中小企業の人材不足はなぜ倒産に直結するのか【前編】
原材料や物流費の上昇、人件費の増加、価格転嫁の難しさが同時に起きると、中小企業の経営は一気に苦しくなります。特に厄介なのは、人材不足が採用の一時的な不調ではなく、会社の回し方そのものに跳ね返ってくることです。前編では、退職が倒産に変わる仕組みを数字と構造で整理します。数字は従業員を縛るためではなく、会社を守るために使います。まずは現状を正確に見ます。小さく始めます。無理のない範囲で見直し、後編につながる視点を整えます。焦点を一つに絞ります。大枠をつかみます。
退職型倒産はどれくらい増えているのか?
2025年は100件を超えた、という事実から目をそらさない
従業員や幹部の退職が直接または間接のきっかけになった従業員退職型倒産は、帝国データバンクの集計で2025年に124件となり、集計可能な2013年以降で最多でした。年間で初めて100件を超えています。1
この数字は、街で見かける廃業のすべてを表すものではありません。帝国データバンクの倒産統計は、法的整理で負債1000万円以上という条件で集計されます。1 それでも、退職が引き金で会社が倒れるケースが、統計上はっきり増えている点は重いです。
同じ現象でも、調査機関や定義で件数は少し変わります。ただ、別の調査機関でも、人手不足や退職が関係する倒産が増えていると報じられています。2
数字の差は、集計対象や分類の違いで起きます。ここで大切なのは、増加傾向が複数の集計で確認できることです。退職が原因の倒産は珍しい例外ではなくなりつつある、と受け止めるのが現実的です。件数の大小を争うより、退職が経営リスクとして表面化している事実に目を向けた方が、次の行動につながります。
小規模ほど脆い、だからこそ設計が必要になる
退職型倒産が増える背景には、そもそも人手不足倒産全体が増えている事実があります。帝国データバンクは2025年の人手不足倒産を427件とし、初めて年間400件を超えたと報告しています。3
さらに重要なのは規模感です。同じ集計で、従業員10人未満の企業が329件と全体の約7割を占めました。3
人数が少ない会社ほど、一人が抜けた瞬間に仕事が滞り、納期遅れや品質低下が連鎖します。小さな組織では、一人が営業、現場、請求、仕入の複数役を担うことも珍しくありません。ここで起きるのは精神論ではなく、余白のないオペレーションの破綻です。
景気が弱くなると求人も減るのでは、という声もあります。確かに業種によって求人の動きは違います。とはいえ労働市場全体で見ると、ハローワークの有効求人倍率は2025年平均で1.22倍と、求人数が求職者数を上回る状態が続いています。正社員有効求人倍率は0.99倍と、こちらも大きく緩んだとは言いにくい水準です。4
中小企業の人材問題は、景気の波だけで片付かないことが多いです。採用が一度難しくなると、そのしわ寄せが残業や離職につながり、経営の足腰を削っていきます。
なぜ一人辞めると会社が回らなくなるのか?
属人化と資格依存が、いちばん静かなボトルネックになる
退職が致命傷になりやすい会社には共通点があります。仕事が属人化し、代わりがいない状態です。
例えば建設業では、現場を回すのに必要な資格を持つ人が抜けると、受注はあっても施工できません。帝国データバンクの退職型倒産でも建設業が最多で、資格を持つ現場作業員や営業担当の退職が目立つとされています。1
ITや専門サービスでも同じです。特定の担当者だけが顧客要望や設定情報を理解していると、その人が辞めた時点で、会社が提供できる価値そのものが縮みます。
属人化が怖いのは、普段は便利に見える点です。できる人に任せると、短期的には速く進みます。ところがその速さは、会社が抱えているリスクを見えにくくします。
引き継ぎ資料がない、手順が言語化されていない、顧客対応が個人の記憶に依存している。こうした状態は、退職だけでなく、病気や家族の事情、繁忙期の集中でも崩れます。人が足りない問題は、仕事の形の問題でもあると考える必要があります。
もう一つの典型は、重要業務が一人に集中しているのに、代替手段が準備されていない状態です。特定の人だけが取引先とやり取りできる、特定の人だけが請求や入金確認をしている、といった形です。給与計算や社会保険の手続、法令対応が同じ人に寄っているケースもあります。仕事が止まると入金が遅れ、資金繰りの悪化が現実になります。
売上より先に壊れるのはキャッシュである
退職のダメージは、まず売上に出るとは限りません。むしろ先に出るのは、残業代や外注費の増加、採用広告費、教育コストといったキャッシュの流出です。
人が減ると既存の人に負荷が寄り、残業が増えます。残業が増えると疲労がたまり、ミスが増え、クレーム対応の時間も増えます。事務作業が追いつかず、給与計算の修正や請求漏れが起きると、キャッシュのズレがさらに大きくなります。ここでさらに一人辞めると、連鎖が加速します。
売上を伸ばす努力が無駄になるわけではありません。ただ、退職が起きた瞬間に会社を守るのは売上よりもキャッシュです。支払いが回らなくなる前に、負荷と支出の増え方を止める設計が必要になります。退職が出たときに、どの仕事を守り、どの仕事を一時的に断るかも、あらかじめ決めておくと判断が速くなります。
利益が出ていても資金繰りが苦しくなるのは、仕入や外注の支払いタイミング、入金サイト、在庫、借入返済が絡むからです。人が減ると納期が遅れ、入金が遅れる一方で、外注費や採用費は先に出ていきます。
このズレが積み上がると、退職は人の問題を超えて資金の問題になります。だからこそ、次に紹介する指標は利益だけでなくキャッシュも意識した形にします。
賃上げが難しい理由はどこにあるのか?
価格転嫁が半分で止まると、賃金原資が作れない
退職の話は、すぐに賃上げの議論に流れがちです。ただし賃上げは気持ちだけでは実現しません。原資が必要です。
経済産業省のフォローアップ調査では、コスト増を一部でも価格に反映できた企業の割合として価格転嫁率52.4%が示されています。5 つまり、半分近くは十分に転嫁できていない可能性があります。発注側から価格交渉を申し入れた割合が3割程度という結果もあり、交渉の主導権が弱い企業ほど厳しくなります。5 価格転嫁の議論が進みにくい背景には、根拠資料が用意できていない、取引先の担当者が変わっている、値上げの話を切り出すタイミングがない、といった実務上の壁もあります。
最低賃金も上がっています。2025年度の地域別最低賃金は全国加重平均で1,121円(前年差+66円)と発表され、目安制度開始以降で最大の引上げ幅とされています。6
最低賃金は非正社員に関係する話に見えますが、実務では全体に波及します。時給を上げると、同じ職場の他の賃金バランスも見直しが必要になります。社会保険料の会社負担も含めると、賃上げの負担は給与の増分だけではありません。
この状態で価格が上げられないと、従業員に還元したくてもできない会社が増えます。ここが、大企業に人が流れる構造の一部です。
議論を止めて、経営の問いに変える
会社の責任か我慢不足かではなく、リスクを管理する
退職をめぐる議論は、会社の責任か、従業員の我慢不足か、という二択になりやすいです。けれど経営の現場で必要なのは判定ではありません。必要なのは、一人の退職で倒れない状態を作ることです。
退職の理由は単純ではありません。厚生労働省の雇用動向調査では、転職入職者が前職を辞めた理由として、男性は収入の少なさ、女性は労働条件や職場の人間関係が上位に挙がっています。7 賃金、働き方、マネジメントが絡む以上、打ち手も複数を組み合わせる必要があります。
ここで重要なのは、どこまでが自社で変えられる要因かを見極めることです。例えば景気や人口動態は変えにくいです。一方で、残業の発生構造、評価の基準、引き継ぎの仕組み、外部に出せる仕事の切り分けは変えられます。
責任論に時間を使うより、変えられる要因に集中した方が、キャッシュと信頼を守れます。例えば、退職が出た直後に受注の止め方を決めておく、外注や派遣に切り替える条件を決めておく、顧客への説明テンプレートを用意しておく、といった準備です。ここまでで、退職が倒産に直結する背景が整理できました。次は、何から手を付けるかです。
前編で押さえる指標と、後編の全体戦略
まず見るべき3つの数字
人材問題を感覚で語ると、打ち手が散らばります。最初は、利益とキャッシュを守るための数字に落とします。難しい指標は要りません。例えば次の3つです。
- 月次の粗利額と粗利率(価格改定の余地を探すため)
- 残業時間と残業代(負荷の偏りを見つけるため)
- 退職予兆のサイン数(面談回数、欠勤、ミス増などの観察を数える)
粗利は、売上から仕入や外注など変動費を引いた残りで、賃上げや採用の原資の出発点です。残業は、仕事の構造の歪みを映します。予兆のサインは、気合いではなく行動で把握するための道具です。
数字は完璧でなくて構いません。継続して見られる形にし、毎月の会議で5分だけでも確認する。これだけで、議論が具体になります。
たとえば残業が増えているなら、まずは残業の多い業務名を3つ書き出し、誰が何に時間を使っているかを見ます。粗利が落ちているなら、値上げが難しい取引先を特定し、交渉の準備をします。予兆サインは、退職の意思が固まる前に対話の機会を作るためのものです。早い段階で少しでも手当てできれば、採用や教育にかかる負担も抑えられます。
後編では、採用だけに頼らない打ち手を組み合わせる
後編では、上の数字を起点にして、辞めにくい環境を作る施策と、辞めても回る体制を作る施策を一つの戦略にまとめます。賃上げ、残業削減、評価制度、外部人材の活用、デジタル化(DX、デジタルトランスフォーメーション)を、場当たり的に足さないためです。
後編を読む前に、直近1年で一番痛かった退職を1つだけ思い出してください。誰が辞め、どの仕事が止まり、どの支払いが増えたか。そこから、次の一手が具体化します。大きな改革より、倒れない順番を決めることが先です。
従業員や経営幹部の退職が起因した倒産を従業員退職型として集計し、2025年は124件で過去最多と報告している。集計条件(法的整理、負債1000万円以上)も記載している。帝国データバンク(2026年2月7日) ↩
人手不足関連倒産の動向を公表し、2025年の内訳として従業員退職要因も取り上げている。東京商工リサーチ(2026年1月10日) ↩
人手不足を原因とする倒産を集計し、2025年は427件、うち従業員10人未満が329件(77.0%)と報告している。帝国データバンク(2026年1月8日) ↩
2025年平均の有効求人倍率が1.22倍であったことなど、ハローワーク統計を月次で取りまとめて公表している。厚生労働省(2026年1月30日) ↩
価格交渉促進月間のフォローアップ調査結果として、価格転嫁率52.4%や発注側からの交渉申入れ割合31.5%などを公表している。経済産業省(2025年6月20日) ↩
地域別最低賃金の答申状況を取りまとめ、全国加重平均額が1,121円で前年差+66円と発表している。厚生労働省(2025年9月5日) ↩
転職入職者が前職を辞めた理由の構成比を示し、男性は給料等収入が少なかった、女性は労働条件が悪かったや職場の人間関係が好ましくなかったなどが上位と記載している。厚生労働省(2025年8月26日) ↩
執筆者:補助金検索Flash 士業編集部
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