後継者が決まり、遺言も作ってある。それでも親族間の事業承継がこじれることは珍しくありません。理由は、会社を誰が継ぐかという話と、家族が最低限受け取れる取り分の話が、別のルールで動くからです。
2019年の相続法改正で、株式や不動産が自動的に共有になりにくくなった一方、今度は後継者が金銭を用意できるかが争点になりやすくなりました。 先に押さえるべきなのは、後継者選びより前に株とお金の設計を一緒に決めることです。

なぜ後継者がいても準備不足になりやすいのか?
株式の移転は、思っている以上に重い課題
東京商工会議所の調査では、後継者候補がいる企業でも、事業承継の課題の首位は後継者への株式の移転でした。割合は43.4%で、後継者教育や従業員との関係づくりより上です。
しかも、後継者候補を選んでから承継完了まで3年以上かかる企業が多い一方、事業承継計画を作っている企業は2割に届いていません。親族内承継がなお多数派であることを考えると、家族の話し合いで何とかなるという見込みが、準備の遅れを生みやすいと分かります。1
ここで見落としやすいのは、経営の引き継ぎと所有の引き継ぎは同じではないことです。社長を長男に決めることと、その長男に株式を集中させることは別の作業です。会社では長男が社長として動いていても、相続では別の親族にも権利が生まれます。これを放置すると、後から家族会議ではなく法律の話になり、感情の対立まで乗ってきます。
さらに、税金や遺留分の支払いが重なる時期は、会社の運転資金まで圧迫しやすくなります。ここが、事業承継が相続トラブルに変わる最初の分かれ道です。
遺言があってもトラブルになりやすいこと
共有トラブルは減っても、遺留分の金銭請求は残る
相続法の見直しで大きく変わったのは、遺留分の争い方です。2019年7月1日施行の見直し以後は、遺留分を侵害された相続人は、受遺者や受贈者に対して、原則として遺留分侵害額に相当する金銭の支払いを求める仕組みになりました。
改正前のように、請求した側がすぐ不動産や株式の共有持分を持つ形になりにくくなったため、事業用不動産や自社株が細切れになる危険は下がっています。23
ただし、問題が消えたわけではありません。たとえば、配偶者はおらず子が2人、財産が会社株式8,000万円と預金2,000万円の合計1億円だとします。父が遺言で長男にすべてを承継させても、次男の個別的な遺留分は4分の1なので、単純化すると2,500万円の請求余地が生じます。預金が2,000万円しかなければ、長男は不足分を別に用意しなければなりません。株が割れなくても、後継者の資金繰りが苦しくなる。 これが改正後の典型的な火種です。
実際の金額は配偶者の有無、債務、生前贈与などで変わりますが、構図は同じです。43
期限を知らないまま放置すると、別の不信を生む
遺留分侵害額請求には時間の制限があります。法律上、遺留分権利者が相続の開始と侵害を知った時から1年間行使しないと時効で消え、相続開始から10年を過ぎても消滅します。受ける側では、請求されてからすぐに払えない場合に、裁判所へ支払期限の猶予を求める余地もあります。23
この期限は、家族にとって厄介です。相続税の申告準備と重なる時期でもあるため、確認が後回しになりやすいからです。請求する側は、気まずさから動き出しが遅れやすい。受ける側は、話し合い中だから大丈夫だと思い込みやすい。結果として、期限を過ぎた後に不満だけが残ったり、逆に期限直前の通知で関係が一気に悪くなったりします。
遺言があるなら安心ではなく、遺言があるからこそ、権利関係を早く確認する必要があります。
株が割れないように、先に決めるべきこと
遺言では配分を決め、定款では回収の経路を決める
まず必要なのは、遺言で誰に株式や事業用資産を承継させるかをはっきり書くことです。ここが曖昧だと、遺産分割協議そのものが長引きます。
ただ、遺言だけでは十分ではありません。非上場会社の多くは譲渡制限株式を使っていますが、相続は通常の売買とは違い、譲渡制限だけで自動的に止められるわけではないからです。5
そのため、会社法は、定款で定めておけば、相続などで譲渡制限株式を取得した人に対し、会社がその株式を会社へ売り渡すよう請求できる仕組みを用意しています。
日本公証人連合会の解説では、この請求は会社が相続を知った日から1年以内に、株主総会の特別決議を経て行う必要があります。価格で折り合えないときは、当事者は売渡請求の日から20日以内に裁判所へ価格決定を申し立てることができます。
つまり、相続後に慌てて考える制度ではなく、相続前に定款と資金手当てを整えておく制度だということです。56
株主間契約はどこまで役立つのか?
家族の了解を、曖昧な空気のまま残さないための道具
親族内承継では、言わなくても分かるだろうという前提が崩れたときに、争いが一気に表面化します。経済産業省の研究会資料は、親族が経営や所有に関わる企業で、経営者の死後に後継者候補が対立したり、相続人が遺留分を主張したりすることを典型的なリスクとして挙げています。
さらに、同省が紹介する調査では、日本の親族企業で親族間の紛争に対応する仕組みがあると答えた割合は45%にとどまり、世界の82%を下回っていました。準備していない会社ほど、対立そのものを想定していない傾向がかなり見えます。7
同省のファミリーガバナンス・コードでは、ファミリーの価値観や株式承継ルールは、ファミリー憲章や株主間契約書などで明文化することが考えられると整理されています。
そこに挙がる項目は、議決権の扱い、株式を保有する親族の範囲、承継ルール、配当政策、少数株主への対応方針などです。事業承継の場面では、これらを先に言葉にしておくこと自体が、後継者個人ではなく会社の継続を軸に家族が話し合う助けになります。8
ここでいう株主間契約は、魔法の紙ではありません。遺留分を消せるわけでも、定款の代わりになるわけでもありません。それでも、すでに親族が複数の株主になっている会社では、誰が株式を持てるのか、議決権をどう使うのか、外部への売却や配当をどう扱うのかを先に文章にしておく意味は大きいです。
特に二代目、三代目と世代が進んだ会社ほど、家族の合意は口約束では維持しにくくなります。株主間契約は、感情の対立をなくす道具ではなく、対立が起きたときに会社まで巻き込まないための整理表と考えると使いやすくなります。
親族内承継時にしておくべきお金の準備
自社株の承継では、遺留分や納税の支払い原資が詰まりやすい
親族内承継で本当に詰まりやすいのは、株の名義変更そのものより、遺留分や納税の支払い原資です。中小企業庁は、経営承継円滑化法の特例を使えば、後継者に贈与された非上場株式について、遺留分算定の対象から除外する除外合意や、合意時の価額に固定する固定合意ができると案内しています。
ただし、後継者と先代経営者の推定相続人全員の合意に加え、経済産業大臣の確認と家庭裁判所の許可が必要です。固定合意は会社の自社株式で使う制度で、合意時の価額について専門家の証明も求められます。効果は大きい一方で、関係が悪くなってから使うには遅い制度です。9
もっと一般的なのは、遺言で株式を後継者に寄せつつ、他の相続人には預金や保険金など流動性の高い資産を回せるようにしておく方法です。
中小企業庁の事業承継ガイドラインは、指定受取人の死亡保険金は原則として遺産分割の対象にならず、遺留分を算定する財産にも含まれないとし、納税資金や株式、事業用資産の買い取り資金として活用できると説明しています。
税務上の扱いは設計次第で変わるため専門家の確認は欠かせませんが、少なくとも現金を別に置いておく発想は、相続トラブルの予防で非常に重要です。10
まず何から着手すればよいのか?
最初に確認したい3つのこと
最初に確認したいのは、次の3つだけです。
- 誰が今の株主なのか。 親族名義の少数株や、昔の名義株が残っていないかを見ます。
- 誰に何を承継させたいのか。 株式、事業用不動産、預金を分けて整理します。
- 遺留分や納税の支払い原資をどう置くのか。 預金、保険、会社が自社株を買い戻せる余力まで含めて確認します。
この3つが見えれば、次に作るべき書面も決まります。特に株主名簿が古い会社では、誰が今の株主かを確定するだけで時間がかかるため、ここを後回しにしないことが重要です。
遺言を先に作るのか、定款の見直しを急ぐのか、株主間契約で家族のルールを残すのか、あるいは民法特例の検討に入るのか。大事なのは、相続財産の一覧と株主名簿、定款、保険契約の内容をばらばらに見ないことです。
社長の頭の中だけにある承継のイメージを、家族と専門家が同じ一枚で見られる形にすると、対立はかなり早い段階で小さくできます。
事業承継で起きる親族間トラブルは、気持ちの問題だけではなく、設計図がないことから起きることが多い。 だからこそ、後継者が決まった段階で安心せず、相続と会社法の両方を一枚で見える化することが、会社も家族も守るかなり現実的な最短ルートになります。
出典・参考資料
執筆者:補助金フラッシュ 士業編集部
補助金・助成金の活用法からAI導入、業務の生産性向上まで、中小企業の経営に役立つ情報を士業の専門家チームがわかりやすく解説します。
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