事業承継というと、親族内で決めるか、最後に第三者への引き継ぎ先を探すかという二つの選択肢で考えがちです。ですが、実際に円滑に引き継がれた例を見ると、共通していたのは後継者探しそのものより、引き継げる状態を先に整えていたことでした。
本記事では、事業承継の成功事例と承継時のポイントをご紹介します。読み終える頃には、自社で何から準備すべきかがはっきりします。

なぜ今、親族だけで考えると間に合わないのか?
親族内承継だけでは候補が足りない
親族内承継は今も大切な選択肢です。中小企業庁の検討資料でも、多くの経営者はまず親族内承継を優先して考える傾向が示されています1。
ただ、現実の代表者交代は少しずつ変わっています。帝国データバンクの2025年調査では、交代後の就任経緯で内部昇格が36.1%となり、同族承継(家族に引き継ぐ形)の32.3%を上回りました2。
この数字が示すのは、親族が候補にいないと終わり、という時代ではないことです。むしろ成功事例では、親族に限らず、従業員、外部の担い手まで候補を広げています。誰に継がせたいかだけでなく、誰なら継げる形にできるかまで考えた会社のほうが、話を前に進めやすいのです1。
親族が第一候補なら、それで問題ありません。ただ、第一候補だけを書いて終わると、本人の意思確認が遅れたときに準備も止まります。第二候補、第三候補まで置いておく発想が、いまの事業承継では欠かせません。
ここから先は、実際の事例で、その準備がどう見える形になっていたのかを確かめます。
呉市の楽器店の事例
地域に必要な役割を、数字より先に伝えた
その好例が、呉市の楽器店です。呉市は広島県のスタートアップ連携事業で、商店街の事業承継を地域課題として掲げ、ライトライトのrelayを採択しました。
ここで採られたのが、店名を伏せずに募集するオープンネーム(店名を出して後継者を募る方式)です3。呉楽器店の募集ページには、学校向けの楽器や楽譜の販売、祭で使う笛の供給、幅広い世代が通う音楽教室など、店が地域で果たしてきた役割が具体的に書かれていました4。
引き継ぎ条件を先に開示し、不安を減らした
重要なのは、役割だけでなく、引き継ぎ条件まで見える形になっていたことです。ページには、譲渡の対象、取引先の紹介、音楽教室講師との引き継ぎ、前経営者による支援、屋号の扱い、学校や祭の受注があるため一定の売上が見込めることまで整理されていました4。
引き継ぐ側から見ると、これは抽象的な思いではなく、実際に判断できる情報です。
加えて、現経営者自身が2009年に先代から店を引き継いだ二代目である点も見逃せません4。自分が受け継いだからこそ、次の担い手がどこで不安になりやすいかを理解し、取引先紹介や一定期間の支援まで条件に落とし込めたと見られます。
承継を経験した会社ほど、次の承継の説明が具体的になる。これは、実務ではかなり大きな差になります。
しかも、この募集は後に成約済みとなっています4。良い事業でも、価値が伝わらなければ候補者は判断できません。
ここで必要なのは、失われるものと引き継げるものを見える化することです。地域で何が失われるのか、何を引き継げるのか、引き継いだ直後にどこまで支援があるのか。この三つまで言葉にできて、初めて第三者にも選択肢になります。地域の役割が見えている事業ほど、再建より継続の設計がしやすいからです。
ただ、情報を公開するだけでは前向きな承継にはなりません。次の事例は、公開の仕方そのものが成否を分けた例です。
宮崎のCORNERの事例
閉店の説明まで公開し、次の担い手が入りやすくなった
宮崎のCORNERは、公開の仕方が承継の印象を変えた例です。譲る側は、閉店をただのネガティブな出来事として終わらせず、これまでの流れを含めて公開したほうが次につながると考えました。引き継ぐ側も、relayに載った情報を通じて、店の背景や方向性を理解したうえで意思決定しています5。
募集ページでも、街のシンボルとして積み上げてきた価値と、次の担い手には新しい挑戦をしてほしいという期待が示されていました6。
この事例のポイントは、公開の設計が丁寧だったことです。なぜ譲るのか、何を残したいのか、次の担い手にどこまで変えてほしいのかまで見えると、承継は単なる店の売買ではなくなります。
インタビューでは、公開後も思ったほどネガティブな反応は出ず、むしろ好意的に受け止められたと振り返られています5。特に商店街の店や地域で知られた店は、黙って閉めると憶測が広がりやすく、従業員や常連客にも不安が伝わります。前向きな引き継ぎとして説明できれば、応援する空気が生まれやすくなります。
もちろん、すべての会社が同じように広く公開できるわけではありません。取引先との秘密保持や従業員への影響が大きい場合は、非公開で進めるほうが安全な場面もあります。
ただ、その場合でも必要な準備は同じです。事業の価値、引き継ぎ条件、残したい方針を文書にしておかないと、候補者との対話は深まりません。公開するかどうかより前に、説明できる状態かどうかが問われます。
公開の仕方が整っても、最後の契約や関係者調整で止まることは少なくありません。そこで差が出るのが、外部支援の使い方です。
成功事例に共通する、支援機関の使い方
決め手は、紹介だけでなく契約まで一緒に進めること
もう一つの共通点は、外部の支援を早めに入れていることです。国の事業承継・引継ぎ支援センターは、親族内承継から第三者への引き継ぎまで相談できる公的窓口です7。
長崎県五島市のスーパー新鮮館すずらんでは、後継者探しが難航し、いったん閉店が決まりかけました。最終的には取引先だった奈留島運輸が引き継ぎを決断し、支援センターがマッチングと契約手続きを一緒に進めたことで、営業を止めずに承継でき、19人全員の雇用も維持されました8。
支援機関が入る価値は、書類の作成だけではありません。奈留島運輸の事例でも、承継のポイントは信頼関係だったと支援側が説明しています8。売り手が何を残したいのか、受け手が何に責任を持てるのかを第三者が間に入って整理すると、話し合いは感情論だけで止まりにくくなります。
支援センターは全国に設置されており、親族内承継でも第三者承継でも相談できます7。自力で候補者と交渉すると、言いにくい条件がそのまま判断の遅れになりやすいため、早めに専門家を入れる意味は大きいです。
しかも、中小企業庁は中小企業の経営者で60歳以上が過半数だと示しており、ガイドラインでも準備や育成には5年以上かかることが多いと整理しています910。
体力や健康に余裕があるうちに、外部の力を借りて進めるほうが、選べる手段は増えます。成功事例に共通するのは、困ってから相談したのではなく、選択肢が残っているうちに相談していたことです。
では、自社ではどこから手をつければよいのでしょうか。大がかりな計画より先に、まず三つの材料をそろえるのが近道です。
自社で始めるなら、最初に何を準備すればいいのか?
60日で整えたい3つのメモ
成功事例に共通していたのは、最初から立派な計画書を作ることではありません。まずは、候補者と具体的な話ができる最低限の材料をそろえることです。次の三つがあるだけで、親族、従業員、第三者のどのルートでも話が前に進みやすくなります。
- 事業の役割メモ
売上や利益だけでなく、誰が困るのか、地域や取引先に何を残しているのかを一枚にまとめます。呉楽器店なら学校と祭、すずらんなら島の暮らしです。
- 引き継ぎ条件メモ
譲れる資産、残る契約、借入の有無、屋号の扱い、前経営者がどこまで支援できるかを書きます。候補者が最初に確認したいのはここです。
- 相談先メモ
親族、従業員、外部の担い手、公的支援窓口の順に、どこへいつ相談するかを決めます。親族だけに絞って時間だけが過ぎる、という遅れを防げます。
60日といっても、大きな費用は要りません。最初の2週間で現経営者と家族、幹部に聞き取りをし、次の2週間で資産や契約を整理し、残りの期間で親族、従業員、公的窓口の順に相談先を当てはめていく流れで十分です。
早い段階で空欄が見つかれば、それ自体が準備課題になります。完璧に埋めることより、何が未整理なのかを把握することのほうが先です。
事業承継の成功事例は、特別な会社だけの話ではありません。共通しているのは、現れても判断できる状態を先に作っていたことです。親族に候補がいる場合でも、いない場合でも、この準備はそのまま使えます。
残したい事業があるなら、最初の一歩は後継者探しではなく、引き継げる形を言葉にすることから始めるのが近道です。
出典・参考資料
執筆者:補助金フラッシュ 士業編集部
補助金・助成金の活用法からAI導入、業務の生産性向上まで、中小企業の経営に役立つ情報を士業の専門家チームがわかりやすく解説します。
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