだ第三者承継
一方、香川県の喫茶店では、創業から53年続いた店が、店主夫婦の体調不良でいったん営業停止に追い込まれました。その後、事業承継・引継ぎ支援センターの後押しを受け、地域で店を続けたいという思いを持つ第三者が引き継いでいます。設備や立地だけでなく、地元に必要とされている店だという意味まで受け渡した事例です。10
このケースから分かるのは、第三者承継で本当に見られているのは厨房機器の値段だけではないということです。どんな客が通い、どの仕入先と長く付き合い、地域の中でどんな役割を担ってきたのかが整理されているほど、買い手は判断しやすくなります。地域との関係も引継ぎ対象に入ると考えると、第三者承継の準備はかなり具体的になります。510
二つの事例は、一見すると親族内承継と第三者承継で正反対に見えます。それでも共通しているのは、残したい価値を先に言葉にし、そのうえで事業の形を変えていることです。誰が継ぐかの前に、何を引き継ぐのかが明確だった店ほど、承継後の方針を決めやすくなります。910
最初の半年で片づけたい初回整理
最初に決めるべき3つのこと
では、何から始めるべきでしょうか。最初の半年で決めたいのは三つです。何を絶対に残すのか、1年以内に何を変えるのか、誰にいつまでに渡したいのかを、店主の頭の中ではなく紙に出すことです。レシピや設備より先に、この三つが曖昧だと、親族内承継でも第三者承継でも話が進みません。56
紙に書き出すときは、月別売上や原価率だけでなく、常連客の比率、昼と夜のどちらが強いか、繁忙日の理由も並べておくと役立ちます。数字と現場の感覚が一緒に見えると、親族にも第三者にも説明しやすくなります。承継は感情の話に見えて、実際には説明の質で前に進む場面が多いからです。57
次に、公的支援を早めに使います。事業承継・引継ぎ支援センターでは承継の相談ができ、第三者承継や親族内承継の支援実績も積み上がっています。
補助金もありますが、補助金は主役ではなく補助手段です。先に承継の形と事業の再設計を決め、その後で必要な資金をどう用意するかを考える順番が崩れないようにしたいところです。711
飲食店の事業承継は、後継者を探す作業だけではありません。利益が出る形に店を整え、引き継ぐ価値を言葉にし、合う相手に渡す仕事です。
早く動いた店ほど、親族内承継、従業員承継、第三者承継のどれも選びやすくなります。明日まずやるべきなのは、店を残したい理由と、変えてよい範囲を書き出すことです。56
執筆者:補助金フラッシュ 士業編集部
補助金・助成金の活用法からAI導入、業務の生産性向上まで、中小企業の経営に役立つ情報を士業の専門家チームがわかりやすく解説します。
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