脱炭素に取り組む企業が増えても、自社工場の電力削減だけでは全体像が見えないことが少なくありません。
サプライチェーン全体の脱炭素化とは、原材料調達から物流、製品の使用、廃棄までを含めて排出量を把握し、削減を取引先と一緒に進めることです。重要なのは、数値を出すこと自体ではなく、排出が大きい工程を見つけて、調達や製品設計の判断に結びつけることです。
本記事では、必要性、メリット、先行企業の取り組みを整理しながら、最初の一歩をどう切るかまで見ていきます。読み終える頃には、自社で何から始めるべきかが見えてきます。

サプライチェーン全体の脱炭素化の必要性
自社工場での削減だけでは足りない
サプライチェーン全体の脱炭素化が必要になる最大の理由は、排出の中心が自社の外にあることです。
国際的な温室効果ガス算定の基準であるGHG Protocolは、多くの企業で総排出量の大半がScope3(スコープ3)にあると説明しています。Scope3には、購入した原材料や部品、物流、販売後の使用、廃棄までが含まれます。
つまり、自社工場の省エネだけを見ていても、全体では大きな排出源を見落としやすいのです。1
排出量が大きいほど、サプライヤー連携が欠かせない
この点を数字で示したのが、企業の環境情報開示を集めるCDP(国際的な非営利団体)の分析です。2023年に開示されたデータでは、企業のサプライチェーン由来のScope3排出量は、平均で直接排出と電力由来排出の26倍でした。
もちろん業種差はありますが、少なくとも製造業や素材産業では、工場の努力だけで全体の脱炭素化を語るのは難しいと分かります。
ここまでで、自社の中だけを改善する発想では足りない理由が見えてきます。次に、そもそもどこまでを見ればサプライチェーン全体と言えるのかを整理します。2
サプライチェーン全体の脱炭素化は、何をどこまで含むのか?
原材料、物流、使用、廃棄までを一つの流れで見る
サプライチェーン全体の脱炭素化は、単に取引先へ削減をお願いすることではありません。製品やサービスが生まれてから役目を終えるまでの流れを一本で見て、どこでどれだけ排出が出るかを把握することです。
日本の環境省は、製品単位の排出量であるCFP(カーボンフットプリント)を、原材料調達から廃棄、リサイクルまでのライフサイクル全体を通した温室効果ガス排出量だと定義しています。会社単位で見るScope3と、製品単位で見るCFPを組み合わせると、経営と現場のどちらにも使いやすい地図ができます。3
平均値ではなく、実データを増やすと改善が見える
もう一つ大事なのが、平均値だけでは削減努力が見えにくいという点です。環境省の1次データ活用ガイドは、業界平均の排出係数のような2次データだけで算定すると、サプライヤーが実際に進めた削減が反映されにくいと指摘しています。
そのため、排出量の大きい原材料や部品から、取引先の実測値や実績値である1次データを受け取り、算定に反映していくことが重要になります。
ここで役立つのが、ライフサイクル評価であるLCA(ライフサイクルアセスメント)に基づいて第三者検証を受けたEPD(環境製品宣言)のような仕組みです。45
ただし、1次データを増やせば何でも比較できるわけではありません。製品同士を公正に比べるには、どこまでを算定範囲に含めるか、どんなルールで計算するかをそろえる必要があります。
SuMPO EPDが重視しているのも、まさにこの共通ルールと第三者検証です。数字の信頼性は、データ量だけでなく、算定条件のそろえ方で決まります。排出量の把握は、細かい計算のためだけに行うものではありません。
実データが入るほど、どのサプライヤーの工夫が効いているのか、どの素材の見直しが有効なのかが見えやすくなります。すると、脱炭素化は報告業務ではなく、調達や設計の改善につながる仕事に変わります。5
メリットを出すには、算定を経営判断にどうつなげるか?
ホットスポットが分かると、優先順位を決めやすい
企業にとって最初のメリットは、排出量が大きい工程を特定できることです。環境省は、CFPを算定するとライフサイクルの中で排出量が多いポイント、いわゆるホットスポットを見つけやすくなり、効果的な削減策を検討できると説明しています。
これは実務で大きな意味があります。すべての取引先に同じ深さで対応するのではなく、排出量の大きい素材、輸送、使用段階などに絞って手を打てるからです。3
調達先や顧客に、根拠のある説明ができる
二つ目のメリットは、数字を根拠に説明できることです。日本では、環境省がCFP表示の指針を公表し、経済産業省も製品別の算定ルールづくりを支援しています。
海外では、EUの電池規則の下で、対象となる電池にカーボンフットプリントの申告を求める枠組みが整備されています。
すべての業界が同じ速さで進むわけではありませんが、排出量データが取引や制度対応の言葉になりつつある流れは共通です。早く着手した企業ほど、顧客からの照会や調達条件の変化に慌てにくくなります。6789
見落としたくないのは、表示や報告書づくりそのものが目的ではないという点です。環境省の資料が繰り返し示しているのは、CFPの算定と表示は、企業の取組促進と消費者や顧客とのコミュニケーションを支える手段だということです。
数字を出して終わるのではなく、どの製品を改良するか、どの調達先と改善を進めるかを決める場面で使ってこそ、算定のコストに見合う価値が出ます。36
社外向けの説明材料が整うと、社内でも判断がしやすくなります。投資、購買、設計の部門が同じ前提で話せるようになれば、脱炭素化は環境部門だけの仕事ではなく、事業の優先順位を決めるための基盤になります。
先行企業の事例
半導体と電池では、共通サプライヤーとの協働が進んでいる
最近の事例を見ると、先行企業は自社の目標だけを掲げて終わっていません。半導体大手のInfineonと、台湾の半導体受託生産企業UMCは、共通サプライヤーの排出削減を進めるために覚書を結び、ワークショップや知見共有を通じて、サプライヤー自身の科学的根拠に基づく目標設定を後押しするとしています。
Infineonは、排出量ベースで72.5%の対象サプライヤーに2029年までに科学的根拠に基づく目標を持ってもらう方針を掲げ、UMCは2022年以降、400社超のサプライヤーと排出管理を進めてきました。ここで見える共通点は、脱炭素化を一社で完結させず、共通の供給網で進めていることです。10
電池でも同じ流れが起きています。BMWグループと、車載電池大手のCATLは2026年、電池サプライチェーンの脱炭素化と、電池の由来や排出量を追跡する仕組みである電池パスポートを前提にした信頼性の高いデータ交換で協力する覚書を締結しました。
単に電池を調達する関係から、カーボンフットプリントの算定方法やデータ連携まで踏み込んだ協業に進んでいる点が重要です。脱炭素化は、購買条件の話であると同時に、データ連携の設計でもあると分かります。11
製品単位の開示では、素材メーカーの努力も反映できる
日本の事例として分かりやすいのが、キヤノンと素材大手の帝人の取り組みです。キヤノンは帝人と協業し、バージン樹脂材料分野のCO2排出量を実データで算定するルール整備を進め、帝人は同分野で国内初となる日本のEPDプログラムであるSuMPO EPDの登録を実施しました。
さらにキヤノンは、その実データを自社製品のライフサイクルCO2排出量算定へ組み込み、製品のSuMPO EPDを公開しています。12
この事例の意味は、素材メーカーの削減努力が、最終製品メーカーの算定結果にきちんと反映される道筋を作ったことにあります。これまで平均値に埋もれていた改善が、検証可能なデータとして受け渡されるようになれば、サプライヤーの努力は価格以外の評価軸にもなります。
ここまでの事例をつなげて読むと、先行企業の取り組みはどれも協業、実データ、共通ルールの三つに収れんしています。
小さく始めるなら、どこから手をつけるのか?
まずは排出量が大きいカテゴリか、要求が強い製品から始める
サプライチェーン全体と聞くと、最初から全社、全製品、全サプライヤーを対象にしなければならないように感じるかもしれません。
しかし環境省の1次データ活用ガイド自体が、Scope3には多くの項目があり、どこから優先的に取り組むべきか、どこまで労力をかけるべきかに答えるための実務ガイドだと位置づけられています。
全社一斉ではなく、優先順位を決めることが出発点です。最初の確認項目は、次の三つで十分です。4
- どの原材料、部品、物流工程が排出量の大きい候補なのか
- どの製品、顧客、輸出先で排出量データの要求が強いのか
- どの取引先なら実データやEPDを出せるのか
中小企業では、取引先から突然データを求められたときに何を返せばよいか分からず、対応が止まることがあります。
その場合も、最初から詳細なLCA報告書を作る必要はありません。まずは対象製品、算定範囲、使った排出係数、実データか平均値かを整理し、後から精度を上げられる形でまとめることが大切です。
要求に対して何も出せない状態より、前提条件が明確な試算を持っている状態のほうが、次の対話に進みやすくなります。34
二次データで全体をつかみ、一次データへ広げる
進め方としては、まず2次データで全体像をつかみ、そのうえで重要なカテゴリだけ1次データに置き換えていくのが現実的です。
Scope3やCFPの算定は、最初から完璧な精度を目指すより、意思決定に使える粒度まで早く持っていくほうが役立ちます。
たとえば、排出量の大きい樹脂、金属、電池、輸送から着手し、取引先には算定条件と対象範囲をそろえてデータ提供を依頼する。第三者検証を受けたEPDがあれば、それを優先して活用する。そうした順番なら、負担を抑えながら精度を上げていけます。45
サプライチェーン全体の脱炭素化は、工場の外にある排出を見て見ぬふりしないための経営テーマです。必要性が高いのは、排出の多くが外にあるからであり、メリットが大きいのは、調達、設計、説明責任を同じデータでつなげられるからです。
先行企業の事例が示しているのは、脱炭素化の成否を分けるのが、目標の大きさよりも、サプライヤーとデータを共有できる仕組みを持てるかどうかだということです。
明日から着手するなら、まずは排出量が大きい一つのカテゴリを決め、そこから実データを集め始めるのが最も現実的です。
出典・参考資料
「Corporates’ supply chain scope 3 emissions are 26 times higher than their operational emissions」CDP ↩
「1次データを活用したサプライチェーン排出量算定ガイド - 削減努力が反映されるScope3排出量算定へ - (Ver1.0)」環境省 ↩
「Calculating the carbon footprint of industrial batteries: a methodological support」Joint Research Centre ↩
「Infineon and UMC partner in driving decarbonization across the supply chain」Infineon Technologies ↩
「CATL and BMW Sign a MOU to Deepen Cooperation on Battery Passport and Decarbonization」CATL ↩
「バージン樹脂材料で国内初のSuMPO EPDを活用した実データに基づく製品CO2排出量を算定 サプライヤーとの協業によりサプライチェーン全体の脱炭素化に貢献」キヤノングローバル ↩
執筆者:補助金フラッシュ 士業編集部
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