サプライチェーンのリスク対策は、在庫だけで足りるのか? ホルムズ危機で見えた3つの弱点

補助金フラッシュ 士業編集部

ホルムズ海峡をめぐる緊張は、原油価格の話だけでは終わりません。今回の危機が示したのは、サプライチェーンが止まる順番は、私たちが普段見ている売上や調達額の大きさとは一致しないということです。
先に見直すべきなのは、輸送ルート代替しにくい原料切替に時間がかかるベンダーの3つです。どのような危機でも、止まり方の骨格はよく似ています。読み終える頃には、自社のどこから点検すべきかが見えやすくなるはずです。経営会議や購買部門の打ち合わせに、そのまま持ち込みやすい形で整理します。

なぜ原油備蓄があっても工場は止まり得るのか?

石油全体の備蓄と、個別原料の確保は別問題

3月10日時点のロイターによると、ホルムズ海峡は通常、世界の原油とLNG(液化天然ガス)の約2割が通る要衝で、戦争開始後の通航量は97%落ち込みました。日本は官民合わせて254日分の石油備蓄を持っていますが、経済産業省も原油輸入の9割超を中東に依存する前提で対応を進めています。12

ここで重要なのは、石油全体の備蓄があることと、工場が必要とする個別原料が予定通り届くことは同じではない、という点です。

化学工場は、抽象的な原油ではなく、ナフサ(石油化学の原料になる油種)や特定ガスのような中間原料で動いています。

しかも、完成品メーカーより手前の工程ほど、切替先の品質確認や配合条件の調整に時間がかかりやすいです。自動車、家電、包装材のような最終製品が止まる前に、まず石化の基礎原料で詰まりやすいのはこのためです。

この違いは、すでに化学業界で表面化しています。三菱ケミカルグループは3月9日にエチレン減産を開始し、三井化学も3月10日に大阪と千葉の設備で減産に入りました。エチレンはプラスチックの基礎原料です。さらに、シンガポールの石化会社PCSは3月5日に不可抗力を通知しています。

つまり、危機の初期に先に揺れるのは、完成品よりも原料と中間材の流れであり、在庫日数の大きさだけでは安心できないということです。次は、自社の弱点をどの順番で洗い出すべきかを見ます。345

自社の弱点はどこから洗い出せばいいのか?

まず輸送ルートを、製品別に分けて見る

調達先を国名だけで管理している会社は少なくありません。しかし、同じ中東依存でも、原油、ナフサ、ヘリウム、完成品では通る港も保険条件も代替経路も違います。経済産業省の通商白書も、地政学リスクだけでなく、自然災害やパンデミックがサプライチェーンの脆弱性を顕在化させたと整理しています。6

まず必要なのは、国別一覧ではなく、どの品目がどの海峡、港、空港、物流会社、保険条件にぶら下がっているかを見える化することです。

このとき、一次仕入先だけを見ると抜け漏れが出ます。自社の取引先が国内企業でも、その先で使う原料や海上輸送が中東に集中していれば、実際のリスクは外にあります。

品目ごとに、調達先、製造拠点、積み出し港、通過ルート、最終搬入手段まで一本の線で書き出すだけでも、危ない場所はかなり見えます。

この考え方は今回だけの話ではありません。経済協力開発機構(OECD)は、東日本大震災、2011年のタイ洪水、新型コロナ、スエズ運河の閉塞、紅海の安全保障問題を、いずれも生産ネットワークを乱した事例として並べています。ショックの種類が違っても、企業が最初に見るべきなのは、どの経路が止まると何日で自社工程に波及するのかという地図です。7

次に、代替しにくい原料を三段階で分ける

二つ目に見るべきは、代替の難しさです。韓国政府は、イラン情勢が長引けば半導体生産に支障が出るおそれがあるとして、ヘリウムを例に警戒感を示しました。ロイターは、ヘリウムには現時点で有力な代替手段がなく、韓国の半導体供給網は中東依存の高い14品目を抱えると伝えています。8 ここで見るべきなのは価格ではなく、代替しにくさです。

実務では、原料を三段階に分けると動きやすくなります。止まると数日で生産に響くもの、代替先はあるが数週間かかるもの、国内や近隣市場で置き換えやすいものです。調達額が小さい品目でも、工程を止める力は大きいことがあります。

だから、年額の大きい順に点検するより、止まったときの影響時間で並べ直した方が、本当の弱点が見えます。さらに、その並び替えをしておくと、次に詰まりやすい物流と契約の接点まで見えやすくなります。

価格上昇より先に、どこが崩れるのか?

物流会社と契約条項が、最初の分岐点になる

危機が起きると、ニュースでは原油や運賃の上昇が目立ちます。ですが、現場で先に問題になるのは、納期が読めないこと、船を出せるか不明になること、そして契約上どこまで履行義務が残るかが曖昧になることです。PCSの不可抗力通知や、日本企業のナフサ減産は、その典型です。45 契約条項の確認が遅れると、代替調達ができても、品質承認や輸送条件の変更で手が止まります。

この段階で確認したいのは、不可抗力の適用範囲、代替品の承認手順、物流会社の切替条件、顧客への通知期限です。危機対応というと在庫の積み増しが先に浮かびますが、契約と物流の条件が空白のままだと、在庫を持っていても次の便を確保できません。価格が上がる前に、まず運べるか、受け取れるか、契約上切り替えられるかを確認する必要があります。

いまはソフトウェアやAIベンダーも供給網に入る

もう一つ見落としやすいのが、調達対象が物だけではなくなっていることです。アメリカのAI企業Anthropicは3月5日、米国防総省からサプライチェーンリスクに指定されました。

その後、Microsoftは3月10日、同指定の停止を求める訴訟を支持し、政府向けの提供体制を急に組み替えると、請負企業に高コストの混乱が生じると主張しています。910

この件は軍事分野の特殊事例に見えるかもしれません。ですが、教訓はかなり一般的です。いまの調達台帳には、原料や部品だけでなく、設計ソフト、クラウド、API(他システムとつなぐ窓口)、AIモデル(生成AIの基盤となるソフトウェア)も入ります。

しかも、これらは代替ベンダーがいても、セキュリティ審査、利用規約、接続試験、社内承認に時間がかかります。

つまり、ベンダーの利用資格や利用条件の変更も、物理的な供給停止と同じように事業継続リスクになり得るのです。

ここまでを見ると、危機対応は在庫を増やす作業ではなく、切り替えを速くする設計だと分かります。最後に、明日から着手しやすい形に落とします。

明日から始めるリスク対策は何か?

30日で作る初動リスト

最初から全品目を対象にすると、たいてい途中で止まります。まずは売上や利益ではなく、生産停止の影響が大きい上位20品目に絞り、4週間で見直すのが現実的です。確認したいのは次の4点です。

  • 調達先の国ではなく、通過ルートと使用港まで書けているか
  • 代替先の候補と、切替に必要な日数が分かっているか
  • 品質保証や顧客承認を、平時のうちにどこまで済ませているか
  • 誰が、どの条件で切替を決めるのかが決まっているか

OECDは、強い供給網をつくるには在庫だけでなく、予備生産力、待機能力、そして官民での定期的なストレステスト(負荷をかけた点検訓練)が重要だと述べています。企業に引き直すと、備える対象は在庫だけではなく、代替契約試験済みの切替先意思決定の訓練まで含むということです。11 ここを平時に回しておくと、危機時の会議は状況確認に集中でき、準備不足の洗い出しで時間を失いにくくなります。

初動リストは、一度作って終わりにしない方が安全です。担当者の異動、物流会社の変更、取引先の再委託、ソフトウェアの仕様変更があるたびに、実際の弱点は静かに変わります。月次で更新し、四半期ごとに30分でも机上訓練をしておくと、危機時の連絡経路や承認の詰まりが見つかります。訓練の目的は正解探しではなく、どこで判断が遅れるかを知ることです。

もう一つ大事なのは、社内だけで完結させないことです。調達、品質保証、営業、法務が別々に動くと、代替品は見つかったのに顧客承認が取れず、結局ラインを落とすことがあります。危機時の供給配分まで含めて、部門横断で同じ表を使うことが、初動を速くします。

在庫を増やす前に、切替ルールを決めておく

在庫の積み増しは必要な場面があります。ただし、在庫だけでは、長引く危機や複合ショックには耐えにくいです。自然災害でもパンデミックでも、最後に差がつくのは、誰が何を見て切り替えを判断するかが決まっているかどうかでした。67 切替ルールがない会社は、情報は集まっても、意思決定が遅れます。

例えば、海上ルートの停止が7日を超えたら代替調達に切り替える、14日を超えたら利益率ではなく供給責任の高い製品を優先する、といった基準は、危機の最中ではなく平時に決めておくべきです。顧客連絡の文面や、品質承認の責任者まで事前に決めておけば、現場は迷いにくくなります。危機対応の質は、在庫の量だけでなく、判断基準の明確さで大きく変わります。

今回のホルムズ危機が教えているのは、在庫を無限に増やせという話ではありません。自社が1日、7日、30日でどこから止まるのかを言語化し、その順番に備えることです。そこまでできていれば、地政学リスクだけでなく、自然災害やパンデミックのような別のショックが来ても、慌て方はかなり変わります。

  1. 「What are the challenges in securing shipping through the Strait of Hormuz?」Reuters

  2. 「赤澤経済産業大臣の閣議後記者会見の概要」経済産業省

  3. 「三菱ケミカル、中東情勢鑑みエチレン減産開始 化学製品に影響」ロイター

  4. 「Mitsui Chemicals cuts output with other Japanese companies amid Iran crisis」Reuters

  5. 「PCS Pte. Ltd. Issues Formal Notice of Force Majeure」PCS Pte. Ltd.

  6. 「第3節 サプライチェーン強靱化に向けた対外経済政策」経済産業省

  7. 「Tracking the risks in production networks」OECD

  8. 「Iran crisis could disrupt supply of key chipmaking materials, South Korea warns」Reuters

  9. 「Pentagon designates Anthropic a supply chain risk」Reuters

  10. 「Microsoft backs Anthropic in amicus brief to halt US DOD's 'supply-chain risk' designation」Reuters

  11. 「Promoting resilience and preparedness in supply chains」OECD

執筆者:補助金フラッシュ 士業編集部

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