事業承継で後継者が抱える資金負担と融資・調達方法。公庫、保証協会、銀行ローンの使い分け
事業承継というと、相続税や贈与税の話が先に出がちですが、後継者が本当に詰まりやすいのは、会社の株式を引き受けるお金と、承継後に事業を回すお金が同時に必要になる場面です。事業承継の資金は、株式取得、納税、承継後の運転資金に分けて考えると整理しやすくなります。
この記事では、公庫、保証協会、銀行融資をどう使い分けるかを、従業員承継も視野に入れて見ていきます。
なぜ事業承継ではお金が足りなくなりやすいのか?
いま増えているのは、社内事業承継
事業承継は親族内で行うもの、という前提は崩れつつあります。帝国データバンクの2025年調査では、代表者交代の就任経緯で内部昇格が36.1%となり、同族承継の32.3%を速報値で上回りました。1
この変化が意味するのは、後継者候補が社内にいても、資本まで引き継げるとは限らないということです。役員や従業員は事業を知っていても、先代が持つ株式をまとめて買い取れるだけの個人資産を持たないことが少なくありません。税金の話だけでは、承継の壁を説明しきれない理由がここにあります。
株式が散ると、経営そのものが不安定になる
事業承継では、経営者の交代と株主の入れ替えが同時に起きます。J-Net21は、株式の分散が起きた会社では後継者が思いどおりに経営できない場合があり、中小企業の経営者はできる限り自社株式の3分の2以上を保有したいと解説しています。2
株式が親族に分かれたままになれば、後継者は経営の判断をしたくても、重要事項で十分な賛成を集められないことがあります。さらに、分散した株式をあとから買い戻すには時間も資金もかかります。
ここまで見れば、事業承継の資金負担は税金だけの問題ではないと分かります。次に、必要資金をどう分けて考えるかを見ていきます。
まずどの資金を切り分ければいいのか?
承継資金は三つに分けると見通しが立つ
中小企業庁の案内でも、事業承継の際にはさまざまな資金が必要になると整理されています。最初にやるべきなのは、必要額を次の三つに分けることです。3
- 株式取得資金。現経営者や親族から株式や事業用資産を買い取るためのお金です。
- 納税資金。相続税や贈与税の納付に充てるお金です。
- 承継後の運転資金。仕入れ、人件費、設備更新、取引条件の変化に備えるお金です。
この三つを混ぜてしまうと、必要額も返済期間も見えにくくなります。逆に分けておけば、長く借りたい資金と短く回したい資金を区別でき、公庫、保証協会、銀行融資のどれを当てるかを決めやすくなります。この切り分けができていないと、制度を調べても比較ができません。
従業員承継で負担が重くなりやすい理由
従業員承継では、後継者の株式取得が最も大きなハードルになりやすいとJ-Net21は説明しています。相続や贈与ではなく有償で株式を譲る場合、後継者は買い取り資金を確保しなければなりません。4
しかも、先代が株式を持ったまま経営だけを任せる形にすると、所有と経営が分かれます。そうなると、判断が割れたときに現場が混乱しやすくなります。
安く譲れば解決するように見えますが、その分だけ先代の引退後資金が減るため、譲渡価格を下げるだけでは終わりません。ここで融資や外部資金の設計が必要になります。
公庫と保証協会はどう使い分けるか?
公庫は長めの資金をまとめたいときに向いている
日本政策金融公庫の事業承継・集約・活性化支援資金は、承継に必要な設備資金や運転資金を長めの条件で借りたいときに候補になります。
小規模企業向けの国民生活事業では別枠7,200万円、返済期間は設備資金が20年以内、運転資金が10年以内、いずれも据置期間、つまり元本返済を待てる期間は5年以内と案内されています。5
小規模企業より一段大きい規模なら、中小企業事業の直接貸付も視野に入ります。こちらは融資限度額が14億4,000万円で、安定的な経営権の確保や事業承継計画の実施に必要な資金が対象です。6 もちろん審査はありますが、株式取得と承継後の設備投資を一体で考えやすいのが公庫の強みです。
保証協会付き融資は、主力行と組むときに検討しやすい
信用保証協会を使う融資は、地域金融機関や信用金庫と組んで資金を調達したいときに力を発揮します。
中小企業庁の案内では、事業承継向けの法律である経営承継円滑化法に基づく認定を受けた場合、通常枠とは別枠で保証を利用でき、普通保険2億円に加えて2億円、無担保保険8,000万円に加えて8,000万円などの枠が用意されています。3
注意したいのは、認定を取れば自動で借りられるわけではないことです。都道府県知事の認定とは別に、金融機関と信用保証協会の審査があります。だからこそ、保証協会付き融資は制度名よりも、普段から付き合いのある金融機関とどう組むかが大事です。
保証協会付き融資が向くのは、承継後も主力行との関係を維持したいケースです。たとえば、株式取得は保証協会付き融資、設備更新は公庫というように借り分けると、返済期間と審査の論点を整理しやすくなります。
逆に、短期で回すべき資金まで長期ローンにまとめると、毎月の返済負担を読み違えやすくなります。
ここまでで、公的な選択肢の骨格は見えました。次は、銀行融資と税制をどこまで当てにできるかを整理します。
銀行ローンと税制は、どこまで頼れるのか?
銀行ローンは、金利より計画の見せ方で差がつく
中小企業白書によると、金融機関から借入れを行った企業のうち3割弱は目標額を調達できていません。
一方で、金融機関と定期的に面談している企業のほうが、目標額どおり、あるいはそれ以上を調達できた割合が高いとされています。借入申込時に重点的に説明された内容としては、今後の収支見通し、投資目的、経営課題とその対応方針が上位でした。7
事業承継でも見られるのは同じです。金融機関は、後継者が誰かだけでなく、返済に回せる利益がどこから出るのかを見ます。
株式取得資金を借りるなら、承継後3年ほどの利益計画、役員報酬、設備投資、人員計画まで含めて説明したいところです。先代への退職金支払いや株価対策で財務内容が変わるなら、実行前に共有しておくほうが安全です。2
税制は有効ですが、資金繰りの代わりにはならない
法人版事業承継税制の特例措置は、条件を満たせば非上場株式の贈与税、相続税の納税猶予を大きく受けられる制度です。
中小企業庁によれば、特例承継計画の提出期限は2027年9月30日、承継の実施期限は2027年12月31日です。対象は親族内に限られず、代表者である後継者は最大3人まで認められます。8
ただし、ここで軽くなるのは税負担であって、買い取り資金や承継後の運転資金が自動で入ってくるわけではありません。要件を満たせなければ使えませんし、期限管理も必要です。税制は負担を減らす道具であって、資金繰りの代用品ではないと考えておくと、資金計画を組み立てやすくなります。
それでも足りないとき、何から始めればいいのか?
それでも自己資金が足りないなら、ファンドも選択肢になる
社内に適任者がいても、資金面の理由で資本の承継が進まない。こうした課題に対して、2026年2月には野村ホールディングス、伊藤忠商事、三井住友信託銀行が、内部承継を支援するファンドを設立しました。公的融資や銀行融資だけで届かない場面では、ファンドが先に株式を引き受けるという手段も現実味を帯びています。9
もちろん、すべての会社に向く方法ではありません。外部の投資家が入る以上、成長計画と、将来どのように投資を回収するかの考え方が必要になります。
それでも、後継者候補はいるのに資本だけが動かない会社にとっては、融資一本より現実的なことがあります。
相談前に整理したい項目
金融機関や支援機関に相談する前に、次の四つだけは紙に書き出しておくと話が早くなります。
- 必要資金はいくらか。株式取得、納税、運転資金に分けて金額を出す。
- 誰から株式を取得するのか。現経営者だけか、親族も含むのかを明確にする。
- 既存借入と保証をどう扱うか。借り換えが必要か、そのまま引き継げるかを確認する。
- 返済に回せる利益をどこから出すか。承継後の利益計画と資金繰り表で示す。
既存借入に経営者保証が付いている場合は、その扱いを最後に回さないことも大切です。中小企業庁は、経営者保証が円滑な事業承継を妨げる要因になりうると説明しており、事業承継向けの金融支援には、現経営者の保証が付いた借入れを借り換える類型も用意しています。310
最初の相談先として使いやすいのは、全国47都道府県で原則無料の相談に対応している事業承継・引継ぎ支援センターです。そこで計画の形を整えたうえで、公庫、保証協会付き融資、民間銀行、税理士や認定支援機関へつなぐ流れにすると、制度の使い漏れが減ります。11
事業承継の資金負担は重いですが、資金の種類を分けて、保証の扱いまで先に整理しておくだけでも、打ち手はかなり見えやすくなります。借り先を探す前に、何のためのお金かを言葉で分けることが、実は最初の一歩です。
執筆者:補助金フラッシュ 士業編集部
補助金・助成金の活用法からAI導入、業務の生産性向上まで、中小企業の経営に役立つ情報を士業の専門家チームがわかりやすく解説します。
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