事業承継税制の特例措置、期限延長で何が変わるのか? 特例承継計画と令和8年度税制改正の見落としやすい点

事業承継税制の期限が延びたと聞くと、まだ時間があると感じるかもしれません。ですが、今回延びたのは特例承継計画の提出期限であり、実際に贈与や相続で承継を終える期限ではありません。特例措置を使いたいなら、今回の改正は安心材料というより、承継の設計を詰めるための準備期間と捉えるのが実務的です。
この記事では、特例措置の中身、令和8年度税制改正で変わった点、今のうちに進めたい準備を順番に整理します。

なぜ今回の期限延長を、そのまま安心材料にできないのか?

延びたのは準備の締切

令和8年度税制改正では、非上場株式等に係る特例制度の特例承継計画の提出期限が1年6か月延長されました。法人版では提出期限が令和9年9月30日までになりましたが、実際に贈与や相続で承継を行う期限は令和9年12月31日のままです12

つまり、延びたのは承継の実施期限ではなく、そこに向けた事前準備の締切です。提出期限と実行期限の差は3か月しかないため、計画書を出してから慌てて後継者の役割分担や株式の移し方を決める進め方では間に合いにくくなります23

ここで見落としやすいのは、特例承継計画の提出、都道府県知事の認定、税務申告はそれぞれ別の工程だという点です。計画を期限内に出せば自動で特例措置が使えるわけではなく、承継の実行後にも認定申請や申告が続きます24

期限延長のニュースだけを見ていると余裕が広がったように見えますが、実際の実務はむしろ逆算の精度が問われます。準備の着手が遅い会社ほど、延長されたはずの時間を手続の確認で使い切ってしまいがちです。

中小企業にとって事業承継は急務

背景にあるのは、中小企業の事業承継がまだ終わっていないという現実です。2024年版中小企業白書では、経営者年齢の分布は以前より分散してきた一方で、70歳以上の経営者がいる企業の割合は2000年以降で最高と整理されています5。日本の中小企業にとって、事業承継は急務といえるでしょう。

ここまでで分かるのは、今回の期限延長は余裕の拡大というより、残り時間を見直す合図だということです。次に、そもそも特例措置がどれだけ手厚い制度なのかを見ます。

特例措置を使う前に、一般措置との違いを押さえる

まず押さえたいのは、納税猶予の仕組み

納税猶予とは、税金がなくなることではなく、一定の要件を満たすことを前提に、今すぐ納めなくてよい状態にする仕組みです。法人版の特例措置では、後継者が非上場株式を贈与や相続で取得したとき、その株式にかかる贈与税や相続税の100%が猶予の対象になります267

その後、後継者の死亡など一定の事由が生じた場合には、猶予されていた税額が免除されます267。承継時の資金繰りを大きく助ける制度ですが、最初から無条件で税金が消える制度ではない点は押さえておきたいところです。

この仕組みが役立つのは、自社株の評価が高く、相続や贈与の時点で多額の税負担が発生しやすい会社です。利益が出ていて、土地や設備を持ち、長年の内部留保がある会社ほど、株価が高くなりやすいからです。

そうした会社では、税金のために株式の移転をためらうより、制度の要件に合わせて承継の順番を設計した方が、事業の継続という本来の目的に沿いやすくなります。税制はあくまで手段ですが、その手段が使えるかどうかで承継の選択肢は大きく変わります。

一般措置より有利なのは、株数、後継者の幅、雇用要件の扱い

特例措置が一般措置より注目される理由は、条件の手厚さにあります。一般措置では猶予対象の株式は総株式数の最大3分の2までで、相続税の猶予割合は80%ですが、特例措置では全株式が対象になり、相続税も贈与税も100%が猶予対象です26

また、一般措置が複数株主から1人の後継者への承継を前提にしているのに対し、特例措置では複数株主から最大3人の後継者まで対象が広がっています26

雇用要件も、一般措置のように承継後5年間平均で8割維持できなければ厳しい、という設計ではなく、未達でも理由書の提出などを行えば直ちに打ち切りとはならない扱いです26。ここまでが制度の魅力であり、同時に期限内に使う意味でもあります。

特例承継計画は、どこまで具体的に作ればよいのか?

記載すべき項目

中小企業庁の案内では、後継者の氏名、承継予定時期、承継までの経営見通し、承継後5年間の事業計画などを記載し、その内容について認定経営革新等支援機関による指導と助言を受ける必要があるとされています24

認定経営革新等支援機関とは、国が認定した税理士、公認会計士、商工会議所、金融機関などの支援先です24。つまり、特例承継計画の作成は税務だけの作業ではなく、後継者に何を引き継ぎ、承継後に会社をどう運営するかまで言葉にする作業だと考えた方が実態に合います。

たとえば、設備更新が近い製造業なのか、店舗再編が必要な小売業なのかで、承継の直後に必要な資金や人の配置は変わります。後継者が決まっていても、どの時点で代表に就くか、株式の移転を一度で行うか段階的に行うかは別問題です。

特例承継計画は、その順番を外部の支援機関と一緒に見直す機会でもあります。書類があるから相談するのではなく、相談の中身を形にしたものが計画書だと考えると、取り組みやすくなります。

計画を出した後も、税務署に継続届出書の提出が必要

計画を提出したら終わり、ではありません。中小企業庁は、認定後は都道府県に年次報告書を、税務署に継続届出書を年1回提出し、税務申告後5年を過ぎると税務署への継続届出書は3年ごとになると案内しています28

さらに、計画提出後に内容が変わった場合には、変更申請書や報告書を都道府県に出して再度確認を受ける仕組みもあります24。この流れを見ると、期限直前に書式だけ整える進め方より、株主構成や後継者育成を早めに固めておく進め方の方がはるかに安全です。

次に、今回の改正で特に見落としやすい読み方を整理します。

令和8年度税制改正のポイントを読み違えないために確認したいこと

法人版と個人版で、延長幅が違う

今回の延長は、法人版と個人版で同じではありません。法人版の特例承継計画は1年6か月延長で令和9年9月30日まで、個人版の個人事業承継計画は2年6か月延長で令和10年9月30日までです13

ただし、実際の承継期限は法人版が令和9年12月31日、個人版が令和10年12月31日で、どちらも計画提出期限の3か月後です3

厚生労働省の令和8年度税制改正の概要でも、特例措置の適用期限が到来するまでの間に制度を最大限活用できるよう、計画提出期限を延長すると整理されています3。自社株を承継する会社の話なのか、個人事業の土地や機械などを承継する話なのかを混同しないことが、最初の確認ポイントです。

特例措置そのものの適用終期は変わっていない

実務でいちばん避けたいのは、期限が延びたから判断も先送りしてよい、と考えてしまうことです。今回の改正で動いたのは計画提出期限であって、特例措置そのものの適用終期は動いていません123

もちろん、今後の制度改正を完全に予想することはできません。ですが、少なくとも現時点の制度では、特例措置を逃した後に残る一般措置は、対象株式数や相続税の猶予割合で見て同じ水準ではありません6。再延長の有無を読むより、いま使える条件で承継の形を決める方が、判断としてはずっと確実です。

今のうちに進めておきたい準備

先に決めるべきなのは、承継の形

実際に動くとき、最初から税額の試算だけに入ると、あとでやり直しが起きやすくなります。先に整理したいのは、誰が代表を引き継ぐのか、どの株式をいつ動かすのか、承継後5年の事業計画をどう置くのかの3点です24。この3点が曖昧なままでは、特例承継計画を書いても中身が弱くなります。

たとえば後継者候補が複数いる会社では、株式の配分と経営権の設計を先に決めないと、税制のメリットだけを追ってもかえって後の対立を招きかねません。

専門家との相談

相談先は税理士だけとは限らず、商工会議所や金融機関などの認定経営革新等支援機関も候補になります24。その際に持っていきたい材料は、現在の株主構成、後継者候補の有無、承継の希望時期、承継後に続けたい事業とやめたい事業の整理です。期限を聞いて終わる相談より、会社の将来像まで持ち込む相談の方が、特例承継計画の作成も、その後の申請も進めやすくなります。

事業承継税制の特例措置は、使えれば非常に有効な制度です。だからこそ、今回の期限延長は先送りの口実ではなく、承継の設計を始める合図として受け止めるのが実務的です。

特例措置は、税理士に任せきりで終わる制度でも、書類を出せば自動で使える制度でもありません。反対に言えば、経営の引き継ぎ方をきちんと決め、必要な計画と報告を積み上げられる会社には大きな助けになります。令和8年度税制改正で与えられた猶予を、安心ではなく準備に使えるかどうかが、数年後の承継コストと選択肢を左右します。

  1. 「令和8年度税制改正の大綱(2/9)」財務省

  2. 「法人版事業承継税制(特例措置)」中小企業庁

  3. 「令和8年度 税制改正の概要(厚生労働省関係)」厚生労働省

  4. 「法人版事業承継税制(特例措置)の前提となる認定に関する申請手続関係書類」中小企業庁

  5. 「2024年版中小企業白書 第6節 事業承継」中小企業庁

  6. 「No.4439 非上場株式等についての贈与税の納税猶予及び免除の特例等(法人版事業承継税制)」国税庁

  7. 「No.4148 非上場株式等についての相続税の納税猶予及び免除の特例等(法人版事業承継税制)」国税庁

  8. 「法人版事業承継税制の適用を受けられている方に ~継続届出書の提出について~」国税庁

執筆者:補助金フラッシュ 士業編集部

補助金・助成金の活用法からAI導入、業務の生産性向上まで、中小企業の経営に役立つ情報を士業の専門家チームがわかりやすく解説します。

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