サプライチェーンマネジメント(SCM)で人材配置を最適化するには
サプライチェーンマネジメント(SCM)の在庫管理の考え方を人材配置に持ち込むと聞くと、人を部品のように扱う発想に見えて、少し身構えるかもしれません。
ですが本当に参考になるのは、人をぎりぎりまで削ることではなく、仕事の流れと需要の波に合わせて配置を動かす考え方です。重要なのは、多めに抱えるか、限界まで減らすかの二択から離れ、必要な能力が必要な場所に届く状態をつくることです。
この記事では、SCMの発想を人材配置に使うときの要点と、現場の生産性を高める始め方を整理します。
SCMの発想で人材配置を最適化する
人材配置でSCMを語るとき、最初に外したくないのは、対象が人数そのものではなく仕事の流れだということです。
どの部署に何人いるかだけを見ても、忙しさの偏りや待ち時間、引き継ぎの詰まりは見えません。まず見るべきなのは、どこで仕事が滞り、どの能力が足りず、どのタイミングで負荷が跳ねるかです。
人数合わせではなく、需要の波に合わせる
米ペンシルベニア大学ウォートン校の経営学者ピーター・キャペリは、人材管理をサプライチェーンの問題として捉え、企業は固定的な人員計画よりも、不確実性に対応できる反応の速さを持つべきだと説明しました1。
この発想を現場に置き換えると、年度初めに定員を決めて終わりではなく、受注量、問い合わせ件数、案件の難易度、季節変動のような需要の波を先に読み、その波に合わせて配置や育成を組み替えるということです。
人材配置の最適化は、人数の帳尻を合わせる作業ではなく、需要と供給のずれを小さくする作業だと考えると分かりやすくなります。
少ない負荷で仕事が流れる状態をつくる
ここで一つ、意外に知られていない事実があります。トヨタの欧州法人サイトは、トヨタ生産方式の本質を、ムダをなくすことだけでなく、仕事を楽にし、負担を減らすことだと説明しています2。同じページで、ジャストインタイム(JIT)は、必要なものを、必要なときに、必要な量だけつくる考え方だと整理されています2。
つまり、人材配置にSCMを応用するなら、目標は慢性的な人手不足をつくることではありません。手待ち、二度手間、連絡待ち、やり直しを減らし、少ない負荷で仕事が流れる状態をつくることです。
ここまでで、SCMの発想による人材配置は削減の話ではなく、流れの設計の話だと分かります。次に、生産性が上がりやすい見直し方を見ます。
どこから見直すと生産性が上がるのか?
生産性を高めたいとき、ありがちな失敗は、部門ごとに同じ発想で人員を積み増ししたり、逆に一律で削ったりすることです。
SCMの発想が役立つのは、部署の内側ではなく、前工程から後工程までのつながりを見るときです。全体の流れを見れば、人数が足りないように見える現場でも、実際には別の場所の滞留が原因だと分かることがあります。
部署ごとの定員より、ボトルネックを見つける
繊維専門商社のモリリンは、紡績から縫製まで各工程に精通した人材を持ち、素材開発から品質管理、物流までをつなぐ独自のSCMを強みとして説明しています3。
繊研新聞も、同社の物流改善プロジェクトを、部分最適から全体最適への転換として紹介しています4。この視点は人材配置でも同じです。先に探すべきは、どこに人が足りないかではなく、ボトルネックになっている工程はどこかという点です。
たとえば、営業の案件化は順調でも、見積承認が遅い、検品だけが詰まる、問い合わせ一次対応の判断者が一人しかいない、といった状態なら、追加採用より先に流れの細い場所を太くしたほうが全体は速くなります。
多能工を増やすと、繁忙の偏りに強くなる
中小企業庁の2018年版中小企業白書では、回答企業の73.3%が多能工化・兼任化に取り組んでおり、繁忙部署や工程に労働力を融通できることが、業務量の平準化や効率化に寄与すると整理されています5。
またJILPTは、多能工化を進める訓練が、生産現場で起きる不確実性への対応力の向上につながり、現場管理の改善は生産性向上に役立つと示しています6。
ここでいう多能工は、誰でも何でもできる人を増やすことではありません。隣接工程を代替できる人を増やし、欠員や繁忙が出たときに流れを止めない状態をつくることです。
たとえば、受注処理と納期回答、検品と出荷判定、一次問い合わせと返品判断のように、前後で強くつながる仕事をまたげる人が増えると、山谷に応じた再配置がしやすくなります。
逆に、専門性が高く事故コストも大きい業務まで一律に兼任化すると、教育負担のほうが先に膨らみます。多能工化は広げる順番が重要で、まずは標準化しやすい隣同士の工程から始めるほうが現実的です。
次に、逆に失敗しやすい条件を見ておきます。
人を在庫のように扱うと逆効果になる
SCMの考え方は便利ですが、人は在庫ではありません。部品と違って、人は学習し、疲れ、離職し、経験の差で品質が変わります。
ここを見落として、必要な瞬間だけ人を当てればよいと考えると、短期の帳尻は合っても、中長期では現場が弱くなります。
技能継承が切れると、足りないのは人数ではなく腕になる
経済産業省の2019年版ものづくり白書では、技能継承を重要と感じている企業が94%にのぼり、将来の技能継承に不安があると答えた企業は8割に達しています7。
この数字が示すのは、現場で不足しやすいのは単純な頭数ではなく、技能継承された能力だということです。必要な時期だけ外から採ればよいと考えても、段取り、異常の見つけ方、顧客ごとの癖のような暗黙知はすぐには埋まりません。
人材配置をSCMで考えるなら、今週の欠員を埋めるだけでなく、半年後に誰が教えられるかまで含めて設計する必要があります。
余裕をゼロにすると、品質と健康が先に崩れる
世界保健機関は、過大な業務量、低い裁量、雇用不安を含む悪い職場環境がメンタルヘルスのリスクになり、うつと不安によって世界で年間120億労働日が失われていると示しています8。
人材配置を詰め込みすぎると、引き継ぎ、改善、教育、休暇の時間が消え、短期的には回っているように見えても、品質や定着率が先に傷みます。
カナダのBC州政府は、人材計画を、事業目標に合わせて必要な人材を必要な場所と時期に配置するための分析と予測のプロセスとして位置づけています9。
重要なのは、必要最小限の効率と、必要最小限の余裕を両立させることです。JITでも在庫を完全にゼロにはせず、流れを止めないための最小限は持ちます2。人でも同じで、教育と引き継ぎの余白まで削る運用は、長くは続きません。
では、実務では何から始めればよいのでしょうか。
最初に何から手をつければいいのか?
ここまでの話を実務に戻すと、最初にやることは組織図の書き換えでも、大がかりな制度改定でもありません。まずは、仕事の流れを見える化し、どこで詰まり、誰が支え、何が不足しているかを把握することです。小さく始めたほうが、反発も少なく、数字でも効果を追いやすくなります。
もう一つ大切なのは、配置見直しを人事部だけの仕事にしないことです。仕事量の変化を一番早くつかむのは現場責任者であり、引き継ぎで詰まりやすい場所を知っているのも現場です。人事、現場、場合によっては情報システムや経理まで交えて、同じ数字を見る場を定例化すると、勘や声の大きさではなく事実で動かしやすくなります。
まずは需要表・スキル表・滞留表をつくる
おすすめしたいのは、三つの表をつくることです。
- 需要表。曜日、週、月ごとに仕事量がどう変わるかを見ます。受注、問い合わせ、トラブル対応、月末処理の偏りが見えます。
- スキル表。各メンバーが、一人でできる業務、補助ならできる業務、教えられる業務を分けて記録します。
- 滞留表。どの工程で待ちが起きるか、どこで差し戻しややり直しが多いかを書き出します。
この三つがそろうと、人を増やす前に、配置変更、兼任、教育で解ける問題がかなり見えてきます。需要表だけでは忙しさしか見えず、スキル表だけでは現場の詰まりが見えません。三つを重ねて初めて、どこに手を打つべきかが分かります。
最初から全社で始める必要はなく、月末に処理が集中する経理、問い合わせの山があるカスタマーサポート、特定工程だけ残業が増える製造ラインのように、波が見えやすい場所から始めるほうが成功しやすいです。
異動ではなく、再配置のルールを決める
次に必要なのは、個別判断に頼らない再配置ルールです。たとえば、案件の滞留が一定件数を超えたら隣接部署から応援を出す、欠勤が出たら誰が代わるかを事前に決める、繁忙月の前に二週間だけ教育時間を増やす、といった形で、動かす条件を先に決めます。
評価の指標も、部署ごとの人数や残業時間だけでなく、完了までの日数、やり直し率、顧客への返答速度、引き継ぎにかかる時間で見ると、配置の良し悪しが見えやすくなります。
SCMで人材配置を考える価値は、少ない人数で無理に回すことではありません。仕事の流れを整え、必要な能力を育て、波に合わせて動かせる状態をつくることです。人を在庫のように数え始めると失敗しますが、流れを止めるムダを見つける道具として使うなら、現場の生産性は着実に上げていけます。
まずは一つの工程、一つのチームから試してみてください。焦らず進めることが大切です。
執筆者:補助金フラッシュ 士業編集部
補助金・助成金の活用法からAI導入、業務の生産性向上まで、中小企業の経営に役立つ情報を士業の専門家チームがわかりやすく解説します。
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