国をまたいで調達、製造、物流、販売を組み立てるグローバルサプライチェーンは、長くコスト削減の手段として語られてきました。
ですが2025年から2026年初にかけては、関税の変動、地政学リスク、物流の逼迫が重なり、安いだけの設計は通用しにくくなっています。123
いま大事なのは、海外分業をやめることではなく、どこで安く作るかと同じ重さでどこで止まりやすいかを見ることです。
この記事では、グローバルサプライチェーンの基本の考え方、メリットとデメリット、事例をつなげて、いまの判断軸を整理します。

そもそもグローバルサプライチェーンとは何か?
国境をまたいで分業する仕組み
サプライチェーンは、原材料の調達から部品加工、組み立て、輸送、販売までの流れ全体を指します。そこに国境を越えた分業が入ると、原料はA国、部品はB国、最終組み立てはC国、販売はD国という形になります。
企業は、賃金差だけでなく、技術の集積、関税条件、市場との距離、規制対応のしやすさを見ながら、工程ごとの最適地を組み合わせます。1
思うほど全部が国際分業化しているわけではない
ここで一つ意外なのは、世界経済のすべてが国際分業で動いているわけではないことです。DHL(世界有数の国際物流企業)の2025年トラッカーによると、2024年に世界で生み出された財とサービスの価値のうち、国境を越えて取引されたのは21%でした。
逆に言えば、約8割は国内で完結しています。国内と海外は二者択一ではなく、もともと混ざっているという見方が出発点になります。2
つまり、論点はグローバルか国内かではありません。どの工程を外に出し、どの工程を自社や国内に残すと、利益と回復力の両方を取りやすいかです。
次に、そのうえで企業がなぜ今も国境をまたいで供給網を組むのかを見ます。
どんなメリットがあるのか?
コストを削減だけでなく、社内や国内にはない能力を活用できる
最大のメリットは、工程ごとに得意な地域を使えることです。人件費が低い地域だけでなく、電子部品、繊維、化学素材、港湾物流のように産業集積ができている場所を使えるため、品質、納期、調達量の面で有利になりやすいのです。
世界貿易機関(WTO)の報告でも、グローバル・バリュー・チェーン(GVC)は危機のたびに形を変えながら適応しており、コロナ禍の後には世界の輸出額とGVC関連貿易が過去最高を更新しました。1
見方を変えると、グローバルサプライチェーンはコスト削減の仕組みであると同時に、社内で持てない能力を外から取り込む仕組みでもあります。半導体、機能性素材、特殊縫製、認証対応のように、一国や一社だけで完結しにくい領域ほど、この利点は大きくなります。1
需要の変化に対応しやすくなるとともに、全社停止を防げる
もう一つのメリットは、販売市場の近くに生産や在庫を置けることです。輸送日数を短くできれば、在庫を積み過ぎずに済みますし、現地の規制や需要の変化にも合わせやすくなります。東南アジアのように広域の自由貿易協定が進んだ地域では、単なる低コスト拠点ではなく、売るための拠点としての意味も増しています。1
また、複数拠点を持てば一つのトラブルが全社停止に直結しにくくなります。もちろん拠点を増やせば管理は難しくなりますが、需要地に近い在庫や生産能力を持てることは、値上げ局面や輸送遅延の局面で売上を守る力にもなります。ここが、単なる原価比較では見えにくいメリットです。31
だからこそ、全面的な国内回帰が簡単な答えにはなりません。経済協力開発機構(OECD)は、供給網を国内回帰させる政策を一律に進めると、世界貿易が18%以上、世界の実質GDPが5%以上縮む可能性がある一方、安定性が自動的に高まるわけではないと整理しています。3
どこがデメリットになるのか?
集中した調達先は地政学で一気に揺れる
デメリットは、分業そのものより集中のしかたにあります。特定の国や企業に依存したままコストだけを追うと、関税、輸出規制、制裁、戦争、政変が起きたときに代替が利きません。
国際通貨基金(IMF)は、ロシアのウクライナ侵攻以降、地政学的に距離のある国同士では、同じ陣営内に比べて貿易が約12%、対外直接投資が約20%落ちたと分析しています。
しかも第三国を経由したつながりは増えていても、それがそのまま依存度の低下を意味するわけではありません。4
日本企業の感覚も同じ方向にあります。日本貿易振興機構(ジェトロ)の2025年度調査では、地政学リスクの高まりを受けて7割超の企業が事業への影響または懸念を認識していました。新しい調達先を検討する企業が重視する条件も、品質65.5%、価格64.9%に続き、安定性52.1%、地理的近接性48.6%でした。
安い国を探すだけではなく、止まりにくい国を探す発想に変わっているわけです。5
加えて、依存は一次サプライヤーの国名だけでは測れません。主要部材を海外から調達する企業は65.1%に達し、その調達先では中国が突出しています。自社の仕入先が国内企業でも、その先の原材料や部品が海外に偏っていれば、表面上の国内調達は安心材料にならないことがあります。5
物流が止まると売上にならない
見落とされやすいのが、工場ではなく物流が先に詰まることです。国内でも国土交通省は、対策が不十分な場合、2024年度に14%、2030年度に34%の輸送力不足が起こり得ると示しています。これは海外調達の話に見えても、最後に日本国内で運べなければ売上にならないことを意味します。6
海上運賃の変動も同じです。2025年6月には、海運調査会社Drewryの世界コンテナ指数が前週比41%上昇し、上海からロサンゼルス向けの、その場の市況で決まる運賃は1週間で57%跳ね上がりました。原価表に載る仕入れ価格だけでなく、運ぶコストと時間の揺れまで見ないと、利益計画は崩れます。7
ここまでの論点をまとめると、デメリットはグローバルだから生じるのではなく、単線で組んだ供給網が外部ショックに弱いことから生じます。
そこで次は、実際の事例で何が起きているのかを見ます。
グローバルサプライチェーンに関する事例
Appleは脱中国ではなく分散を進めている
分かりやすい事例がAppleです。Reuters(イギリスに本社を置く世界最大級の国際ニュース通信社)は2025年4月、Appleが米国向けiPhoneの調達先としてインドの比重を大きく高めようとしており、主要サプライヤーである台湾系受託生産大手のFoxconnと、インド企業のTataが現地で計3工場を持ち、さらに2工場が建設中だと報じました。
ここで重要なのは、中国をゼロにする話ではなく、比重をずらす話だという点です。巨大企業ですら、現実には全面移管ではなく多拠点化でリスクを下げています。8
アパレルは分散後の二次依存が残る
一方で、分散すれば安心とも言えません。2025年4月のReuters報道では、Nikeは2024年度に靴の半分と衣料の約3割をベトナムで生産し、Adidasも靴の39%をベトナムに依存していました。
中国依存を下げるために東南アジアへ生産を移した結果、今度はベトナム向け関税の影響を強く受ける構造が見えたのです。9
しかも、ベトナムで完結しているわけでもありません。Reutersは同年7月、ベトナムの衣料品や靴の工場が中国からの糸、生地、副資材に大きく依存していること、さらにベトナム側の工場能力にも限りがあることを報じています。
つまり一次サプライヤーを分散しても、二次サプライヤーが同じ国に偏っていれば、止まる理由は残るということです。10
さらに2025年4月には、ベトナム当局が原産地証明の厳格化や不正な積み替えへの取り締まり強化に動きました。単に第三国を経由させるだけでは、関税を避けるどころか法令順守のリスクを増やすことが分かります。供給網の組み替えは、工場を移す話である前に、付加価値の付け方と証明の設計を変える話でもあります。11
この二つの事例が示すのは、調達国を一つ増やしただけでは不十分だということです。見直すべきなのは国名の数ではなく、どこまで深い階層まで見えているかです。
自社では何から見直せばいいのか?
最初に洗い出したいのは、止まる場所
実務では、まず売上への影響が大きい品目から逆算するのが現実的です。コンサルティング会社McKinseyの2025年調査では、直接の仕入先である一次サプライヤーのリスクを把握している企業は95%に達した一方、その先の仕入先である二次サプライヤー以降まで見えている企業は42%にとどまりました。多くの会社は、直接の仕入先までは見えても、その先で何が起きるかまでは把握し切れていません。12
最低でも、次の3点は一覧で持っておくと判断が速くなります。12
- 売上影響の大きい品目ごとに、一次だけでなく二次サプライヤーまで含めた国、港、輸送日数
- 代替先があるかどうかではなく、切り替えに何週間かかるか、品質承認に何が必要か
- 原産地規則、在庫日数、物流ルートのどこで追加関税や遅延が発生しやすいか
安さより切り替え可能性を買う発想に変える
そのうえで、調達の評価軸を少し変える必要があります。最安値の1社集中は、平時にはきれいに見えますが、有事には高くつきます。これからは、調達単価に加えて、切り替えコスト、在庫の持ち方、契約上の柔軟性、物流ルートの代替余地まで含めて比べるほうが実態に合います。35
月次の会議で原価差だけを見る運用も見直したいところです。関税の変更、輸出規制、港湾混雑、主要サプライヤーの財務悪化のように、切り替え判断の引き金になる指標を決めておくと、異常時に慌てにくくなります。OECDが強調するのも、リスクをゼロにすることではなく、俊敏さ、適応力、連携で乗り切る考え方です。3
すべての品目を一気に洗い出す必要はありません。まずは売上構成比が高い品目、代替材がない品目、納期遅延が顧客離れに直結する品目の上位10件前後から始めれば十分です。小さく始めて、港、通関、在庫、仕入先のどこで止まりやすいかを一枚にまとめるだけでも、調達判断と営業判断の会話が変わります。512
グローバルサプライチェーンのメリットは、今も消えていません。むしろ市場、技術、人材が分散する時代ほど重要です。ただし有効なのは、最も安い国を探し続けることではなく、止まっても回復できる網の目をどう作るかにあります。読み終えた後に確認すべきなのは、海外比率そのものではなく、依存がどこに集中し、どこで切り替えられないのかです。31
出典・参考資料
「Changing Global Linkages: A New Cold War?, WP/24/76, April 2024」IMF ↩
[「2025年度|ジェトロ海外ビジネス調査 第24回 日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査 [速報版] ―チャンスとリスクの両面で際立つ米中の存在感―」JETRO](https://www.jetro.go.jp/ext_images/_News/releases/2026/fb2468413e5d19f0/survey_v3.pdf) ↩
「Tariff-fueled surge in container shipping rates shows signs of peaking」Reuters ↩
「Apple moving to make most iPhones for US in India rather than China, source says」Reuters ↩
「Sneaker and apparel retailers blindsided by tariffs on Asian factory hubs」Reuters ↩
「For retailers, US-Vietnam trade deal leaves questions」Reuters ↩
「Vietnam clamps down on fraud on US exports, document shows」Reuters ↩
「Tariffs reshuffle global trade priorities in 2025」McKinsey ↩
執筆者:補助金フラッシュ 士業編集部
補助金・助成金の活用法からAI導入、業務の生産性向上まで、中小企業の経営に役立つ情報を士業の専門家チームがわかりやすく解説します。
こちらもおすすめ

小規模事業者のための品質管理入門。顧客信頼を高めるQC活動の始め方
小規模事業者にとって、品質管理は大企業だけの専門業務ではありません。納期どおりに届く、前回と同じ仕上がりになる、問い合わせへの返答がぶれない。こうした日々の安定感が、顧客信頼を支えます。小規模事業者の品質管理は、特別な認証や大きなシステムからではなく、仕事のばらつきを減らす小さなQC活動から始めるのが現実的です。 この記事では、白書のデータと品質管理の基本をもとに、手作業が多い現場でも始めやすい進め方を取り上げます。まずは、身近な仕事のばらつきを見るところから始めましょう。

小規模事業者の経営戦略・経営計画の立て方
SWOT分析で弱みを並べると、経営計画を作った気になりやすいものです。人手が少なく、資金にも時間にも限りがあるほど、気になる弱みは次々に見つかります。 小規模事業者に必要なのは、弱みを全部直すことではなく、限られた人、時間、資金を選ばれる理由へ集めることです。経営戦略は、会社を平均点に近づける作業ではなく、どこで違いを出すかを決める作業です。限られた資源の使い道を決めると、弱みの優先順位も自然に変わります。 この記事では、弱み補強から抜け出し、経営戦略を経営計画へ落とし込む順番を考えます。

小規模事業者の組織・人材マネジメント入門。属人化を防ぎ、少人数でも機能するチームのつくり方
少人数の会社では、ひとりが休むだけで現場の流れが変わります。だからこそ最初から全部任せるより、経営者が仕事の型を作り、育った段階で手放すほうが現実的です。 これは監視を強める話ではなく、誰が担当しても迷わない組織に近づけるための人材マネジメントです。採用が難しい時代に、属人化を防ぎながらチームを育てる考え方を取り上げます。

小規模事業者のための労務管理入門。労働時間管理・給与計算の基本を解説
従業員を雇い始めると、雇用契約、勤怠、給与、届出など、確認することが一気に増えます。小規模事業者の労務管理で最初に整えたいのは、制度名を覚えることよりも、毎日の労働時間を正しく記録し、その記録から給与を計算する流れです。 36協定や就業規則は大切ですが、土台になるのは労働時間管理です。時間があいまいなままでは、給与計算も残業の判断も後から説明しにくくなります。 この記事では、初めて労務管理を見直す人に向けて、どこから手を付けるべきかを実務の順番で整理します。

国の補助金と自治体の上乗せ助成・利子補給制度の併用について解説
国の補助金を見つけると、そこで調べものを終えてしまいがちです。けれども、実際の負担額を大きく変えるのは、国の制度そのものより、その後に使える自治体の上乗せ助成や利子補給であることがあります。 大事なのは、補助金を割引券のように見るのではなく、国、都道府県、市区町村、金融機関がそれぞれ何を支援しているかを分けて見ることです。 この記事では、EV購入、賃上げを伴う設備投資、マル経融資の利子補給を例に、併用を考える順番を整理します。

補助金と融資はどう組み合わせる? 創業期、経営革新期のケース別資金調達プラン
補助金は、設備投資や販路開拓の背中を押してくれる制度です。しかし、採択されたらすぐ資金が入る、と考えて計画を組むと資金繰りでつまずきます。 補助金は投資の実質負担を軽くする手段であり、融資は支払いと入金の時間差を埋める手段です。資金調達プランでは、いくらもらえるかより、いつ支払い、いつ入金され、遅れたときにどこまで耐えられるかを先に見ます。 この記事では、創業期と経営革新期のケース別に、補助金と融資をどう組み合わせるかを整理します。最初の資金繰り表を作る材料としてお役立てください。