事業承継士は取るべきか? 資格の概要、難易度、取得するメリット
事業承継士という名前を見かけても、どんな人向けの資格で、どこまで仕事に生きるのかは意外と分かりにくいものです。先に要点を言えば、事業承継士は事業承継の全体像を横断して扱いたい人には有力ですが、誰にでも向く資格ではありません。難易度は試験の点数だけで決まらず、受講資格の有無と、取得後に現場で使うかどうかで大きく変わります。
この記事では、資格の概要、難易度の見方、取得するメリットを、判断しやすい形で整理します。
事業承継士は、どんな資格なのか?
原則は既存の有資格者向け
まず押さえたいのは、事業承継士が誰でもすぐ受けられる資格ではないことです。公式案内では、中小企業診断士、税理士、公認会計士、弁護士、司法書士、社会保険労務士、行政書士、宅地建物取引士、ファイナンシャル・プランニング技能士などの有資格者、または同等の知識と能力があると判断された人が受講対象とされています。
資格の取り方も、国の試験を単独で受ける形ではなく、講座の修了、認定試験、協会への入会という流れです。12
この条件だけでも、事業承継士の性格はかなりはっきりします。入門資格というより、すでにある専門性に事業承継の実務を重ねる資格として見る方が実態に近い、ということです。試験の前に、まず自分が対象者かどうかを確かめる必要があります。1
学ぶのは税務だけではない
事業承継の現場では、税金の話だけで終わりません。2025年の帝国データバンク調査では、日本企業の後継者不在率は50.1%まで改善したものの、なお半数を占めています。
加えて、中小企業庁の2025年版中小企業白書では、中小企業の経営者年齢はなお高く、60歳以上が過半数とされています。34
そのため、求められる支援も相続税対策だけでは足りません。公式のカリキュラムには、ヒアリング、状況分析、事業承継計画書の作成、株式と経営権、後継者育成、労務、事業用資産としての不動産、信託、M&A(会社や事業の売買・統合)、借入や保証の考え方まで含まれています。税務、法務、経営、人の問題をつないで考えることが、この資格の中心です。
ここまで見れば、事業承継士が単なる肩書きではなく、横断型の実務資格だと分かります。12
受講の壁を先に確認する
受講資格
事業承継士の難しさを考えるとき、試験の点数だけを見ると実態を外しやすくなります。公式案内では、30時間の講座を受け、出席率75%以上で認定試験の受験資格を得ます。
試験は選択と記述の混合方式で、60点以上が入会資格の目安です。再受験も追加の受験料なく可能と案内されています。15
数字だけを見れば、超難関の筆記試験という印象ではありません。むしろ本当のハードルは、その前段にある受講資格と、30時間で扱う内容の広さです。
税務、法務、財務、後継者育成、M&Aまでまたがるため、もともとの専門分野があっても、苦手な領域を補いながら理解する必要があります。難易度を一言で高い、低いと断じにくいのはこのためです。1
費用と更新条件
費用面も、判断材料として外せません。2026年4月時点の案内では、受講料は330,000円、認定試験の受験料は9,900円です。さらに協会入会時に11,000円、毎年の年会費11,000円、3年ごとの更新料5,500円が必要になります。15
更新には継続研修もあります。公式ルールでは、事業承継士資格を更新するには3年間で30単位を取得する必要があります。資格を取って終わりではなく、継続して学ぶ前提の設計です。
したがって、難易度は試験の合否だけでなく、時間、費用、更新まで続けられるかで見た方が現実的です。56
さらに、受講形式も確認しておきたい点です。公式案内では、教室コースに加えて完全ビデオコースも用意されています。通いやすさは上がりますが、内容そのものが軽くなるわけではありません。忙しい中で学習時間をどう確保するかまで考えて初めて、取得の現実味が見えてきます。1
取得すると、仕事のどこに差が出るのか?
事業承継の設計を担いやすくなる
取得メリットとして最も大きいのは、事業承継を部分ごとではなく、会社全体にとっての最善で見やすくなることです。たとえば税務に強い人でも、後継者育成や経営権の整理、保証、M&Aの入口で迷うことがあります。
逆に、中小企業支援や金融の現場にいる人でも、相続や株式、信託、不動産の論点が弱いと、初期相談の整理で詰まりやすくなります。12
事業承継士の講座は、その分断を埋める構成になっています。ヒアリングの仕方、診断書や計画書の作り方、課題の優先順位の付け方まで学ぶため、顧客との最初の面談で全体像を描きやすくなります。
初回相談で話が散らばりやすいテーマだからこそ、この整理力は実務で差になりやすいポイントです。自分一人で全部を実行するための資格というより、適切な論点を拾い、必要な専門家とつなぐための土台として価値が出やすい資格です。12
継続学習と人脈が残る
もう一つのメリットは、取得後の仕組みが用意されていることです。協会の会員になると、情報メルマガ、情報誌、研修やオンラインセミナー、支部活動などに参加できます。
支部登録によって、相談会の相談員、セミナー講師、後継者塾の講師といった実務経験の機会が得られると案内されています。7
また、協会サイトでは、事業承継士を名乗ることや、講座で使った資料やツール類の利用、セミナーの会員価格参加などもメリットとして示されています。資格名そのものより、学び続ける場と、横のつながりが残ることに価値を感じる人には相性がよいでしょう。
ここまでがメリットです。次は、誰に向いているかを絞って考えます。78
自分に向いているか、どう見極めればよいのか?
向いている人の共通点
向いているのは、次の3つに当てはまる人です。
- すでに士業や中小企業支援、金融、コンサルティングの土台があり、事業承継を専門分野にしたい人
- 税務、法務、財務、後継者育成、M&Aをまたぐ相談で、最初の整理役を担いたい人
- 資格取得後も、継続研修や支部活動に時間をかけて実務につなげたい人
こうした人にとっては、既存の専門性を、事業承継の横断支援に広げる効果が期待できます。単発の知識習得ではなく、仕事の幅を広げるための投資として見ると、メリットが分かりやすくなります。17
向いていないときの考え方
反対に、向かないケースもあります。たとえば、まだ受講資格に届いていない人、事業承継の仕事を今後もほとんど扱わない人、あるいは税務や法務の実行そのものを深めたい人です。
前者はそもそも入口に立ちにくく、後者は、税理士や弁護士など元の専門資格や実務経験の方が、より直接的な成果につながる可能性があります。1
また、自社の承継を進めたい経営者が、知識を得るためだけに資格取得を目指す場合も慎重に考えたいところです。資格取得は学びとして有益ですが、費用と継続要件まで含めると負担は軽くありません。自社の課題解決が目的なら、資格を取るより先に相談先を決める方が早い場合があります。56
事業承継の支援は、株式や税金の整理だけで終わる案件もあれば、後継者育成や第三者承継まで踏み込む案件もあります。自分がこれから扱いたいのがどの深さの仕事なのかを先に決めておかないと、資格の価値を過大評価しやすくなります。資格は万能の近道ではなく、特定の仕事の幅を広げるための道具として見るのが安全です。12
迷ったときにすべきこと
取得前に確認したい3つの項目
迷っているなら、次の3点を先に確認すると判断しやすくなります。
- 自分は受講資格を満たしているか、または個別審査の余地があるか
- 取得後に、事業承継支援を実際の仕事として扱う予定があるか
- 受講料、年会費、更新研修まで含めて回収できる見込みがあるか
この3つがそろえば、事業承継士は有力な選択肢になります。逆に、どれかが曖昧なままなら、まずは無料ガイダンスや周辺の実務経験から入る方が無理がありません。資格の価値は、取れるかどうかより、使う場面があるかどうかで決まるからです。1
自社承継なら公的窓口も候補に入れる
自社の承継を進める立場であれば、資格取得とは別に公的支援も視野に入れてください。中小企業庁は、事業承継・引継ぎ支援センターを全国47都道府県で設け、相談対応、事業承継計画の策定、M&Aのマッチング支援などを原則無料で実施していると案内しています。9
資格を取るか迷っている段階でも、相談を通じて自社の論点を先に整理できます。事業承継士は、既に支援する側にいる人が、全体像を扱う力を強めるための資格として考えると失敗しにくくなります。資格の名前だけで判断せず、どの立場で、何に使うのかまで含めて選ぶことが大切です。
言い換えると、事業承継士の価値は、肩書きそのものよりも、相談の入口で論点を外さないこと、必要な専門家と連携しやすくなること、学びを継続できることにあります。そこに魅力を感じるなら前向きに検討する価値がありますし、そこまで求めていないなら別の学び方の方が合う可能性があります。
執筆者:補助金フラッシュ 士業編集部
補助金・助成金の活用法からAI導入、業務の生産性向上まで、中小企業の経営に役立つ情報を士業の専門家チームがわかりやすく解説します。
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