個人版事業承継税制は本当に有利か? メリット・デメリット、個人事業承継計画の期限延長について整理

補助金フラッシュ 士業編集部

飲食店、美容室、クリニック、工場のように、土地や建物、機械への投資が大きい個人事業では、相続や贈与のときの税負担が承継の壁になりやすいです。
個人版事業承継税制はその壁を大きく下げる制度ですが、使い勝手のよい節税策と考えると判断を誤ります。実際には、対象資産は広く、期限も延びましたが、引き換えに長い事業継続と管理が求められます。
読み終える頃には、自分の事業で検討する価値があるかどうかの判断材料がそろいます。

なぜこの制度が注目されるのか?

土地だけでなく、建物や設備まで対象になる

意外に知られていないのは、この制度が土地だけの制度ではないことです。対象になるのは宅地等400㎡まで、建物800㎡までに加え、一定の減価償却資産です。

固定資産税の対象資産、営業用車両、乳牛や果樹、特許権などの無形固定資産まで入り得るため、設備負担の重い個人事業では相続税や贈与税の圧縮効果が一気に大きくなります。12

ここが、土地対策としてよく知られる小規模宅地等の特例と混同されやすいところです。小規模宅地等の特例は事業用宅地の評価額を減らす制度ですが、個人版事業承継税制は建物や設備まで射程に入る代わりに、事前計画や事業継続などの条件が重くなります。

たとえば、機械や医療機器、厨房設備の比重が高い事業では、土地の評価減だけを見るより、事業全体の資産構成を見たほうが実態に合います。12

有利に見えても、小規模宅地等の特例とは別物

数字だけ見ると、個人版事業承継税制のほうが魅力的に見えます。国税庁の比較では、個人版は対象資産に対する100%の納税猶予で、小規模宅地等の特例は宅地等の課税価格を80%減額する仕組みです。しかも個人版は贈与にも使えますが、小規模宅地等の特例は相続等が前提です。2

同じ評価額でも、土地中心の事業と、建物や機械が厚い事業では有利不利が変わります。前者は小規模宅地等の特例でも相当程度カバーできることがありますが、後者は個人版事業承継税制でなければ評価の重い部分を十分に拾えないことがあります。制度名ではなく、どの資産に税負担が乗っているかを先に見ることが大切です。

ただし、同じ土地に両方を重ねて使えるわけではありません。特定事業用宅地等について小規模宅地等の特例を受ける人がいる場合、その土地について個人版を使えないケースがあります。

目先の軽減率だけでなく、承継する資産の内訳と、その後どれだけ長く事業を続けるかで選ぶ制度だと考えたほうが安全です。制度の強さは税額の大きさだけで決まりません。2

ここまでで、この制度の強さは見えたと思います。次は、実際に使える人と、今どの期限を見ればよいのかを整理します。

使える人と期限

青色申告の事業が前提で、不動産貸付業等は対象外

個人版事業承継税制の前提になるのは、青色申告による事業です。対象外として明記されているのは不動産貸付業等で、都合のよい資産だけを一部移すのではなく、原則としてその事業に係る特定事業用資産のすべてを承継する必要があります。

承継する側も、開業届の提出や青色申告の承認など、税務上の手当てを期限内に済ませなければなりません。123

ここで見落とされやすいのが、認定経営革新等支援機関の関与です。個人事業承継計画には、その支援機関から指導や助言を受けたことの記載が必要で、認定申請時には承継対象の資産や全資産承継の確認にも関与します。

書類を書くだけの手続ではなく、資産の範囲と承継の形を事前に点検する仕組みだと考えたほうが実態に近いです。4

後継者の要件も、最近の改正で少し現実的になりました。2025年度改正では、贈与の場合に後継者が事業に従事している時期の要件が見直され、従来の承継前3年以上から、贈与の直前に従事していればよい形に緩和されています。

後継者探しが遅れた事業でも使いやすくなりましたが、事業の中身や資産の範囲まで緩むわけではありません。5

個人事業承継計画は2028年9月30日までに延長決定

期限延長は事実です。財務省の令和8年度税制改正の大綱では、個人の事業用資産に係る納税猶予制度について、個人事業承継計画の提出期限を2年6月延長するとされました。

さらに、2026年4月1日更新の中小企業庁ページでは、個人事業承継計画の提出期限は令和10年9月30日と案内されています。46

実務で役立つのは、提出先まで含めて押さえることです。個人事業承継計画の提出先は先代事業者の主たる事務所を管轄する都道府県ですが、認定申請の提出先は後継者の主たる事務所を管轄する都道府県です。親子で別の都道府県に拠点がある場合は、相談先が一つとは限りません。4

準備の順番も大切です。期限が延びたからといって、最後に計画書だけ出せばよいわけではありません。

後継者、対象資産、申請窓口、贈与か相続かの方針が固まっていないと、計画提出後にやり直しが増えます。期限延長は猶予であって、判断を先送りしてよいという意味ではないと受け止めるのが実務的です。

一方で、国税庁のタックスアンサーや手引きには、令和7年4月1日現在法令等に基づく旧期限の表記が残る資料があります。

中小企業庁は2026年4月時点で、改正内容を反映したマニュアルは後日掲載すると案内しています。したがって、申請窓口と提出期限は中小企業庁の最新ページで確認し、税額や資産の扱いは国税庁資料で読むという使い分けが無難です。

制度そのものの適用期限は2028年12月31日までなので、計画提出だけを終えて安心するのではなく、承継実行までの段取りを逆算する必要があります。4123

ここまでで、期限延長は追い風でも、手続はむしろ丁寧に見たほうがよいと分かります。次に、メリットの裏側にある不自由さを確認します。

デメリット

税金がその場で消えるわけではない

まず押さえたいのは、税金がその場でなくなる制度ではないということです。個人版事業承継税制は、一定の要件のもとで贈与税や相続税の納付を猶予する制度であり、免除が確定するのは後継者の死亡や、次世代への一定の贈与など、後の事由が起きたときです。承継した瞬間に税額が確定的にゼロになるわけではありません。123

しかも、申告時には税務署への申告書提出に加えて、一定の担保提供が必要です。承継後も、青色申告、事業継続、事業用資産の保有継続などの条件を満たし続けることで猶予が続きます。

言い換えると、承継時の税負担を軽くする代わりに、承継後の運営に長く条件が残る仕組みです。3

一方で、救済の道がまったくないわけでもありません。国税庁の案内では、後継者の死亡だけでなく、次世代への一定の贈与、やむを得ない事情による事業継続困難などで、猶予税額の全部または一部が免除される場面があります。

だからこそ、途中で続けにくくなったときは自己判断で処分を進めず、例外の適用余地を先に確認することが重要です。3

事業をやめる、資産を外すと打ち切りになり得る

最大のデメリットは、要件を外したときの戻りが大きいことです。国税庁は、承継した資産を事業の用に供さなくなった場合などには、納税猶予が打ち切られ、猶予税額と利子税を納付しなければならないとしています。

飲食店の店舗を閉めて建物を賃貸に回す、クリニックを閉院して医療機器を処分する、工場の土地と機械を売却する、といった動きは典型的な注意場面です。123

ここで悩ましいのが、承継後に業態を少し変えたい場面です。国税庁のチェックシートでは、特定事業用資産に係る事業には、同じ種類や似た種類の事業も含まれる前提が読み取れます。完全に一字一句同じ業種だけが求められるわけではありません。

ただし、承継した資産が事業から外れるような大きな転換や、数年以内の売却、廃業を視野に入れているなら、この制度は相性がよいとは言えません。将来の動きやすさと引き換えに税負担を軽くする制度と理解しておくと、ミスマッチを避けやすくなります。7

ここまでを一言でまとめると、個人版事業承継税制は節税策というより、長く事業を残すための制度です。最後に、どんな事業なら検討価値が高いのかを整理します。

どう判断すれば後悔しにくいのか?

向いているのは、設備が重くて後継者が見えている場合

この制度が向いているのは、土地だけでなく建物や設備の比重が大きく、後継者もおおむね決まっていて、承継後もしばらくは同じ種類や似た種類の事業を続ける見通しがあるケースです。

たとえば、診療機器の多い個人クリニック、厨房機器や内装投資が重い飲食店、製造設備が中心の町工場などでは、一般的な相続対策より効果が大きくなることがあります。127

逆に、土地の比重が高いだけの事業、数年以内に廃業や第三者売却を考えている事業、大きな業態転換を見込む事業では慎重に考えるべきです。

その場合は、小規模宅地等の特例を中心に組み立てるほうが分かりやすいこともあります。メリットの大きさより、承継後にどれだけ柔軟に動きたいかで判断すると、制度選びの失敗が減ります。2

最初に確認したい3つの項目

実際に検討を始めるなら、最初に次の3つだけ確認してください。

  • 承継したい資産の棚卸し。土地、建物、車両、機械、無形資産まで、何が対象になり得るかを青色申告書や固定資産台帳ベースで洗い出します。12
  • 承継後5年程度の事業方針。廃業、売却、大きな業態変更の可能性があるなら、税額試算だけで判断しないようにします。猶予打ち切りのリスクまで含めて見ます。37
  • 提出期限と実行期限の両方。個人事業承継計画の提出期限は2028年9月30日ですが、制度の適用期限は2028年12月31日です。計画、認定、贈与や相続の実行、申告までを一続きで組み立てることが欠かせません。4612

税理士に相談するときも、制度を使う前提の試算だけでは足りません。制度を使う場合と使わない場合の二通りで、税額だけでなく、承継後に資産を動かせる範囲まで並べて比べると判断しやすくなります。

個人版事業承継税制は、合う事業にはとても強い制度です。ただし、強いのは税負担を軽くする力であって、承継後の選択肢まで広げてくれるわけではありません。期限延長をきっかけに検討するなら、まずは資産の中身と承継後の事業方針を整理し、そのうえで使うかどうかを決めるのが、遠回りに見えて実は近道です。

  1. 「No.4442 個人の事業用資産についての贈与税の納税猶予及び免除(個人版事業承継税制)」国税庁

  2. 「No.4153 個人の事業用資産についての相続税の納税猶予及び免除(個人版事業承継税制)」国税庁

  3. 「(R7.12)○ 個人の事業用資産についての贈与税の納税猶予及び免除等のあらまし」国税庁

  4. 「個人版事業承継税制の前提となる認定」中小企業庁

  5. 「令和7年度(2025年度) 経済産業関係 税制改正について」経済産業省

  6. 「令和8年度税制改正の大綱」財務省

  7. 「(平成31年1月分以降用)個人の事業用資産についての相続税の納税猶予及び免除の適用要件チェックシート」国税庁

執筆者:補助金フラッシュ 士業編集部

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